閲覧はのべ100人ほど 有名ゲーム会社の社員の名前も
弁護士ドットコムでこの訴訟の記録を閲覧するのは、2018年2月16日にあった第一回口頭弁論直後の同年2月20日以来。およそ2年ぶりです。
まず驚いたのは閲覧者の多さ。当時はほかに1人しか閲覧者がいませんでしたが、3月5日現在までにのべ100人ほど(原告代理人含む)が記録を閲覧しています。
中には、ひとりで10回も閲覧している特許関係の専門家もいました。また、弁護士や弁理士が研究目的やクライアントの依頼を受けて閲覧することも多いようです。
さらに、少なくとも4つの有名ゲーム会社の法務担当者らしき人物の名前もありました。ゲーム業界の注目度が高いこともみてとれます。
「指を離して発動」→「指で触れると発動」
さて、この訴訟では6つの特許について争われています。
その中で今回の仕様変更に関連しているのは、「チャージ攻撃」(特許4262217号)と呼ばれる任天堂の特許です。
これはポインティングデバイスを長押ししてから指を離すと、近くの敵を自動で攻撃するといった挙動をするものです(特許訂正については後述)。
『白猫』でもこれまで、タッチパネルを長押しして、「指を離す」ことでアクションスキルが発動していました。しかし、今回の変更により、スキルボタン付近に「指がふれる」ことで発動するようになりました。
また、一部のアクションについては、「長押ししてから指を離す」ことで発動していたものが、「長押しして離し、もう一度タップ」に変更されたり、攻撃ターゲットの選び方が変わったりしています。
『白猫』の現役プレイヤーで、ソーシャルゲームのエンジニアだったという男性に聞くと、「これまでもアクションは長押ししたあと、指をスライドさせることで発動していました。変更後もそれほど違和感はありません」といいます。
ただし、「仕様変更の告知が前日というのはかなり唐突な印象を受けました。かなり急ごしらえで変更を加えたのではないか」と印象を語ります。
名作ゲーム挙げ、任天堂の特許の無効を主張
では、仕様変更の直前で裁判になにか動きがあったのでしょうか。
この訴訟でコロプラは、『白猫』の技術は任天堂の特許には抵触していないと反論しています。
加えて、任天堂の特許には「進歩性」が欠如しているから、そもそも特許として認められるべきではないという主張も展開しています。
新しい発明だからといって、あらゆるものに特許を与えると、技術の発展を阻害してしまいます。そこで特許制度では、容易に発明できない新規性や進歩性などを持っていることが承認の条件になっています(特許法29条)。
コロプラは任天堂が持っている「チャージ攻撃」の特許について、特許出願前に発売されたいくつかのゲームタイトルを出して、進歩性がないと主張していました。
たとえば、日本ファルコムが2004年に発売したPC用のアクションRPG『ぐるみん』です。のちにPlayStation Portable版やニンテンドー3DS版も発売されています。
このゲームはタッチパネルではなく、マウスでキャラクターを操作します。左クリックを長押しして離すと、攻撃アクションが発動するようになっていました。
コロプラ側は『ぐるみん』のほかにも、Pocket PC用リアルタイムストラテジーゲーム『Warfare Incorporated』(2003)などを挙げ、任天堂が持つ特許は当時あったこれらの技術をタッチパネルに移植すれば、容易に到達できたとして、任天堂の特許に進歩性が欠如していると主張していました。
特許庁が任天堂にお墨付き与える
ところが、2019年11月18日、特許庁の審決で任天堂の「チャージ攻撃」の特許訂正が認められました。
特許権侵害訴訟では、コロプラのようにさまざまな技術を挙げて、「特許は無効だ」(特許無効の抗弁)という主張がよく展開されます。
裁判所が「無効」と判断すれば、訴訟に負けてしまいます。そこで特許を持っている側の対策として、「訂正審判」または「訂正の請求」を行なうことがあります(訂正の再抗弁)。
すでに認められた特許の範囲を狭くすることで、相手の主張する無効理由などを回避するのです。
特許庁の審決では、コロプラが挙げた『ぐるみん』などのゲームの技術についても検討したうえで、任天堂の特許に新規性と進歩性を認めました。
この審決をへて、「チャージ攻撃」の特許の内容は、「ポインティングデバイスの長押し」から「タッチパネルの長押し」などに変更されています。
つまり、この特許についてコロプラ側が特許無効で争うのは難しくなり、『白猫』の技術が任天堂の特許を侵害していない、という主張中心で戦っていかざるを得なくなったわけです。
この結果が出たあと、2020年1月31日に第10回弁論準備手続が開かれ、任天堂がコロプラに対して、なぜ特許侵害といえるかという証明をぶつけています。
次回、3月26日の第11回までにコロプラ側が反論を用意することになっています。
なぜ仕様変更したのか?
コロプラ側はどうして仕様を変更したのでしょうか。特許権の侵害を認めたということなんでしょうか。
現在は『ドラゴンクエストウォーク』(2019年9月12日リリース)が好調ですが、それでもコロプラにとって、『白猫』は主力ゲームです。
同社の決算資料によると、2019年の売上高(9月期)約390億円の約35%を『白猫』など2013年10月~2014年9月にリリースされたゲームが占めています。
実際、この訴訟の中で、任天堂側は2014年7月の『白猫』リリース以来、2017年12月の提訴までに、『白猫』があげた利益は400億円をくだらないと算出しています。
コロプラにとって、もっとも嫌なシナリオは賠償金を払ったうえに、『白猫』の配信も停止になることでしょう。
仕様を変更しても、それまでの特許権侵害が認められれば、賠償金の支払は免れません。しかし、現行バージョンに問題がなければ、配信停止の可能性は低くなります。
仕様変更は初めてではない
ちなみに、訴訟をめぐってのコロプラの仕様変更はこれが初めてではありません。
たとえば、この裁判では『白猫』の操作法の最大の特徴とされる「ぷにコン」の仕組みも特許権侵害だと訴えられています。
ぷにコンとは、ディスプレイの任意の場所をタッチすると、そこを中心とした一定の範囲がコントローラーになるというものです。
『白猫』では、画面をタッチすると円形領域が表示されます。触れた位置から円の内外どの部分まで指をスライドさせたかを認識し、キャラクターの移動速度を変えていました。
ところが、第一回口頭弁論が終わった直後の2018年2月27日、コロプラはユーザーに告知することなく、ぷにコンの仕様を変更しています。
画面を触ったときの見た目は変わりませんが、キャラクターの移動速度を「円領域」ではなく「菱形領域(斜め45度に傾けた正方形)」の内外で制御しているといいます。
コロプラはこうした仕様変更なども含めて、特許を出願し、認められているようです(特許6523509号)。
しかし、任天堂は「操作感は何ら変わらない」として、仕様変更後も特許権が侵害されていると訴えています。
この主張は「均等侵害」といって、一部に違いがあっても、主要な部分が同じなど、一定の要件を満たせば、特許発明の技術に属するという判例があります。
仕様変更ということでいえば、コロプラ側は障害物に隠れたキャラクターを透過させる「シルエット表示」についても、2018年10月29日に仕様を変更していました。
ほかに争われている特許
先に紹介してしまったものもありますが、この裁判では「チャージ攻撃」(特許4262217号)以外にも、5つの特許権侵害についても争われています。
・「特許3734820号」。タッチパネル上で「ジョイスティック」の動きを再現する技術。『白猫』が採用している「ぷにコン」が該当するかどうかが争われている
・「特許3637031号」。障害物を透過させることで、陰に隠れたキャラクターを表現する「シルエット表示」
・「特許4010533号」。省電力モードからゲームに復帰する際に確認画面をかませる「スリープモード」
・「特許5595991号」。友人と協力プレイやメッセージのやりとりを行う「フォローシステム」
・「特許6271692号」。フォローシステムに関連した通信システム。提訴後に新しく追加された(2018年3月14日、訴えの変更の申し立て)
なお、前述の元ソシャゲエンジニアによると、ぷにコンが争点になった特許を除く5件については、「すでに多くのゲームで採用されているように感じる。コロプラがアウトなら、他のゲームメーカーの多くがアウトになると思う」と話していました。
裁判で言及された有名ゲームたち
これら別の特許についても、コロプラは特許権の侵害はしていない、そもそも任天堂の特許が無効であるという主張をしています。
「チャージ攻撃」では『ぐるみん』などが挙げられていましたが、ほかの特許についても、進歩性を否定するために、いろいろなゲームが挙げられています。
たとえば、ぷにコンが争点になっている部分では、セガの『ファンタシースターオンライン(PSO)』(2001年)やコーエーの『信長の野望 Online』(2004年)といったPCゲームが挙げられています。
争点となっている特許は、タッチパネル上でジョイスティック(レバー型のコントローラー)の操作感を味わえるようにするものです。そこでポイントになるのは、ジョイスティックを限界まで倒したときの挙動をどう再現するかです。
コロプラが挙げた2作品はいずれもPC用ですが、マウスを左ドラッグした距離に応じてキャラクターの移動距離や速さが変わります。しかし、マウスを動かした長さが一定を超えると、スピードなどはそれ以上出なくなります。
『PSO』はPCのタッチパッドにも対応しており、任天堂の特許はこうした技術をタッチパネルに転用しただけで、進歩性がないとコロプラ側は主張していました。
しかし、こちらも2019年5月24日、特許庁が任天堂の特許訂正を認める審決を下しています。技術の範囲が狭まったことで、より特許無効の抗弁に強くなったわけです。
また、障害物に隠れたキャラクターの表示法にかかわる「シルエット表示」については、コナミのPlayStation 2用ソフト『ザ警察官 新宿24時』(2001年)などが挙げられていました。
なお、 他社の特許を無効にするための手続として、特許庁の「無効審判」がありますが、いずれの特許についてもコロプラ側は請求していないようです。
決着がつくのはいつ頃?
この訴訟は2017年12月に提起され、2018年2月16日に第一回口頭弁論が開かれています。
以降は、弁論準備手続に移行しており、2020年3月26日に11回目の手続が開かれます。ここでコロプラの反論が出てくることになります。
弁論準備手続では、各特許についてボリュームたっぷりの主張が交互にやり取りされています。準備書面の総ページ数はここまでコロプラ側が約1000ページ、任天堂側が約700ページあります。
こうした訴訟記録をみる限り、特許権の侵害の有無(侵害論)については双方の意見が出揃ってきているような印象です。
また、任天堂側は6つの特許のうち5つで特許の訂正に成功しています。
特許の技術内容について、裁判官の理解を促すための「技術説明会」が間に入る可能性もありますが、特許権の侵害については、そう遠くないうちに裁判所の心証が開示されるかもしれません。
特許権の侵害があったと裁判所が考えた場合は、そこから損害額がどのくらいかという「損害論」の議論が本格的に始まります。
なので、コロプラ完全勝訴の場合は損害論の議論がなくなる分、判決までの期間は短くなり、逆に任天堂勝訴の場合は判決まで、より時間がかかるということになりそうです。