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「すべて口約束」文化に立ち向かう、フリーランスライターに必要な2つの「契約書」
高木啓成弁護士

「すべて口約束」文化に立ち向かう、フリーランスライターに必要な2つの「契約書」

フリーランスのライターが仕事をする際に直面する様々なトラブル。しかし「すべて口約束や慣習で進められているので、トラブル時の適切な対処方法がわからない。ギャラも振り込まれて初めてわかることが多い」(ライター歴15年・女性)という声が聞かれる。

法的に自衛することはできるのか。著作権を中心とするエンタメ法務に詳しい高木啓成弁護士によれば、資本金1000万円を超える事業者がライターに発注する際には「下請法」に基づく必要がある。本来であれば口頭発注は違法であり、振り込みも受領日から60日以内に完了しなければならない。

高木弁護士は「契約書を作れば、未然に防げるトラブルが多い。ライター、出版社双方の利益のためにも契約書を交わす文化を定着させた方がいい」と指摘する。具体的にどのように進めれば良いのか。高木弁護士に聞いた。

●「口約束」での発注は違法

ーーフリーランスの人に対しては労働基準法は適用されませんが、出版社など企業から発注されて仕事を進めるライターを保護する法律は何もないのでしょうか

資本金1000万円以上の事業者がライターに仕事を発注する際には、「下請法」(下請代金支払遅延等防止法)という法律に沿う必要があります。

たとえば発注者は、ライターに発注書面もしくは個別契約に基づき、仕事を発注する義務があります(下請法3条)。出版業界では特に「口約束」での発注が多いそうですが、実は下請法違反です。

もし守らなかった場合には、公正取引委員会や中小企業庁などから行政処分を受ける可能性があります。

●ギャラが振り込まれない、会社が倒産した

ーーライター、編集者の双方からヒアリングしたトラブルについてお伺いします。先ほど、よくある「口頭発注」が実は違法だと知り驚きましたが、発注時に「報酬を伝えられない」問題についてはどうなのでしょうか?

個別の仕事ごとに交わす発注書面や個別契約書では、報酬の発注金額や支払期限についても記載する必要があります。

おそらく雑誌の場合には、発注者は、入稿直前にならないと正確な文字数を伝えられない可能性があるでしょう。その場合も、少なくとも、「1ページあたり●●円」「400文字●●円」などの算定方法を記載しておく必要があります。

ーー「ギャラが振り込まれない」問題もよくあることのようです。

「いつまでに支払う」という支払期限を設定していながら、発注者側が支払をしない場合、事業者は、支払期限の翌日からの遅延損害金(遅延利息14.6%)を含めて支払わなければなりません。支払期限を設定していない場合には、事業者は、催告を受ければすぐに遅延損害金を含めて支払う義務を負います。

ちなみに、「●●円を支払う」という金額すら設定されていない場合は、たとえば、過去の実績から「納品の翌月末にはいくらが振り込まれていた」などと特定できる場合には、その実績に沿った形での法的な請求は可能です。

また下請法では、「受領した日から起算し、60日以内に支払わなければいけない」という規定があります。

ーー請求方法としては、どのように進めていけば良いのでしょうか。特に、支払い手続きがいい加減な編集者が相手の場合には、督促したところで支払ってもらえるのか心配です

まずは、「支払ってください」という意思を書面やメールで伝えることです。それでも支払いがなく、内容証明郵便を送付せざるを得ないような場合には、内容証明を担当者ではなく、その責任者に送るのも効果的です。

●「業務委託基本契約書」「発注書面」とは

ーーライターからの相談として「すべて口約束やこれまでの慣習で進む」「振り込まれるまで金額がわからなかった」とよく聞きます。どのように進めると良いのでしょうか

トラブルになりそうな点をあらかじめ合意して書面に残すことにより、トラブルを防止することができます。僕は、ライターさんに仕事を発注する事業者側の顧問弁護士も行っていますが、契約書を締結するようにアドバイスしています。契約書は、ライターだけでなく、発注者にとってもメリットだからです。たとえば、次の流れで進めることになります。

1)初めての仕事の際、取引に関する「基本契約書」を締結する

2)個別の仕事ごとに「個別契約書」または「発注書」を作成する

●契約書に何を盛り込めばいい?

ーー(1)の「基本契約書」について教えてください

個々の仕事の納期や金額などではなく、取引全般に共通するルールを定めた契約書です。たとえば、納品方法や検収方法、秘密保持、管轄裁判所などの条項が記載されます。ライターさんとの基本契約書では、著作権の処理を定めることも必須になります。「業務委託基本契約書」などのタイトルになっていることが通常ですが、決まった形式はありません。書籍、雑誌、ネットメディアなどで内容は異なってきます。一例として、基本契約書に盛り込むべき項目は次のようなものです。

・その基本契約書が適用される取引の範囲

・納品の方法、検収の方法

・報酬の支払方法

・著作権の処理(どの範囲での利用許諾なのか、または著作権の譲渡なのか)

・クレジット表記の方法

・秘密保持

・管轄裁判所

一方で、(2)の「個別契約書」「発注書」とは、個々の仕事の発注ごとに、業務内容、納期、報酬や支払期限などについて定める書面となります。

●契約書を交わさないとどんなリスクがある?

ーー契約書を交わさないと、どんなリスクがあるのでしょうか

先ほどの話のように、発注金額が不明だったり、なかなか支払われないというのはライターさんにとって大きなリスクですね。

他方、発注者側にとっても、「どの範囲で著作権を利用することができるのか」という著作権の処理をきちんと決めておかなければ大きなリスクになります。たとえば、発注者側が、ライターの原稿を二次的に利用しようとしたときに、ライター側からストップがかかってしまうと、ビジネスに深刻な影響が生じます。

とはいえ、契約書を交わすのは難しいという場合もあると思います。その場合は、決めるべき事項を箇条書きに記載して、「いつもこのような条件で仕事をしていますが、よろしいでしょうか?」と電子メールで連絡して、メールで合意を得ておくというのも有益です。

●より深く知るために

ーーライター、編集者ともに「法律を知らない」「教育を受ける機会はない」という声があがっていました。自力で学習していくため、オススメの本はありますか

ここまでは、ごくごくベーシックな一般論として述べてきました。実際の仕事で活用するために、 「クリエイターのための法律相談所」(松島恵美、諏訪公一、グラフィック社)を読むと参考になるかと思います。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

高木 啓成
高木 啓成(たかき ひろのり)弁護士 渋谷カケル法律事務所
福岡県出身。2007年弁護士登録(第二東京弁護士会)。映像・音楽制作会社やメディア運営会社、デザイン事務所、芸能事務所などをクライアントとするエンターテイメント法務を扱う。音楽事務所に所属して「週末作曲家」としても活動し、アイドルへ楽曲提供を行っている。HKT48の「Just a moment」で作曲家としてメジャーデビューした。Twitterアカウント @hirock_n

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