熱心なファンに支えられる舞台やミュージカルの世界。一方で、俳優や劇場スタッフが、つきまといや過剰な要求、SNSでの誹謗中傷など、深刻なカスタマーハラスメント(カスハラ)に苦しむケースも少なくない。
そうした中、「リトル・マーメイド」や「ライオン・キング」などで知られる劇団四季は6月、「安全なご観劇環境の維持とカスタマーハラスメントに関する方針」を公表した。
方針では「一部の方による言動により、正常な業務運営が妨げられ、従業員の安全な労働環境が脅かされるケースが発生しております」として、つきまといや名指しでの不当な要求、SNSでの誹謗中傷などを挙げた。
悪質な場合は、チケットの販売拒否や劇場への入場禁止、警察や弁護士と連携した法的措置も辞さないとしている。
ただし、こうした問題に直面しているのは劇団四季だけではない。舞台俳優やスタッフは、どのようなカスハラにさらされているのか。
弁護士ドットコムニュースは劇団に問い合わせたが、「取材を受けることが難しい」との回答だった。
そこで、カスハラ問題にくわしい能勢章弁護士に実態や対策を聞いた。
●「育ててやっている」エンタメ業界を苦しめるカスハラ
エンターテインメント・演劇業界は、観客との心理的な距離が近いことから、ファンの熱意が過度な要求へと変わり、深刻なカスハラに発展することがあります。
中には「自分が育ててやっている」という過剰な支配意識を抱くファンも少なくなく、舞台俳優への過度な干渉につながっています。
舞台俳優に対しては、不適切な接触やつきまといだけでなく、SNSでの監視や誹謗中傷がおこなわれることも問題です。
また、劇場スタッフや窓口担当者に対しても、規約を無視した特別扱いの要求や長時間にわたる暴言などが向けられることもあります。
●「ファンに嫌われたら…」フリーランスならではの苦しみ
劇団にもよりますが、舞台俳優がフリーランスとして活動している場合、組織の従業員のように十分な保護を受けられないケースがあります。
「ファンに嫌われたら集客が減り、劇団内での立場が悪くなる」。そんな不安からカスハラを我慢し、精神疾患を発症したり、引退へ追い込まれたりすることもあります。
事業者側も、対応コストの増大だけでなく、貴重な人材の流出や一般客離れを招き、ブランド価値を大きく損なうおそれがあります。
エンターテインメント・演劇業界のカスハラは、表現者の安全や興行ビジネスの継続性を脅かす重大な問題といえるでしょう。
●終わりの見えない対応に「線引き」を示す意味
企業や団体が「カスハラへの対応方針」を公表し、「対応終了」「入場禁止」「法的措置」といった対応を明示することは、毅然とした態度を具体的に示すものとして評価できます。
従業員にとって、終わりの見えないカスハラ対応は大きな精神的負担となります。しかし、「これ以上の要求や暴言があれば対応を終了する」という明確な線引きが示されれば、その負担は軽減されます。
また、「自分が断っていいのか」と迷うこともなくなり、「会社の方針に沿って対応を終了します」と伝えることで、攻撃の矛先を個人ではなく組織へそらすこともできます。
●「歪んだ正義感」を持つ相手には限界も
一方で、方針を公表しただけで、カスハラを防げるわけではありません。
カスハラ加害者には「独自の正義感」を持つ傾向があります。その多くは身勝手で歪んだものですが、本人の中では揺るぎない信念になっています。
そのため、いくら合理的に説明しても、自らの正義感やマイルールに反する限り、受け入れられないことが少なくありません。
「カスハラはいけないことだが、自分は正しいことをしている」と考え、自分の行為がカスハラにあたると認識していないケースもあります。
俳優やスタッフをカスハラから守るためには、方針を対外的に公表するだけにとどまらず、その内容を実行できる組織的な体制を整えることが必要です。