開示請求で判明した当事者の情報はどこまで公表してよいのか──。
インターネット上の投稿者を特定する「発信者情報開示請求」が増える中、開示手続きで得た氏名などをSNSで公表することの是非が、新たな論点として浮上している。
総務省の検討会でも現在、開示の手続きによって判明した情報がSNSで拡散されることによる二次被害などについて議論が進められている。
総務省のアンケート調査によると、2024年にプロバイダに申し⽴てられた発信者情報開⽰請求は15万4484件に上り、増加傾向にあるという。
そうした中、YouTuberとして活動する40代会社員の男性が7月21日、評論家の「猫組長」氏と、作家で日本保守党代表の百田尚樹氏を相手取り、名誉毀損などを理由に東京地裁へ提訴した。同日、司法記者クラブで記者会見を開いて明らかにした。
男性は、発信者情報開示手続きで判明した自身の氏名がSNSなどで公表されたことで、名誉や生活の平穏を侵害されたとして、投稿の削除と各330万円の損害賠償、謝罪投稿を求めている。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●発信者情報開示から新たな訴訟へ
訴状や会見での説明によると、男性はYouTubeチャンネル「闇のクマさん世界のネットニュース ch」を運営し、「闇クマ」の通称で知られる。
2024年2月に公開した動画について、猫組長氏は名誉を傷つけられたとして、グーグルを相手に発信者情報開示命令を申し立て、男性の氏名の開示を受けた。その後、2025年6月、男性に対して損害賠償を求める訴訟を起こした。
猫組長氏は同年6月12日、Xと個人メディア「theLetter」で「『闇クマ』こと(実名※実際の投稿では実名を示した)を東京地裁に提訴しました」などと投稿。百田氏はこれを引用し、「東京地裁は『闇クマ』こと(実名)の違法行為を認定した」などと投稿した。
男性によると、東京地裁は動画によって猫組長氏の社会的評価が低下したとは認められないとして請求を棄却し、判決は確定したという。
男性側は、一連の投稿を受けて、勤務先を特定する書き込みが相次ぎ、実際に電話がかかってきたと主張している。
会見で、男性は「結果的に3週間、一切の活動を停止するという状況に追い込まれていった」と述べた。
●争点は「情プラ法7条」の解釈
今回の訴訟では、発信者情報開示で得た情報をSNSなどで公表することが、情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)7条に反するかどうかが争点の一つとなる。
同条は、発信者情報の開示を受けた者は、その情報を「みだりに用いて」発信者の名誉や生活の平穏を害してはならないと定めている。一方で、違反した場合の罰則は設けられていない。
男性側は、ハンドルネームで活動する人物の実名は社会の正当な関心事ではなく、実名を公表されたことで匿名で情報発信する自由が萎縮したと主張している。
男性の代理人をつとめる弘中惇一郎弁護士は、匿名での情報発信に関するルールがまだ定まっていないと指摘する。
「なぜ匿名の情報発信が必要なのかと、あるいは有効なのかということを、これから議論して確立していくべきだと思いますし、(この訴訟が)一つの有力な材料になると思っています」(弘中弁護士)
●手続きが利用しやすくなったことは評価
一方で男性は、情プラ法の改正により、発信者情報開示の手続きが利用しやすくなったこと自体は評価しているという。
ただ、開示によって得た情報の利用方法については問題提起した。
「罰則規定がないからといって、目的外で使ってしまうということが許されるのか。これが通ってしまったら、今後は匿名ですら、SNSで書きたいことが書けない、言いたいことが言えない状況になる」
●総務省でも制度のあり方を議論
発信者情報開示手続きで得た個人情報の公表をめぐっては、総務省の検討会でも制度のあり方が議論されている。
男性は、期待する制度のあり方として、収益面での制裁を検討すべきだとうったえた。
「具体的にこんな罰を与えてほしいという意味では、自分もインフルエンサーをやっている側なので、収益の剥奪です。悪質な暴露をする方ほど、そういう目的の方が多い。まずは儲からなくなる仕組みを設けてほしい。当然、僕も対象として」
弁護士ドットコムニュースは、猫組長氏には公式サイトに記載されたメールアドレス宛て、百田氏には日本保守党の問い合わせフォームを通じて取材を申し込んだが、掲載時点までに回答は得られていない。