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企業の副業アレルギー「社員は本業だけに専念して」論のおかしさ 石山恒貴・法政大教授が語る「新たな学び」
石山恒貴・法政大大学院教授(提供写真)

企業の副業アレルギー「社員は本業だけに専念して」論のおかしさ 石山恒貴・法政大教授が語る「新たな学び」

政府は働き方改革の一環として、副業・兼業の普及促進を打ち出している。ただ副業・兼業を容認する企業は2019年時点で全体の約3割と、いまだ少数派。企業が副業解禁をためらう真意は何なのだろうか。

一方、働き手にも、副業は意識の高い一部の「キラキラ」人材のもの、という思いが強いようだ。パラレルキャリアを研究する石山恒貴・法政大学大学院政策創造研究科教授に、企業と働き手の双方が感じている「副業の壁」を解説してもらった。(ライター・有馬知子)

●1人の募集に400人殺到、増える副業・兼業希望者

――副業・兼業を志す人は増えているのでしょうか。

従来の副業・兼業は、不況期に勤務時間の減った人が収入を補うために働く、非正規労働者がパートを掛け持ちするといった形が一般的でした。地方では兼業農家も多く、副業・兼業の話は、一定の内容に限っては、当たり前のこととして許容されているようです。

近年はキャリア形成や自己実現を目的とした、新しい形の副業・兼業を志す人が増えています。例えば広島県福山市が2017年、月4日程度働く条件で民間の人材を募集したところ、1人の採用枠に395人が応募しました。

北海道の余市町や長野市、浜松市なども民間人材を採用していますが、いずれも数百人が応募しました。実際に動き出してはいないものの、勤め先が副業を解禁したらやってみたい、という人もたくさんいます。

――企業の副業・兼業解禁に向けた動きは広がっていますか。

リクルートキャリアの2019年の調査によると、副業・兼業を推進または容認する企業は全体の約3割にとどまり、少しずつ増えてはいますが少数派です。副業に対するアレルギーは強く、ある首都圏の有名大企業は2、3年前、社員が本業以外で報酬を得るという行為に線引きはできないとして、メルカリに出品することすら禁じていました。今はどうなのでしょうか。

また「副業容認派」の中にも、届出制や許可制を取っている企業があります。この「許可制」が曲者で、基準があいまいなため、明らかな理由も示されずに許可申請が却下されてしまうことも。こうなると本人だけでなく、周囲も兼業に後ろ向きになってしまいます。

●副業容認の足を引っ張る「日本型雇用システム」

――副業を認めた企業は、どのようなメリットを感じているのでしょうか。

ある先進的な企業の事例です。東日本大震災の被災地ボランティアをきっかけに、多様な経験を積むことの重要性が経営陣に認識され、副業が解禁されました。

同社では、副業している社員は本業でもモチベーションが高まり、人事評価も上がる傾向が見られたそうです。人事担当者は「育児に本業への貢献は求めないでしょう。副業も同じで、就業時間外の活動であるため、本業への貢献は求める必要はない。しかし、結果的に社員のモチベーションが向上することで、本業に役立つことが多いようです」と話していました。

オープンイノベーションが生まれやすい環境を作り出すために、副業を認める企業もあります。近年、既存事業の深化と新規事業のための知の探索を両輪で進める「両利きの経営」が重視されるようになりましたが、日本企業は概して深化が得意で、探索は苦手です。しかし、副業を通じてもたらされる外部の視点や異質な考え方が、イノベーションにつながることを期待できるでしょう。

――副業容認の壁となっているのは何でしょうか。

情報漏洩や本業との競業が生じるリスク、労働時間管理の複雑さや過重労働への懸念、過労死や労災時に誰が責任を負うのか、といった課題が挙げられています。

しかし副業を解禁してみると、これらが重大な問題になるケースは少数のようです。厚生労働省もこれらの懸念材料をクリアするため、副業・兼業に関するガイドラインやモデル就業規則を定めており、実務的にも有用です。企業が重箱の隅をつつくように、リスクを列挙している印象もあります。

副業容認の足を引っ張る最大の要因は、社員の働き方に制約を設けない日本型の雇用システムではないでしょうか。企業が社員を無限定に使える、つまり「副業する暇があったら本業に集中しろ」などと、就業時間を超えて社員の生活をコントロールできるという意識が残っているのではないでしょうか。

●副業推進と同時に、企業の自前主義を変えることが重要

――副業が軌道に乗ると、社員の離職が増えるのでは、という声もあるようです。

離職者は発生しますが、それが多数派というわけでもありません。外を知ることで、自分の会社の良さに改めて気付いたという声も多く聞かれます。職場が社員にとって「ワクワクする場」であれば、副業を解禁しても離職は防げるのではないでしょうか。

むしろ、副業が採用にもたらすメリットもあります。ミレニアル世代の若者は社会貢献に対する意識が高いですし、コロナ禍で、仕事以外の生活の大切さを再認識する人も増えました。こうした人材を取り込むには、副業を含めた柔軟で多様な働き方が不可欠です。

――副業の普及には、企業側の受け入れ体制を整えることも不可欠です。

2018年の関東経済産業局の調査では、企業の8割は外部人材を受け入れる予定がないと回答しました。中には「秩序が乱れる」「なじみのない人材は不安」などのよそものを拒む意見もありました。

AIの進化やデジタルトランスフォーメーション(DX)という環境下では、社員と外部のプロ人材がチームを組み、迅速にプロジェクトを動かすことが不可欠です。副業推進と同時に、企業の自前主義を変えることも大事だと感じます。

ただ地方企業が大都市の人材を採用する場合、ミスマッチが多いのも事実です。典型的なのが、大企業から出向く外部人材がコンサルティングだけする上から目線で、指示ばかり出して地元社員の反感を買うケース。企業側は外部人材に求める役割を具体的に伝え、人材の側も組織の一員として、汗をかく姿勢が求められます。

●成果を出すより、複数のコミュニティを持とう

――副業を志す人に求められる、心構えなどはありますか。

注意してほしいのは、副業はやりたい人がやればいい、ということです。本業に集中したい人、仕事以外の時間を趣味や育児に使いたい人が、無理に取り組む必要は全くありません。 副業を始める時、本業に近い仕事を選ぶ方がいいとも限りません。

先ほどお話した福山市では、少子化担当として採用した民間人材が、地域のニーズにこたえるうちに、専門性とは異なる地元大学のキャリア教育に挑み、自らの専門性が広がったという例もありました。コミュニケーション能力や事務処理能力は汎用性が高いので、新しい専門性に取り組んでも、ゼロからのスタートにはなりません。

本業に不満があり、逃避的に副業を模索する人もいます。一見、建設的には見えないのですが、このルートで成功した人もいるので一概に否定はできません。

――副業人材は挑戦を楽しみ、かつ高い成果を出せるというイメージがあり「私には無理」としり込みする人もいるのではないでしょうか。

「副業できるのは『意識高い系』の優秀な人材。普通の人は地に足をつけて本業に集中せよ」という意見をしばしば耳にします。しかし私は、人間が複数のコミュニティを持つこと、そのものに意味があると考えています。

勤め人、副業、母親、ボランティアなど多くの顔を持つことが、人生により豊かな経験をもたらします。必ずしもすべての場で高い価値を生み出す必要はなく、失敗したり中途半端になったりしても、そこから学ぶことは多いと思います。

私は、勤め先に内緒で副業している人たちのイベントに参加したことがあります。実際には「キラキラ人材」だけが副業しているとは限らず、あなたの隣にいる同僚もその一人かもしれない。そう思うと、心理的なハードルはかなり下がるのではないでしょうか。

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