キャッシュレス決済やセルフレジ、QRコードによる注文など、行政手続きや民間サービスで急速にデジタル化が進んでいる。
効率化や節約につながると歓迎する人がいる一方、生まれ持った障害などを理由に、新しい仕組みへの適応が難しく、慣れ親しんだ方法を失うことで生活に支障をきたす人たちもいる。
社会のデジタル化についていけず、その負担を家族も背負わざるをえない──。そんな現実を取材した。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●「努力不足ではなく、脳の特性なんです」
「世の中の流れについていけない。でも、それが母の世界なんです」
千葉県に住む女性(32)は、発達障害と精神疾患のある母(64)について、「全員がそうではありません」と前置きしたうえで、そう語る。
母にとっての命綱は、長年使い慣れた「アナログな手段」だ。
シニア向けのファッション雑誌で欲しい服を選び、電話で注文する。支払いは銀行口座から振り込む。知人への贈り物は、昔ながらの和菓子店に電話をかけて発送を依頼する。
電話番号がわからないときは、NTTの電話番号案内サービス「104」を利用するのが定番だったという。
●サービス終了した「104」に今もかける母
だが、母が安心して暮らしてきた世界は、急速なデジタル化の波に飲み込まれようとしている。
2026年3月末には「104」が終了し、紙の「タウンページ」の発行も終わった。
飲食店ではタブレット端末やQRコードによる注文が当たり前になりつつあり、自治体の給付金でもオンライン申請や電子クーポンを導入するケースも増えている。
女性によると、母はスマートフォンを使いこなせず、ガラケーで電話をかけることが精一杯だ。インターネットの使い方もわからないという。
「母は、これまで有人レジで現金を支払ってきました。自宅近くのスーパーにセルフレジが導入されてからは、買い物ができなくなりました。 一度覚えたことを変えたり、新しい仕組みに適応したりすることが苦手なんです。これは努力不足や怠慢ではなく、母の特性によるものです。 いつかまたつながると思って、いまだに104に電話をかける母の姿を見るのが、本当に辛いです」
女性自身もアナログの方が使いやすいといい、普段はスマホのマップではなく、地図を印刷して見ることが多いという(2026年5月26日、東京都港区で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●結婚をためらう女性「母が取り残される」
急速に進む社会のデジタル化は、女性自身の人生にも影を落としている。
女性には4年ほど前から交際している男性がおり、結婚も考えている。しかし、母を一人残して家を出ることができず、話は前に進まないという。
他県に住むパートナーのもとへ移れば、母は一人で生活していくことが難しくなる。一方で、男性に母との同居をお願いすれば、日常生活の負担を背負わせることになる。女性は一人っ子で、近くに頼れる親族もいない。
「もし私が結婚して家を出たら、母はますます孤立し、社会から取り残されてしまいます。それに、自分の人生も奪われてしまいそうです」
将来は子どもも欲しいと考えている女性は、日々決断を迫られ、焦りを感じているという。
東京都江戸川区の給付金に関する案内ハガキには、LINEを使って申請する方法しか記載されていなかった(弁護士ドットコムニュース撮影)
●「スマホ教室がある」では解決しない
デジタルデバイド(情報格差)をめぐっては、国や自治体は「シニア向けスマホ教室」や「スマートフォン購入費用の助成」などを対策として打ち出している。
しかし、女性は、こうした支援策の前提そのものに違和感があるという。
「スマホ教室に行っても、使い方を覚えられない人がいるんです。私も教えようとしたことがありますが、母はなかなか覚えられず、逆に『できない自分』に落ち込んで、自信を失ってしまいました。 『弱い立場の人』が『弱い立場のまま』いられない。無理やり覚えさせて『強くする』というやり方は、なんだか優しいようで意地悪だと感じます」
女性は現在、先進的にデジタル化を進める東京都の議員や、自身が住む千葉県の知事らに手紙やメールを送り、「アナログなサービスを法律や条例で守ってほしい」と訴え続けている。
女性は、自身が住む千葉県の知事にもアナログの選択を残してほしいと要望したという(2026年5月26日、東京都港区で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●「老害」という批判、「明日は我が身」
人口減少が進む日本では、労働力不足への対応や業務効率化のため、デジタル化は避けられない流れとなっている。
その一方で、デジタル機器を使えない高齢者や障害のある人に対し、「時代の変化についていけないほうが悪い」「老害」といった言葉が向けられることも少なくない。
しかし、女性は静かにこう語る。
「今はそう批判している人も、必ず年をとります。今はスマホを使えていても、40年後、50年後には、まったく新しいテクノロジーが当たり前になっているかもしれません。あるいは、事故や病気で障害を負うかもしれません。 そうなったとき、社会の変化に適応できなくなる可能性は、誰にでもあると思います」
●弁護士「支援策は『意欲的な人』が前提に」
にっぽり総合法律事務所の池田誠弁護士(第二東京弁護士会)は、「デジタル行政推進法」が行政手続きやサービスをデジタルで完結させる「デジタルファースト」を原則とする一方で、国や地方自治体には、高齢者や障害者など情報通信技術の利用に困難を抱える人との格差を是正する義務も課していると指摘する。
そのうえで、現状について次のように話す。
「ただ、現実に地方自治体が実施しているのは、スマートフォン購入費用の助成や使い方講習会など、デジタル機器の導入や利用に一定の意欲を示す人を対象とした施策にとどまっています。 そうではない人たちの格差を是正できる実効性のある施策は、ほとんど実施されていない状況にあるのではないかと思います」
また、民間事業者についても、「障害者差別解消法」により、障害の状況などに応じた「合理的配慮」が求められている。
しかし、池田弁護士は「法律自体の認知度も十分とはいえず、デジタル機器の利用に障壁がある人への合理的配慮は、まだ十分に実施されているとはいえません」と分析する。
「法律上は格差の是正や合理的配慮が求められていますが、現実の対応が追いついておらず、高齢者や障害者がデジタル化の波から取り残されている状況にあると言えるでしょう」
デジタルデバイドに関する海外の動きについて、女性はよくニュースをチェックして、気になる記事を印刷して手元に置いているという(2026年5月26日、東京都港区で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●夢にもデジタル化が…「毎日がヒヤヒヤ」
女性はよく、これまで利用していたサービスがデジタル化によって終了してしまう夢を見るという。
目が覚めるたび、「また新たなサービスがなくなるのではないか」と不安に駆られる。
「毎日こんな夢ばかりで心が休まりません。毎日が戦いのようで、常にヒヤヒヤしながら生きています。 生まれる時代が少し違っていたら、こんなに苦しまなくて済んだのかなと思うことがあります。 私はデジタルを強制されず、アナログな生活も尊重されてほしいだけなんです。デジタルとアナログに優劣をつけるのではなく、共存できる優しい社会であってほしいです」
※この記事は、弁護士ドットコムニュースとYahoo!ニュース・LINE NEWSによる連携企画「#マイノーマル」です。働く、学ぶ、暮らす、老いる──時代や立場で変わる「普通」を見つめ直し、人と人が理解を深める手がかりを探ります。