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入社したら「給与の振込先はこの銀行で」と口座を指定されたーー社員は拒否できるか?
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入社したら「給与の振込先はこの銀行で」と口座を指定されたーー社員は拒否できるか?

転職をしたとき、新しい会社の「思いがけないルール」に困惑する人は少なくないだろう。東京都内のIT企業に転職したコウイチさん(30代)がもっとも驚いたのは「給与の振込先は、××銀行の●●支店が当社の指定口座となります。口座を持っていなければ新規で作ってください」と言われたことだ。

会社側の説明としては、振り込み手数料をなくし、経費を削減する目的があるという。もっともな理由に、一度は納得したコウイチさんだったが、指定された支店に向かうと「当行では、口座は2つまでしか持てません。お客様はすでに当行の別支店で2つの口座をお持ちですから、どれか1つを閉鎖していただきます」と行員に説明されたそうだ。

「仕方なく、別の口座を閉鎖しましたが、振込先の変更など、手間がかかりましたね。そんな手間がかかるなら、別の銀行で口座を作りたかったです」と話すコウイチさん。他の同僚も「前職では、ネット銀行でも自由に振込先を指定できたし、なんだか変なルールだよね」と話しているという。

会社側の理由も一理あるが、銀行口座を指定することに法的な問題はないのだろうか。従業員は、会社側の指定を拒否できないのか。中村新弁護士に聞いた。

●口座振込のためには「労働者の同意」が必要

「労働基準法24条1項は『賃金は、通貨で支払わなければならない』と規定しています。つまり、『通貨払い』が原則とされています。

口座振込による賃金支払は本来、この『通貨払いの原則』に反することになりますが、この原則を厳格に適用すると、使用者・労働者の双方にとって不便です。そこで、厚生労働省令および通達は、口座振込による賃金支払も認めています」

中村弁護士はこのように説明する。口座振込は賃金支払の方法として「例外」というわけだ。したがって、常に口座振込が認められるわけではないという。

「口座振込による賃金支払が認められるためには、次のような要件を充たす必要があります(厚労省通達・平成10年9月10日基発530号、平成13年2月2日基発54号)。

(1)個々の労働者より書面による申出または同意を得ること

(2)労使協定を締結すること

(3)取扱金融機関は一行に限定することなく、複数とする等、労働者の便宜に配慮すること

このほかにも要件がありますが、本件で問題となるのは、上記の要件です。すなわち、本件のように、会社が従業員の同意を得ることなく、一行の一支店のみを給与振込先に指定することには問題があり、従業員はこれを拒否できる、という結論になります」

●「振込手数料を支払いたくない」と言われたら?

コウイチさんの勤務先のように、口座を指定する理由として、「振り込み手数料を負担したくないから」という説明をしてきた場合は、どのように対応すればよいのだろうか?

「振込手数料も多くの人数分となると、決して少なくない負担となるので、給与振込の手数料をなるべく節約したいという会社側の意向も理解できます。しかし『賃金請求権』は、労働者の最も基本的な権利として、労基法で手厚く保護されているものです。会社側はそのことを十分認識し、細心の配慮を払う必要があります。

複数の金融機関を指定したうえで、そのうちのどれかを給与振込先口座とすることが可能かどうかを打診して、無理のない範囲で同意を得るという穏便な方法でも、振込手数料は相当節約できると思われます」

では、会社指定の振込口座を拒否したとき、会社が「それならば、振込手数料を負担してもらう」と言ってきたら、どう対処すればいいだろうか。

「労基法24条1項は、『賃金についてはその全額を支払わなければならない』という『全額払いの原則』も定めています。

つまり、会社指定以外の銀行口座へ振り込んだ場合の振込手数料を給与から控除することは、『全額払いの原則』に違反することになります。振込手数料の負担を会社から求められた場合、従業員がこれに従う義務はありません」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

中村 新
中村 新(なかむら あらた)弁護士 銀座南法律事務所
2003年、弁護士登録(東京弁護士会)。現在、東京弁護士会労働法制特別委員会委員、2021年9月まで東京労働局あっせん委員。2023年4月より東京労働局労働関係紛争担当参与。労働法規・労務管理に関する使用者側へのアドバイス(労働紛争の事前予防)に注力している。遺産相続・企業の倒産処理(破産管財を含む)などにも力を入れている。

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