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実在女性に似てた? 一瞬で消えたAIグラドル「さつきあい」の法的問題
「さつきあい」がデビューした週刊プレイボーイ(弁護士ドットコム撮影)

実在女性に似てた? 一瞬で消えたAIグラドル「さつきあい」の法的問題

「オトコの理想をギュギュッと詰め込んだ妹系美少女」

そんなキャッチフレーズとともに、週刊プレイボーイ(集英社)で華々しく「デビュー」した生成AIグラビアアイドル「さつきあい」が消えた。

集英社の広報担当者は、弁護士ドットコムニュースの取材に対して「さつきあいの企画は終了しました」と話す。デビューと同時に発売されたデジタル写真集も、販売を終了している。その理由について「AIの制作過程において、さまざまな問題についての検討が十分ではありませんでした」とする。

急激に台頭してきた生成AI画像をとりまく法的な問題が議論される中、「さつきあい」にはどのような問題点があったのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●集英社「特定の人物をもとに生成されていない」

「さつきあい」は5月29日発売の『週刊プレイボーイ』の誌面でグラビアデビューすると同時に、デジタル写真集『生まれたて。』も発売されて、メディアで注目を集めた。

しかし、デビュー直後から「画期的」と賞賛される一方、「実在の元グラビアアイドルの女性に似ている」といった指摘もあり、論争を呼んでいた。

誌面では、「生成したいイメージに近い画像や文言」をAI画像生成ソフトに読み込ませ、そこから細かな指示を与えて「さつきあい」が誕生したと説明されている。

一方、集英社の広報担当者は「特定の人物をもとに生成したものではございません」と否定しながら、「ただ、実在の女性に似ているといったご意見も、いただいております」と話す。

集英社は6月7日、同誌編集部の公式サイトにおいて、「さつきあい」の企画終了の理由をこうコメントした。

「本企画について発売後よりたくさんのご意見を頂戴し、編集部内で改めて検証をいたしました。その結果、制作過程において、編集部で生成AIをとりまく様々な論点・問題点についての検討が十分ではなく、AI生成物の商品化については、世の中の議論の深まりを見据えつつ、より慎重に考えるべきであったと判断するにいたりました」

集英社の広報担当者によると、この「問題点」の中には、生成AIの作品でしばしばネットで炎上する「著作権」や「肖像権」との関係が含まれているという。著作権問題にくわしい唐津真美弁護士に聞いた。

●AIグラドルが「偶然」誰かに似てしまったら?

——「さつきあい」から、どのような法的問題が考えられるのでしょうか。

AIグラビアアイドル「さつきあい」が消えてしまった理由は、主に、実在の元グラビアアイドルに似ているという指摘があったから、という点にあるようです。

法的な問題を考える場合、この「似ている」の意味を少し整理してみる場合があります。

(1)今回公開された「さつきあい」の写真の中に、元グラビアアイドルの特定の写真と構図・ポーズ、照明等が非常によく似たものがある場合

(2)「さつきあい」の写真に似ている特定の写真はないものの、「さつきあい」の容貌が、実在の女性に非常に似ている場合

(1)では元写真の著作権が問題になる可能性があり、(2)では肖像権やパブリシティ権が問題になる可能性があります。

まず、写真の著作権侵害について考えてみます。「さつきあい」の制作過程の詳細は明らかにされていませんが、理想的なグラビアアイドルの画像を生成させるために、AIに実在のグラビアアイドルの画像を「学習」させたと思われます。

このようなAIの「学習」の過程では、画像や映像という著作物をAIに取り込む「著作物の複製」がおこなわれます。

現在の著作権法(30条の4)では、仮に著作権者の許諾を得ていない著作物を使ってAIに学習させても、それ自体は原則として著作権侵害にはなりません。

ただし、AIが既存の写真を学習した結果、取り込んだ写真の1つと酷似する写真が生成された場合には、その写真に対する著作権侵害が成立する可能性があります。

大量の写真を学習させた場合、制作側からすると「そのうちの1枚と酷似したのは偶然だ」と主張したくなると思いますが、学習させた以上、著作権侵害の要件である、元の著作物への「依拠性」があると判断される可能性はあると思われます。

●元グラビアアイドルの「パブリシティ権」

——そもそも、「自分の写真を学習させないでほしい」という要求はできるのでしょうか?

著作権法30条の4は「著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」と規定しています。たとえば特定の写真家の作風を模倣させるために、その写真家の作品ばかりAIに学習させるような場合は、学習自体が問題だという議論もありうるかもしれません。

しかし、いずれにせよ、写真の著作権者は通常は写真家や出版社であり、被写体のモデルが著作権法にもとづいて「自分の写真を学習させないでほしい」という要求をすることは難しいでしょう。

もし、今回の話がグラビアアイドルではなくキャラクターのイラストの場合は、少し事情が変わります。過去の裁判例に照らすと、作画されたキャラクターの場合、漫画の特定のコマや、アニメの特定のシーンを確定できなくても、一般人が見て「これは○○のキャラクターだ」とわかる程度にキャラクターの創作上の特徴が再現されていると、著作権侵害になる可能性があるからです。

ただし、この議論は元のキャラクターが「著作物」であることが前提です。似ている対象が実在の人物の場合は、該当しません。

では、実在の人物に似た画像が公表された場合に、被写体が主張できる権利はないでしょうか。「さつきあい」の場合、似ているといわれているのは、元グラビアモデルということなので、パブリシティ権が問題になりえます。

パブリシティ権は法律に明記された権利ではありませんが、過去の裁判例において、個人は、人格権に由来する権利として、その氏名、肖像等をみだりに利用されない権利を有しており、肖像等が、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利が「パブリシティ権」として保護されると示されています。

元グラビアアイドルの肖像(外見)は顧客吸引力を有するでしょうし、その肖像を週刊誌のグラビアに掲載したり写真集を発行する行為は、肖像の持つ顧客吸引力の利用を目的とするといえます。

「さつきあい」が元グラビアアイドルに酷似していても、もちろん本人の写真ではありませんが、過去には、タレントのそっくりさんを起用したCMについてタレントが提訴したケースもありました。

この裁判自体は和解で終わったとのことですが、元グラビアアイドル本人と見間違うほど酷似した写真を商業的に利用すると、パブリシティ権侵害に該当する可能性はありそうです。

●世界中で議論が進む生成AIの法的問題

——SNSなどで自分の写真を投稿している人は多いです。こうした写真はどうでしょうか。

現在は、芸能人ではない一般の方の写真もSNS上に溢れています。これらの写真を無断でAIの学習に取り込まれることに対して苦情をいえるかどうか。

現時点では、公開している写真について「AIの学習に取り込まないでほしい」と要求する権利の根拠になるような明確な法律上の規定はないように思います。

しかし、リアルの世界では、ある人が、公道などの公開の場所にいた場合でも、無断でその人の写真撮影をして人物が明確にわかる形で公開すると、肖像権侵害になる可能性があります。

生成AIを利用して、特定の人物のネット上の写真を意図的に取り込み、新たな写真を生成する場合、それは、公開の場にいる人物を写真撮影する行為に似ていると思います。

人間の顔の場合「よく似た顔」は実際に存在しますので、生成された写真の被写体が、学習させた写真の被写体と比較して、単に「似ている」という程度では権利侵害の主張は難しそうです。

しかし、学習させた写真の被写体と同一人物であると一般人が感じる程に酷似したキャラクターを生成して公開したような場合には、「肖像をみだりに撮影して公開した」状況と実質的に同じだと考えることもできるのではないでしょうか。

特に、そのようにAIが生成した写真の人物が、品位を損なうような衣装を着たり、煽情的なポーズをとっていたりしたら、素材となった写真の人物に対する何らかの不法行為の成立を認めるべきであるように思います。

生成AIは誕生して日も浅く、生成AIにともなって生じる多くの問題は、いま世界中で議論されている真っ最中です。利用者は、少なくとも生成AIの成果物を公開する段階では、その成果物が他人の著作物に類似していないか、誰かに精神的な苦痛を与えないか、慎重に検討することが求められているといえます。日本においてもルール作りが急ピッチで進められていますので、利用者は、今後の議論の行方にも注意を払う必要があるでしょう。

プロフィール

唐津 真美
唐津 真美(からつ まみ)弁護士 高樹町法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士。アート・メディア・エンターテイメント業界の企業法務全般を主に取り扱う。特に著作権・商標権等の知的財産権及び国内外の契約交渉に関するアドバイス、執筆、講演多数。文化審議会著作権分科会専門委員も務める。

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