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市販薬120錠飲み、搬送された少女 若者の間で広がる「オーバードーズ」の実態
歌舞伎町のトー横に集まる若者たち(2023年5月21日、弁護士ドットコム撮影)

市販薬120錠飲み、搬送された少女 若者の間で広がる「オーバードーズ」の実態

「大事なギターで私の背中を殴った父を、殺せるものなら殺したかった」。ある少女(19歳)は、大量の市販薬を一気に飲むことがある。

咳止め薬をもらったのがはじまり。最初は10錠だったものが、今では120錠まで増えた。意識を失い、救急車で運ばれたこともあるという。

若者の間で、市販薬を大量に飲む「オーバードーズ(OD)」が広がっている。国立精神・神経医療研究センターの調査では、高校生の約60人に1人が経験ありと答えた。未成年でもドラッグストアやインターネットで容易に手に入る状況に、救急医は「子どもに死ねる手段を与えている。対策は急務だ」と訴えている。

広がる若者のオーバードーズ 市販薬業界は困惑「規制できない」「いたちごっこだ」

●理由なく殴る父、家を出て繁華街へ

東京や大阪の繁華街には、家庭に居場所がない子どもたちが集まる場所がある。新宿歌舞伎町の東宝の横(トー横)や、ミナミのグリコ看板の下(グリ下)と呼ばれている。

関西出身のメイ(仮名)は、元グリ下キッズだ。父親は怒鳴り、殴る人。母はオロオロして見ているだけ。逃げ場はいつも自分の部屋だった。音楽が好きで、おこづかいをためて買ったギターを触っている時は落ち着けた。

「ギターで背中を思いっきり殴られて。壊れちゃった。記憶のある限り、正座させられるとか厳しくされたことしかないんよ。なんでかは、わからん」

友達の家に泊まっていて「家出した」と親に通報された。児童相談所の施設にいたこともある。中学3年のころ、初めてODした。

家にいるのが嫌になり、グリ下に行くようになった。ODが流行っていた。咳止め薬のメジコンが主流で、最初は1シート(10錠)もらった。水で一気に流し込む。「自分では買わへん。誰かがルパン(万引き)してきたり。毎日やってた時もあるよ。噛んだら苦いんよね」

近年は、鎮痛薬や咳止めなどが処方箋なしでドラッグストアやインターネットで購入できるようになった。しかし、メジコンは厚労省の定める「濫用のおそれのある医薬品」が指定する成分が入っておらず、年齢確認などの規制はない。大量に飲めば心肺停止に至る場合もあると医師は指摘している。

●人間関係が嫌になって男女7人でOD

若者の間では、ODでハイになることを「パキる」と言う。しかし、必ずしも心地よくなるわけではない。メイが一番たくさん飲んだのは120錠。救急車で運ばれた。意識が飛んだり、「友達が死んじゃう!」と大泣きしたりしたこともあるという。

「掲示板で悪口書かれたり、うざいって言われたりするとBAD入っちゃって死にたくなる。見なきゃいいけど見ちゃう。人間関係むずいよな」

今年2月には男女7人でODした。「パキるパーティー(パキパ)」とも呼ばれる会は、誰からともなく開かれる。面白半分の人もいれば、死にたいと考えている人もいる。メイは、家庭や友達のことを考えて嫌になった時にする場合が多いと話す。

グリ下やトー横界隈に集まるキッズたちはすぐに顔見知りになる。ホテルの一室に大勢で泊まることも。一緒に過ごす時間は増え、ツイッターでもつながる。仲間の情報はすぐに共有・拡散される。軋轢が生まれ、窮屈さを感じて離れていく子もいる。

メイも2000円弱と安い深夜バスで、東京と大阪を行ったり来たりしていたが、最近は東京でバイトに勤しみ、トー横からも足が遠のいている。親から捜索願は出ていない。一度、警察に保護されたことがあり、母親と祖母が東京に来た。

「迷惑かけられたって顔して、その日に帰った。なんも思わん。ずっとこんなもんやから」

トー横やグリ下では逮捕者が出ることもしばしばで、地域からは治安悪化の理由にされることもある。しかし、メイはこう擁護する。

「不良とか悪いみたいなイメージあるかもしれんけど、虐待受けてる子が多い。児相も助けてくれんし、ここが行き場だったってこと。私だって普通の家に生まれたかったよ」

●高校生の60人に1人が市販薬乱用経験あり

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部の嶋根卓也室長は、2021〜2022年に全国の高校生をランダムに抽出。80校の4万4613人から有効回答を得た。結果から、60人に1人つまり2クラスに1人の割合で、市販薬の乱用経験者がいるという実態がわかった。また、市販薬乱用の経験率(推計値)は大麻など違法薬物に比べて大幅に高いこともうかがえた。

画像タイトル 嶋根卓也,ほか:薬物使用と生活に関する全国高校生調査2021.令和4年度厚生労働省依存症に関する調査研究事業,2022. https://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/report/pdf/highschool2021.pdf

嶋根氏は、家庭や学校に居場所がないなどの「社会的孤立」が共通していると指摘する。

「市販薬の乱用問題は、助けてと言えずにいる子どもたちの叫びです。大麻や覚醒剤の違法薬物と決定的に違うのは、SNSなどを通じて方法を知り、簡単に手に入ること。孤立状態にある若者たちの存在に気づき、声をかけ、適切な支援につないでいくことが必要です」

●救急医「自死の手段として使われている」

救急の現場でも、深刻な事態が現れている。

救急医療に携わり、中毒や精神医学を専門とする埼玉医科大の上條吉人医師が首都圏の3病院を調べたところ、2018年と2020年で比較すると市販薬のODによる搬送数は倍増。同大でも近年は10代の搬送が相次いでおり、6割が市販薬のODだという。

2013年以降、多いのはカフェイン中毒で、眠気・だるさ防止のエスタロンモカ錠の大量摂取が目立つ。「嘔吐し続けたり、イライラしてじっとしていられなかったり、興奮して運ばれてきます。不整脈になって心拍が止まることもあります」

「エスタロンモカをODした16歳の女子高生は、ここに搬送される前に心肺停止に至って亡くなりました。カフェイン中毒は、ちゃんと血液浄化できれば助かる可能性が高いので残念です」

また、咳止め薬メジコンに含有されるデキストロメトルファンは、麻酔薬のケタミンと似たような作用をする場合があり、解離症状を引き起こすという。今ここにいる感覚や現実感がなくなるような状態となり、「ゾンビのような歩行をすることがあります」(上條医師)。

たとえ心拍が再開しても低酸素脳症で死亡したり、脳に障害が残ったりした症例もある。また、メジコンのODでは2022年に池袋のホテルで複数人でODしていた中、30代の女性が亡くなった。他にも解熱剤のカロナールは、肝不全で移植が必要になる可能性があるという。

画像タイトル 若者が搬送される救急の現場で深刻さを感じているという上條吉人医師(2023年5月、埼玉医科大、弁護士ドットコムニュース撮影)

上條医師の勤務する埼玉医大臨床中毒センターは県西部の毛呂山町にあり、県内全域から患者が運ばれてくる。ODで錯乱する若者の対応を何度もしてきた。10代の患者が、1日に複数人搬送されてきたこともあった。

ODは自死の手段の一つで、背景には精神的な疾患がうかがわれる。同センターは精神科医と臨床心理士が常勤し、自殺未遂で搬送された患者の心のケアにも当たる全国唯一の施設という。

上條医師は「市販薬が容易に手に入るのは、子どもたちに死ねる手段を与えている状況です。市販薬の乱用は抑制が外れるため、衝動的に自殺目的でODする場合もあります。まれですが、自暴自棄となって他害につながる可能性も否定できません。規制を急がないと、貴重な命が失われていきます」と訴えている。

また、大阪で「子どもたちをひとりぼっちにさせへん!」をモットーに問題解決に取り組む田村健一弁護士は「ODは誰も得しない。本人はつらいし、BADに入れば死が近づく。周りの友達も迷惑する」と説明。中には闇市で薬を横流しする大人もいるといい「ODはなくすべき。悩みの背景を聞き取り、薬に依存しないように支援していく」と強調した。

※この記事は、弁護士ドットコムニュースとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。

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