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川崎ストーカー殺人、繰り返される悲劇に「現場の意識改革が急務」 神奈川県警の報告書を弁護士が読み解く
神奈川県警察本部(ニングル / PIXTA)

川崎ストーカー殺人、繰り返される悲劇に「現場の意識改革が急務」 神奈川県警の報告書を弁護士が読み解く

川崎市の女性(20歳)が元交際相手からストーカー被害を受け、警察署に相談していたにもかかわらず、殺害された事件をめぐって、神奈川県警は9月4日、組織としての対応に問題があったことを認める検証報告書を公表した。

神奈川県警は検証結果を踏まえて、計40人を処分した。

悲劇が起きるたびに再発防止策が検討されるが、同じような事件はこれまで何度も繰り返されてきた。

ストーカー事件にくわしい松村大介弁護士は「被害者に向き合う現場の警察官の意識改革が急務だ」と話す。神奈川県警の報告書を読み解いてもらった。

●ストーカー規制法は「刑法未満、軽犯罪以上」

川崎ストーカー殺人事件は、被害者が交際相手から執拗なストーカー行為を受け、被害者や親族などが警察署にストーカー規制法に基づく対処を求めていたにもかかわらず、警察の不適切な対応が原因で最悪の結末を迎えてしまいました。

ストーカー規制法は「刑法未満、軽犯罪以上」とも言われ、本来自由であるはずの私人間の問題に警察が介入する点で、暴対法と並んで異質の法律であると言われます。ストーカー事案は、重大犯罪にエスカレートする危険性を常に孕んでおり、自由の保障と国民の安全確保のバランスをどう取るかが難題とされています。

ここでは、神奈川県警の検証報告書から浮かび上がった問題点と改善策を整理し、なぜ同様の悲劇が繰り返されるのか、規制強化の弊害も踏まえてストーカー規制法の課題を考えます。

●検証報告書が指摘した問題点の数々

報告書は、組織的・構造的な欠陥を指摘しています。

警察署と本部間の連携・機能不全 拙速な捜査の終結と警告・禁止命令の機会逸失

警察署は、被害者からの被害届の取り下げや「復縁」の申し出を受けて、性急に事案を終結させ、被疑者への警告や禁止命令を出す機会を逃しました。

(1)本部の継続的関与の不徹底

神奈川県警本部の人身安全対策課は、警察署への指導や助言をおこなっていましたが、事案の継続的な管理が不徹底であり、事案終結の判断に関与していませんでした。

情報共有の欠如という観点からは、被害者の所在不明という重要な情報が、警察署から本部へ報告されていませんでした。本部の人身安全対策課と本捜査第一課との連携や情報共有も明確に規定されていませんでした。

また、署対処体制、本部対処体制ともに、警察庁通達で定められた役割が十分に機能せず、形骸化していたとされています。

(2)初動捜査と証拠保全の不徹底

被害者から複数回にわたる電話相談があったにもかかわらず、臨港署の初動対応は不適切でした。

行方不明の事案を認知した後も、警察署は特異な情報(被疑者の車両が被害者宅付近に長時間駐車しているなど)を見逃し、捜査が遅延し続けました。

また、被害者の姉宅の防犯カメラに被疑者が映っていたにもかかわらず、警察は室内への侵入形跡がないと判断し、インターホンの録画記録などを確認せずに捜査を打ち切っていました。

報告書では、現場での写真撮影や指紋採取、防犯カメラ捜査といった客観的証拠の迅速な保全が徹底されていなかったことが指摘されています。

(3)属人的・不安定な判断システム

そして、本部長への報告基準が「社会的反響が大きい又は特に重要と認められるもの」といった抽象的な表現に留まっており、担当者の経験や感覚に委ねられる属人的な仕組みになっていました。

●報告書が示した対策とは

こうした問題を踏まえ、報告書は以下の対策を講じるものとしています。

<対処体制の強化>     
本部人身安全対策課が警察署の対処能力を評価し、不十分な点に対しては職員を派遣するなど、本部の主体的・積極的な関与を徹底する。

<危険性・切迫性の評価方法の見直し>     
既存のチェック表に評価項目を追加し、危険性・切迫性をより適切に評価できるようにする。

<教養の強化>     
新任の署長や副署長、そして事案に関わる全ての職員に対し、実践的なケーススタディを用いた教養を強化する。

<捜査の基本の徹底>     
初動捜査を含め、現場での写真撮影や指紋採取、防犯カメラ捜査など、客観的証拠の迅速な保全を徹底するための教養を全ての捜査員に行う。

画像タイトル 写真はイメージ(EKAKI / PIXTA)

●「根底に警察官個人の意識の問題が横たわっている」

しかしながら、川崎ストーカー事件が起きる前にも警察庁の通達により一定の体制が求められていたため、いかに制度を構築したとしても、結局のところは、現場の警察官の運用に依存するところが多いといえます。

川崎ストーカー事件の問題点である形骸化した対処体制、捜査基本の不徹底は、まさに現場の警察官の判断に大きく依存するものといえます。

今後、対処体制の強化やマニュアルの整備、教養の強化といった改善策が実施されることになりますが、それらが単なる「お題目」に終わっては意味がありません。

今回の事案は、警察庁や県警の通達が存在したにもかかわらず、それが現場で適切に運用されていなかったという事実が問題なのです。

結局のところ、文書化されたルールや体制がどれほど完璧であっても、「被害者の安全確保を最優先に対処する」 という、人身安全関連事案の根幹にある考え方が、一人ひとりの警察官の行動規範として根付いていなければ、同様の悲劇は繰り返される可能性があります。

報告書が指摘する問題の根底には、被害者の訴えに対する共感性の欠如や、事案の潜在的な危険性を見抜く危機管理意識の欠如といった、個々の警察官の意識の問題が横たわっています。

●「被害者に向き合う現場の警察官の意識改革が急務」

ストーカー事件というものは本来的には私人間の問題であり、私人間に委ねるべき領域と、警察が介入すべき領域との境目が非常に曖昧なのです。

これがストーカー事件の対処の難しさの根本原因と考えられます。

川崎ストーカー事件を契機としたストーカー規制法の規制強化に伴い、今後、間違いなく冤罪的な警告も増えるでしょう。

現場の警察官の感覚は「やらずに批判されるよりはやって批判されるほうがまし」というのが本音だと思います。

川崎ストーカー事件を契機にストーカー規制法は規制が強化されるはずです。

同時に忘れてはならない視点は、規制の網を大きく広げすぎると、かえってストーカー冤罪を生む温床にもなり得るということです。

極論としては、ルールの徹底もさることながら、被害者に向き合う現場の警察官の意識改革が急務であると考えられます。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

プロフィール

松村 大介
松村 大介(まつむら だいすけ)弁護士 舟渡国際法律事務所
第一東京弁護士会所属。慶應義塾大学法科大学院修了。外国人事件を中心に、企業法務、一般民事、行政事件、刑事事件など幅広く取り扱う。令和6年、大阪高裁で従来否定されていた実務を覆し、冤罪の場合のストーカー警告の法的効力を認める画期的な判決を勝ち取るなど、近年はストーカーの加害者側、冤罪、被害者側を勢力的に取り扱う。

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