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なぜストーカー被害を警察に相談しても殺人事件に発展してしまうのか 専門家・小早川さんに聞く
画像はイメージです(’90 Bantam / PIXTA)

なぜストーカー被害を警察に相談しても殺人事件に発展してしまうのか 専門家・小早川さんに聞く

愛媛県今治市でピアノ教師の女性(64歳)が殺害される事件が1月26日に発生した。県警は、事件直後に一緒にいた女性の娘(35歳)を暴行した疑いで、自称会社員の男性を逮捕。県警は、男性が女性の殺害についても関与したとみて捜査しているという。

娘は昨年11月、当時交際関係にあった男性について「別れたいのに別れてくれない」などと警察に相談していたと報じられている。報道によると、県警は「娘の意向から防犯指導をするにとどめた」と発表している。

警察に相談する際、「被害者の意向」とはどのように聞かれるものなのだろうか。未然に犯罪を防ぐには、どうしたら良いのか。ストーカー被害に詳しいNPO法人ヒューマニティ理事長の小早川明子氏に聞いた。

●被害者は即座に対処法を決められない

ーーストーカーやDVなどの被害を訴えるために警察に行った場合、どんなことを聞かれるのでしょうか?

まず、あなたはどうしたいのかと聞かれます。多くの場合、刑事手続き(捜査や処罰を求めるか)か行政手続き(警告を出すか)のどちらを選ぶかの要望を問われるわけです。警察署によって、紙に自分で書く場合もあれば、口頭での聞き取りの場合もあります。

しかし、「被害者」になるのは普通、人生で初めてなのです。アドバイスをもらいたいとは思っていても、警察に何を望むか分からず、どっちに印をつければいいか考え込んでしまう。交際相手や配偶者に対して、警察から直接アプローチをかけるということにためらいが生まれます。

適切な警察側の対応がなければ、「とりあえず今は何もしないで様子を見ます」「情報だけ提供します」と言って帰ることになってしまいます。

ーーそれが、「被害者の意向」として警察内では引き継がれるんですよね?

はい。そして警察の援助としては、防犯指導にとどまってしまいます。防犯ブザーを渡したり、家にいないほうがいいと助言したりするくらいです。

その後、再び被害者が来なければ、「便りがないのは、いい便り」とばかりに見向きもされなくなります。そのため被害者には「頻繁に警察に行ったほうがいい」とアドバイスしています。

ーー警察側の対応は、「意向次第」で限界なのでしょうか?

初めて警察に来る被害者は、信頼できる「専門家」である警察官に相談しているんです。数々の事件を取り扱っている警察だからこそ、事案の緊急度、危険度を判断し、どのように対処していくか話を聞き、心構えを説いてほしいと思います。

被害者の意向に従うのではなく、この事態を正常化するためにどんな決断をしてもらうべきなのか。手ぶらで帰してはいけない。解決までに今後すべきことの「見取り図」を示してほしいのです。

例えば、「まずは逃げ場所の確保をし、その後に警告しましょう。警告後は職場にも協力を得て、いざという時に通報してもらいましょう。逮捕後は弁護士があなたの相談に乗ってくれますよ」といったように。せめて、「次回はいつ来てくださいね」とか「SNSの使用を制限したほうがいい」「突然現れたら興奮させないように否定的な言葉は発しないように」などの助言は欲しいです。

警察官に対する講習は10年ほど続けており、「専門家」とは「最悪が分かり、希望(最適な対処)が語れる」人だと伝えています。その「専門家としての実力」に加えて必要なのが、「人としての好感度」です。

初めて行った警察署で「よくきたね」との一言もなく、担当者が名乗ってもくれないとなれば、「この人の言うことを聞いていいのかな」と余計不安になります。好感度の低さは、被害者の危険につながります。信頼が得られず、相談が途切れるからです。逆に好感度が高ければ、相談者に影響を与え、安全につながり得ます。

画像タイトル NPO法人ヒューマニティ理事長の小早川明子氏(同法人提供)

●婦人相談所やDVセンターが連携すべき

ーーストーカーなどを担当する生活安全課の管轄は多岐にわたり、警察官も個々の事案に対処しきれない部分もありそうです。

確かに警察に何でもかんでも集中している実情はあります。各地の婦人相談所や配偶者暴力(DV)相談支援センターは、ストーカー相談に対しては、多くの場合、警察に連れていくことが仕事になってしまっています。相談員が、被害への理解を深め、加害者への介入もできるようになっていくことが必要です。

大事なのは、被害者を一人で戦わせないこと。被害者が、警察で消極的な意向を示してしまうのは報復が怖いからです。私が対応する場合は、加害者に「代わりに話を聞く」と連絡をします。「これ以上、直接接触したら被害者は警察に相談に行くしか無くなる」とも伝えておきます。

ーー警察以外にも、被害者の相談窓口が広がることが理想といえそうです。

被害者は千差万別です。深刻なのに被害に遭っているという自覚がない人もいます。過去の事例を伝えて危険度をわからせるなど、私はカウンセラーなので、その人その人に合わせて話の進め方は変えますが、一朝一夕にできるものではないと思います。

内閣府は2022年度に、被害者等への相談対応に関する支援マニュアルを改訂し、加害者へのアプローチを含め、地方公共団体への対応充実を提言しています。

DVセンターの相談員がストーカー相談を積極的かつ効果的に行い、時には警察署に出向いて、頭を抱えている被害者の相談に乗るなど、警察と連携できたら被害者は喜ぶでしょう。警察も負担が減り、本当に緊急度の高い事案に集中できることになるはずです。

また、弁護士の役割も重要です。ストーカー相談は、大変だからやりたくないという人もまだまだ多いです。証拠集めなどで労が多いわりに、実際の訴訟には至らない場合が多く、益を感じられないからかもしれません。どこに相談に行っても熱意のないありきたりな対応では、被害者は救われません。

加えて、行政には加害者の家族や周囲にも相談の門戸を広げてほしいと思います。私は、衝動性が強すぎる重大事件を起こしかねない一部のストーカーには治療が必要だと考えています。そのためにも、加害行為がエスカレートする前に、早期の段階での第三者による加害者へのアプローチは必要だと思います。

薬物乱用者の窓口があるように、ストーカー加害者サイドの相談にも保健センター等が乗ることで、被害者にはわからない加害者の実情や危険を把握でき、事件を起こす前にカウンセリングや治療につなげることも可能となるのではと思います。

●加害者への治療呼びかけに期待

ーー警察庁では、昨年の福岡県のストーカー殺人事件を機に、10都道府県で、ストーカー規制法の禁止命令を受けた加害者全員の近況確認を試行した。医療機関での治療も呼びかけるといいます。

やっと、と思います。これまでは、被害者にばかり連絡する形しかありませんでしたから。1年以上何もなくても、反射的に「あの女のせいだ」とぶり返す加害者はいます。適切な治療につなげて再犯しないようにすることは、ひいては加害者のためになるのです。

今治の事件では、過去の複数の暴力事件が報じられています。服役もしている。危険度を正確に見極めるべき警察の関与が一切きかなかったということです。

私が加害者の危険度を判断する時の指標は、「希望なし」「金なし」「孤独」の3点がそろった時と言っています。近況確認で、そうした情報を得られれば危険度の判断に役立つと思います。

今回の事件で前科照会をしなかったのかは不明ですが、少なくとも被害者に伝えなくてもいいので、警察内で情報を共有しておいてほしかったと思います。

【プロフィール】小早川明子(こばやかわ・あきこ)カウンセラー。中央大学文学部哲学科卒業後、ゲシュタルト・セラピスト養成コース修了後、独立。1999年にストーカー対策組織を発足、翌年株式会社ヒューマニティを設立。2003年、NPO法人に組織変更。ストーカー規制法に関する警察庁の有識者検討会委員を2度にわたり務める。著書に「ストーカー 『普通の人』がなぜ豹変するのか 」(中公新書ラクレ)など。

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