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「桶川の教訓が活かされず無念」川崎の女性遺体事件にみるストーカー規制法の「弱点」とは?
川崎臨港警察署(Googleストリートビューより)

「桶川の教訓が活かされず無念」川崎の女性遺体事件にみるストーカー規制法の「弱点」とは?

神奈川県川崎市で20歳の女性が遺体で発見された事件をめぐり、5月3日、かねてストーカー行為を繰り返していた男性が死体遺棄容疑で逮捕された。

亡くなった女性は生前、逮捕された男性からの暴力などについて警察に通報や相談をしていたとされ、遺族や友人らは警察の対応が不十分だったと抗議の声を上げている。

神奈川県警は9日、対応が適切だったか否かを調査する検証チームを設置したと発表した。

ストーカー事件に詳しい松村大介弁護士は、警察の対応について「問題点が非常に多く、ストーカー規制法の限界・矛盾を露呈している」と批判した上で、「ストーカー規制法を改正すべき」だと指摘する。

●ストーカー規制法の警告や禁止命令により対処することが出来た可能性

——川崎ストーカー事件では、被害者からの再三の連絡にもかかわらず、警察の対応は不十分だったと遺族側は批判しています。警察の対応に問題があったのか否か。あったとして、どのような点に問題があったと評価されますか。

川崎ストーカー事件での警察の対応は、警察庁の通達に反する等問題点が非常に多く、ストーカー規制法の限界・矛盾を露呈しています。

今回の事件は、1999年(平成11年)に発生した桶川ストーカー事件を彷彿とさせる事件であり、桶川ストーカー事件の教訓を十分に生かしきれておらず、無念でなりません。

ストーカー規制法違反の事件を数多く取り扱う中で、ストーカー規制法の解釈は比較的緩やかで明確な基準がなく、対応する警察官次第でストーカーになったりならなかったりすることが決まってしまうという現実もあります。

単なる男女問題であると警察が軽く考えて、被害者への働き掛け、説得を十分にせず、警察内部での共有をしていなかった可能性も大いに考えられます。

報道による限り、相手方の行為は、ストーカー規制法の警告、禁止命令により対処することが十分できる事案だったと思います。

●警察の対応には疑問が残る

警察は、ストーカー事件として認知していないと記者会見で述べていたようですが、後にストーカー規制法違反で家宅捜索をしており、矛盾しています。

ストーカー事件として認知していないという警察の見解にも疑問ですが、仮にそうであったとしても、今回の警察の対応は、警察庁の通達(「恋愛感情等のもつれに起因する暴力的事案への迅速かつ的確な対処の徹底について(通達)」)にも反しています。

この通達では、ストーカー事件が「事態が急展開して重大事件に発展するおそれが大きい」ことから、「組織的かつ継続的」「迅速かつ的確な対処を徹底」するよう求めています。

また、「ストーカー規制法を確実に説明し、被害者の積極的な意思決定を支援」することや、「被害者の中には被害届を提出するか迷う者もいるため、可能な限り、親族等の協力を得て被害者に被害届の提出を促す」こと、「警察署内で情報を共有し被害者にとって最も適切な解決策を講じる」こと、「被害者等に被害の届出の意思がない場合、被害者等に被害届の働き掛け、説得を行う」ことなどを、警察庁が指導しています。

報道によると、被害者によって被害届が取り下げられたといいます。しかし、これらの内容に照らせば、被害届が取り下げられたという形式面を捉えて警察が踏み込んだ対応をしないというのは問題でしょう。

なお、これらに加えて、警察庁のストーカー規制法に関する通達「ストーカー行為等の規制等に関する法律等の解釈及び運用上の留意事項について(通達)」でも、同様に、「また、被害者に被害の届出の意思がない場合であっても、過去の事例から被害者のみらず親族等にまで生命の危険が及び得ることを十分に説明した上で、被害者等に被害の届出の働き掛け及び説得を行い、説得等にもかかわらず被害の届出をしない場合であっても、当事者双方の関係を考慮した上で、必要性が認められ、かつ、客観証拠及び逮捕の理由がある場合には、加害者の逮捕を始めとした強制捜査を行うことを積極的に検討する必要がある。」と指導されています。

川崎ストーカー事件での警察の対応はこのような警察庁の方針に反しており、問題点が多いと思います。

●ストーカー規制法の「警告」とは?

——報道によると、警察は、容疑者に対して口頭で注意はしたものの、ストーカー規制法に基づく書面による警告は行っていなかったといいます。ストーカー規制法の「警告」とはどのようなものでしょうか。何か法的な効果があるのでしょうか。

ストーカー規制法では、つきまとい行為に対する制裁として、行政手続、刑事手続の2つの制度が予定されています。このうち、行政措置の中には、ストーカー規制法に基づく「警告」、「禁止命令」の2つの制度が段階的に存在します。

この警告は、警察庁の公式解釈によると、行政指導、すなわち、お願いと解釈されています。お願いですから、警告に従ってもいいし、従わなくてもいいという位置付けとして、法的効果のないものと解釈しています。

——「警告」された人は、警告に従うものなのでしょうか? それとも警告を無視する人が多いのでしょうか?

「警告」された人のうち、90パーセント程度が、警告に従いストーカー行為をやめています。

●警察官によって対応に差が大きく、被害者保護に欠ける

桶川ストーカー殺人事件をはじめとして痛ましいストーカー殺人事件を契機に、ストーカー規制法は規制の強化、迅速化、厳罰化を旗印に掲げて改正を繰り返してきました。このように警察としては、ストーカーの取り締まりを強化する姿勢を示しています。

しかし、実務では、警告の位置付けを行政指導、すなわち、従ってもいいし、従わなくてもいいというような、お願いにすぎないものと解釈してしまっているのです。

このような解釈は、特にストーカー被害者の保護の観点から大きな問題点があるのです。

もちろん、警察官が被害者の声に応じてストーカーに対処すれば問題がありません。

しかし、警告を行政指導であると解釈すると、警告をするかしないかは、警察官の自由になってしまうのです。

深刻なストーカー被害が発生しているのに、警察官が何も対応しない場合も、国家賠償請求は別として、警察官に警告を出すように法律上義務付けることは一切できないのです。

これは、被害者保護を掲げるストーカー規制法の精神に反するものであると思います。

●逆に、ストーカーに仕立て上げられた場合にも問題がある

警告を行政指導とすると、今回のケースとは逆に、日常の些細なトラブルについて(本来出すべきではない)警告を出され、ストーカーのレッテルを貼られてしまった場合にも問題が生じます。

このような警告で人生が崩壊してしまうケースが多発しています。

ずさんな手続きで警告が出されても、裁判で取り消しを求めることができないのです。   「警告」について、従ってもいいし、従わなくてもいい行政指導であるとする警察庁の解釈は、少なくとも、現在のストーカー規制法の実情に反していますので、改善が必要な制度だと思います。

今こそ、このような警察のフリーハンド化しているストーカー規制法の解釈を改め、被害者保護の観点から、「警告」には、従わなければならない法的義務がある、という法改正をすべきです。

●法的義務を認めることで、裁判所の審査が及びうる

——警告に従うべき法的義務を認めると、どのように現状が改善されるのでしょうか?

「警告」に法的義務を課すことによって、不当に警察が対応しない場合には、警告の義務付けの訴えや、警告を出さないという警察の不作為の違法確認の訴えを法律上認めることが可能となります。

逆に、不当な警告が出てしまった場合には事後的にでも取り消しを求めることができるようになります。

人権保障のバランスを考えて、ストーカー規制法を改正すべきです。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

プロフィール

松村 大介
松村 大介(まつむら だいすけ)弁護士 舟渡国際法律事務所
第一東京弁護士会所属。慶應義塾大学法科大学院修了。外国人事件を中心に、企業法務、一般民事、行政事件、刑事事件等幅広く取り扱い、近年はストーカーの加害者側、冤罪、被害者側を勢力的に取り扱う。

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