神奈川県川崎市川崎区で、20歳の女性が遺体で発見された事件をめぐり、5月3日、かねてストーカー行為を繰り返していた男性が死体遺棄容疑で逮捕されました。
亡くなった女性は生前、逮捕された男性からの暴力などについて警察に通報や相談をしていたとされており、神奈川県警は9日、対応が適切だったか否かを調査する検証チームを設置したと発表しました。
また警察庁も12日、被害者の安全確保を最優先にした対応の徹底を求める通達を各都道府県警に対し、出しています。
刑事としての経験も有する澤井康生弁護士は、警察の対応によっては被害者を救出できた可能性について言及し、強制捜査権限を適切に行使しなかった警察の不作為について国家賠償請求の可能性があると指摘します。
●警察の対応の問題点とは?
——本件で、警察の対応には問題があったのでしょうか。仮に問題があったとすれば、どのような点が問題となるでしょうか。
川崎ストーカー事件については現時点で事実関係が不明な部分が多々あるものの、報道されている事実関係を前提とすると以下のとおり整理できます。
1)2024年9月~同年12月までの対応
本件は加害者が被害者に一方的に恋愛感情を募らせるストーカー類型ではなく、当事者が交際関係にあるもしくは交際関係にあった類型です。
途中で被害届が取り下げられたり、復縁するなどの出来事があったことから、警察としても振り回されてしまった感が否めません。
この期間については事実関係が不明な点が多々あるものの11月ころからストーカー行為が目撃されていたとのことですから、警察としてはストーカー規制法に基づく措置を取るべきでした。
具体的には口頭注意ではなく「警告」(同法4条)を出し、これが無視された場合にはさらに「禁止命令」(同法5条)を出し、さらにこれも無視した場合には禁止命令違反を理由とする「逮捕」(同法19条)です。
警察としても当初からストーカーという相談を受けていたのであれば、上記の一連の手続きを取ったものと思われますが、被害届出の取り下げや復縁報告で混乱し、とりあえず様子を見るという判断になったのかもしれません。
ここは警察の捜査の検証結果を待つ必要があります。
2)2024年12月以降
報道によると、12月20日、被害者が行方不明となり、2日後に祖母宅に窓ガラスが割られて外部から侵入された形跡が発見されたとされています。
その直前にも被害者は加害者によるストーカー行為を警察に相談していたようですから、合理的に判断すれば2つの事件は関連しており、これは加害者による住居侵入(刑法130条前段)、略取誘拐(刑法225条)、監禁(刑法220条)の疑いが濃厚ということになります。
警察としては建造物侵入の被害申告を受けた時点で指紋や掌紋、下足痕の採取、毛髪などの微物採取、付近防犯カメラ映像の収集と解析、近所への聞き込み、場合によっては警察犬を投入して臭いから被害者の行方を追うことも検討できたのではないでしょうか。
少なくともこの時点で住居侵入や略取誘拐の被疑事実で被疑者宅の捜索令状は請求できたはずであり、令状に基づいて被疑者宅を家宅捜索していれば、被害者を救出することができた可能性もあります。
本件で警察は被害者が行方不明になって以降、任意で3回にわたり被疑者宅を確認したということですが、任意だったため、住居内を隈なく確認することができなかったようです。
しかしながら、そもそも「人の住居又は人の看守する邸宅」での承諾捜索(捜査対象者の同意を得て行われる捜査)という手法は犯罪捜査規範108条によって禁止されているのです。
対象者の任意性のある真摯な承諾がある場合にまで絶対に承諾捜索を否定する趣旨ではないと解釈されていますが、原則として承諾捜索は禁止され、令状によるべきとされているのです。
本件でも警察としては犯罪捜査規範に抵触する恐れのある承諾捜索などによらず、建造物侵入や略取誘拐の被疑事実で被疑者宅の捜索令状を取るべきだったということができます。
●行うべき捜査を行わなかった場合、国家賠償請求が認められうる
——警察が行うべき捜査を行わなかった、ということであれば、どのような法的責任が生じるのでしょうか。
警察が捜査権限を適切に行使することを怠ったために被害者が加害者により殺害されるなどした場合、警察が捜査権限を適切に行使しなかった不作為の違法性に基づいて国家賠償請求することが可能であり請求が認められた裁判例もあります。
東京高裁平成19年3月28日判決は会社員が少年グループに監禁、拉致、リンチされて殺害された事件について警察捜査の不作為の違法性を理由に国家賠償請求を認めています。
上記判例によれば、警察権の行使をすべき作為義務が認められるためには、①犯罪の加害行為が行われ又はその具体的危険が切迫していること、②警察官がそのような状況を容易に知り得たこと、③警察権の行使により加害行為の結果を回避しえたこと、④強制捜査権の行使にあって法律上の要件を備えていること、の要件が必要とされています。
本件において、①住居侵入、略取誘拐、監禁行為が行われており、被害者の生命身体に危害が加えられる恐れが切迫していること、②被害者の行方不明や祖母宅からの被害申告により警察が上記危険を認識し得たこと、③警察が家宅捜索していれば被害者を救出できた可能性があり、殺害されるという結果を回避できた蓋然性が高いこと、④少なくとも住居侵入、略取誘拐で捜索令状は取得できたことから法律上の要件を具備していること、から警察には強制捜査を行うべき作為義務が認められます。
したがって、任意捜査にこだわり強制捜査権限を適切に行使しなかった警察の不作為には違法性が認められる可能性があると思われます。