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パートと正社員が同待遇、イオンリテールの労組が求めてきた「新時代の働き方」
イオン防府(papa88 / PIXTA)

パートと正社員が同待遇、イオンリテールの労組が求めてきた「新時代の働き方」

全国約350店舗を展開する大手スーパー、イオンの従業員が加入するイオンリテールワーカーズユニオンは、2023年春闘でパート従業員に対する賃金引き上げ総額7%の満額回答を得た。イオンリテールは、売り場のリーダーなど正社員と同じ仕事を担うパートについては、賃金や待遇も正社員と同等にする新たな制度も導入した。パートの待遇改善における労組の役割などについて、同ユニオンの専従役員を務める3人に聞いた。(ライター・有馬知子)

<イオンリテールワーカーズユニオン>
中央執行書記長 濱本隆宏氏
中央執行政策局長 中川紀子氏
中央執行 書記局担当 鈴木摩利子氏

画像タイトル 左から鈴木氏、濱本氏、中川氏

●「物価高から生活を守る」一律の賃上げを実現

同ユニオンは、イオンリテール従業員の8割超に当たる約10万人が加入し、このうち約8割がパートタイマーだ。2006年までは正社員主体の組合だったが、約3年かけてパートを組織化。2015年からは65歳以上のシニアパートも組合員となり、現在は管理職・経営層と学生、短期アルバイト以外ほぼ全員が加入している。

「待遇改善の大前提として、働き手の圧倒的多数を占め、かつ優秀な人も多いパートに経営に参画してもらうことが、各店舗の『現場力』を高めるのに不可欠だとの考えがあります」と、濱本氏は説明する。

昨年以降、物価高に伴い労働者の実質賃金は低下している。また近年は最低賃金の大幅引き上げが続き、イオンリテールでは10月の改定のたびに最賃がパートの時給を上回る「逆転現象」が起きていた。

このため同ユニオンは、2023年春闘で「組合員の生活を守るには、一部の層に重点投資するのではなく一律の賃上げが不可欠。さらに最賃改定後も逆転が起きないレベルの、大幅な賃上げをすべきだ」と働き掛け、経営側の「満額回答」を得た。

経営側も労働力不足の中、優秀な人材確保のためには賃上げによる人材投資が必要だとの認識は共有していたという。労使の方向性が一致したことが、春闘の早期妥結にもつながった。

●パートのままでもキャリアップ可能、処遇は正社員と同等

イオンリテールは今年に入って、パートを対象に新たな資格制度を導入した。労使は数年前から、同一労働・同一賃金の考え方に基づいたパートの給与体系について共通の課題認識を持ち、解決に向け継続的に協議を重ねたという。昨年から約1年間、具体的な新制度設計についての職場討議・組織協議・労使協議を重ね、新制度導入に結び付けることができた。

これまでパートは、正社員とは別の資格制度が設けられ、店舗マネジャー以上のキャリアを希望する場合は、登用制度を使って正社員になる以外の選択肢はなかった。ただ実態としてはパートでも売り場リーダーや店舗マネジャーを担える人材が増えていた。

「パートが正社員と同じ仕事をしているのに、働く時間と場所に制約があるというだけでキャリアアップできない状態はやはりおかしい。彼ら彼女らの働きを正当に評価し、昇格も可能にするべきだと考え、労使で共通認識を持ちながら協議を進めることができた」(濱本氏)

新制度では、パートに対して店舗リーダー相当の「CG2」、マネジャー・店長相当の「CG3」「CG4」という資格を設け、賃金や諸手当も同じ仕事をする地域限定正社員と同水準に改めた。例えば賃金は月160時間働く正社員の金額を100として、パートの労働時間が月120時間なら75%が支払われるといった具合に、時間数で按分される。

画像タイトル

また鮮魚、美容といった20種類ほどの専門分野でスキルを高め「マスター」や「アドバイザー」に認定されたパートについても、認定資格を処遇に反映し、昇給できるようにした。

「パート側がキャリアアップを望んでも、一気に『正社員』になるのは精神的なハードルが高い場合もあります。選択肢はなるべく多い方がいいので、正社員登用制度のほかにパートのままステップアップする道を作ることには、組合も賛成でした」と、濱本氏は話す。

リーダーやマネジャーを務めるパートに呼び掛けたところ88人が手を挙げ、筆記試験と面接を経て44人が昇格した。「今後も毎年数十人単位で、コンスタントに昇格者が出るのではないか」と、濱本氏は見込む。

●「転勤」や「年収の壁」がキャリアアップの課題に

パート8万人のうち昇格や正社員転換を望む人は、現時点では少数派だ。パートの多くは育児や家事、介護などを抱え、昇格の要件である「月120時間以上の勤務」をクリアするのは難しい。さらに地域限定正社員と同様、近くの店舗への転勤も発生する。「主婦の多くは家の近くだからとこの仕事を選んでいるだけに、通勤時間が延びることに強い抵抗を感じるのです」(濱本氏)。

主婦の「年収の壁」も、キャリアアップの障壁となっている。妻の年収が一定額を超えると、本人に社会保険料や税金負担が生じるほか、夫も配偶者控除や勤め先からの家族手当の対象から外れ、世帯として減収になってしまう。このため多くの主婦が、年収を「壁」の内側に収めるよう、就業時間を減らしている。

野村総合研究所の2022年の調査によると、配偶者を持つパート女性の61.9%が就業調整を行い、このうち6割以上が、年収を103万円以下に抑えていた。

大幅な賃上げが実現しても、働き手が就業調整をすれば年収は増えず、「生活を守りたい」という組合の意図も空回りしてしまう。一人当たりの働く時間が減り、職場の人手不足がさらに深刻化する恐れすらある。

CG2に昇格して120時間以上働けば、年収の増額分が世帯減収を上回り、年収の壁はなくなる計算だ。ただ書記局担当の鈴木氏は「主婦側の『一定時間以上働くと損が生じる』という心理的なバイアスが、労働時間を延ばすことを妨げています」と指摘した。

組合もオンラインの勉強会などを開き、組合員に正しい情報を提供することでバイアスの解消に努めている。しかし「今後はキャリアアップを目指す層と壁の内側で働く層に、パートの二極化が進むかもしれません」と、鈴木氏は予想した。

ただパートには未婚の若者なども含まれ「子育てや介護が一段落したら、もっと働きたい」と望む主婦も一定数存在する。今はまだ手を挙げる組合員が少ないかもしれないが、「希望者がステップアップできる環境を整えることが大事」と、濱本氏は強調した。

●正社員も含めて、個人の希望を尊重した働き方へ

パートに対する一連の待遇改善には、経営側の職場運営に対する意識の変化も影響していると、政策局長の中川氏は考える。

従来、スーパーの店舗運営はまず売り場という「面」に必要な従業員の人数を考え、頭数を揃えることが重視された。しかし現在は人手不足もあり「売り場という面ではなく、従業員という『個人』に焦点を当て、個々の能力を発揮してもらう方向に転じつつあります」(中川氏)。

パート個人の意欲を高め自律的に働いてもらうためにも、働きぶりを評価し昇格を可能にする制度は必要だ。正社員からは「パートにポジションを奪われるのでは」と懸念する声もあったが、小売業界は新卒の争奪戦が激しい上、毎年相当数の定年退職者がシニアパートに転じるため、むしろポジションに就く正社員が足りなくなることが想定されている。

このためイオンリテール労使は現在、正社員の65歳定年を迎えた人をパートではなく社員として再雇用する制度や、シニアパートの定年を70歳から75歳へ引き上げることを検討している。

イオンリテールの正社員には、転居を伴う転勤のない「地域限定社員」の区分や、短時間勤務制度もある。ただ地域限定正社員は原則フルタイム勤務でシフトも会社主導で決まり、時短勤務は、育児と介護で必要な場合という取得要件がある。

社員とパートの均等待遇が実現したことで「もっと柔軟に働きたい」と望む正社員が、パートへの転換を望む可能性すらあると、濱本氏は予想する。

「今後は正社員も、働き手個人の希望を尊重した働き方に変えなければ、人が集まらず組織が成り立たなくなる恐れもあります。組合として、パートも正社員もやりがいを持って長く働き続けてもらえるよう、会社側に制度改革や福利厚生の整備を働きかけていきます」

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