テレビが街頭でマイクを向けるとき、守るべきルールがある。
民放連が2024年、放送基準にこんな一文を加えた。放送内容によっては「出演者に対する想定外の誹謗中傷等を誘引することがあり得ることに留意する」。
2025年10月、この規定が実際に使われた。街頭インタビューの恣意的な編集で取材に応じた人が中傷にさらされたとして、BPO(放送倫理・番組向上機構)が日本テレビの番組に放送倫理違反があったとの意見を出している。
同じ街頭で、同じようにマイクを向ける。だが、YouTubeやTikTokでの配信は、このルールの外にある。
その「外側」で起きたことが、いま裁判になっている。街頭インタビューに応じた女性が2026年5月24日、動画の削除と220万円の損害賠償を求め、動画を制作・配信した会社側を東京地裁に提訴した。撮影前に署名した「出演承諾書」を理由に、中傷コメントが相次いだ動画の削除を拒まれたとしている。
承諾書は有効なのか。中傷を知りながら配信を続けた責任はあるのか。争点はそこだが、その手前には、「放送の外側」を誰がどう律するのかという問いがある。
BPO(放送倫理・番組向上機構)放送倫理検証委員会委員で、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所准教授の水谷瑛嗣郎さん(メディア法・情報法)に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●「公序良俗」や「消費者契約法」に反して無効と主張している
訴状によると、女性は10年以上活動するミュージシャン。2024年9月、東京・表参道を歩いていたところ、男性から街頭インタビューと称してネット番組「街角給与明細」への出演を持ちかけられた。
承諾するとその場で撮影が始まる流れで、撮影直前に「出演承諾書」への署名を求められたという。
女性側によると、この承諾書は制作会社に無期限・無条件での映像利用を認める一方、出演者には肖像権などの権利を全面的に放棄させ、動画の削除の申し立てを含む一切の異議を禁じる内容だった。
動画はYouTubeやTikTokで公開され、容姿や発言を否定的に扱う中傷コメントが相次いだが、女性が繰り返し削除を求めても、制作会社は承諾書を理由に応じなかったとされる。
女性側は、承諾書は公序良俗(民法90条)に反し、また消費者契約法10条に基づき無効であり、中傷コメントを把握しながら配信を続けた行為は「幇助」(民法719条2項)にあたると主張している。
動画は今も消されていない。弁護士ドットコムニュースは被告側に問い合わせたが、返答はなかった。
●放送と配信の「規律の差」
──テレビなどの放送事業者には、放送法やBPOの枠組みのもとで取材対象者への配慮や被害救済の仕組みがあります。一方、街頭で取材しネットで発信する動画配信者には、こうした規律が及んでいないのが現状かと思います。この「差」をどう見ていますか。
放送事業者には、放送法による規律が課せられています。放送番組の編集基準を定めて公表し、それに従って編集する義務があり(5条)、視聴者からの苦情などを扱う番組審議機関の設置も義務づけられています。
これとは別に、第三者機関であるBPOによる勧告などを受けることもあります。放送倫理検証委員会は、放送倫理違反の疑いがある番組を調査し、審議のうえで勧告を出します。人権委員会は、被害者からの申し立てに基づいて人権侵害などを審理します。こうした仕組みは「規律された自主規制」と呼ばれています。
一方、放送法上の「放送」にあたらないインターネット配信は、こうした特別な規律に服していません。名誉毀損など、一般の民事・刑事の規制がかかるのみで、いわば「自由放任」型です。
放送について「自主・自律」が語られますが、ここでの「自律」は「自らを律する」という意味であり、好き放題してよいということではありません。
放送は電波という希少な資源を使い、「国民の知る権利」に応える責務を負っています。「規律された自主規制」は、その特別な社会的責務を果たすためのモデルなのです。
●「同意」があれば免責されるのか
──出演者が権利放棄や異議申し立ての禁止を定めた承諾書に署名しています。本人の同意があれば、配信後の中傷被害への対応まで配信者は免責されるのでしょうか。中傷コメントを認識しながら配信を続けた場合、放送事業者ならどう対応すべきで、配信者にも同等の対応を期待できるでしょうか。
出演承諾書に同意していても、公序良俗に反する内容や、消費者の利益を一方的に害する内容であれば無効になる可能性があります。悪質なケースでは、肖像権侵害などの不法行為責任を負う可能性もあるでしょう。
そのうえで、放送事業者は通常の法的責任に「上乗せ」した規律を積み重ねてきました。
たとえば、2020年には、恋愛リアリティショーの出演者が多数の誹謗中傷を受けた末に自ら命を絶つという痛ましい出来事がありました。これに対して、日本民間放送連盟は放送基準を改訂し、「放送内容によっては、SNS等において出演者に対する想定外の誹謗中傷等を誘引することがあり得ることに留意する。また、出演者の精神的な健康状態にも配慮する」との規定(56条)を設けました。
この規定は、バラエティー番組「月曜から夜ふかし」で、中国出身女性の発言内容を実際とは異なる形で編集した問題に対するBPO放送倫理検証委員会の判断で、初めて適用されています。
ただし、誹謗中傷の発生は予見が難しいことも多く、この規定を過剰に重視すると、番組制作の萎縮や正当な取材活動の制約を招きかねません。一方で、出演者への配慮がなければ、人々は出演をリスクと捉え、取材に応じてくれなくなります。
取材や編集の過程、そして放送後に、事業者が出演者のリスクへ誠実に配慮しているかどうかが重要だと思います。
●影響力に見合ったルールをどう作るか
──登録者数で見ればテレビに匹敵する影響力を持つ配信者も少なくありません。影響力に見合った取材倫理や被害救済の仕組みは、今後どう整えるべきでしょうか。
インターネット番組は、人々の限られた注目が経済的価値を持ち、その奪い合いが激しく起きる「アテンション・エコノミー」が強く働く場です。新規参入が容易で、放送法のような規律もありません。
コンテンツの監視はプラットフォーム事業者が担っていますが、その事業者自身もアテンション・エコノミーの論理の中にいるため、問題のあるコンテンツへ対処するインセンティブに欠けます。
さらに、近年ではさまざまな場面で「テレビ離れ」が語られますが、実際に起きているのはテレビ受像機や地上波からの離脱で、テレビ「番組」はネット上でも流通しています。ネット上で違法アップロードされたテレビ番組を皆さんもよく目にしているのではないでしょうか。
私たちは日々、テレビ的なフォーマットの動画を消費しており、マスメディアとネットは密接につながっています。同じようなものを消費し、同じくアテンション・エコノミーが働く中で、配信経路の違いだけで規律に差があるのは、「いびつな競争」を生みます。
注目を得るには人の感情、とくに怒りを刺激するのが効果的だとされ、「炎上させるほうが得」という力学が働きます。規律に縛られるよりも注目を集めることが優先されることで、ネットでは「正直者が損をする」という論理が横行します。そうした中では、規律に縛られるテレビ番組は不利な立場に置かれますし、アテンション(視聴率や再生数)を稼ぐうえで、規律を「厄介なもの」と捉えるようになりかねません。
解消の方向性は大きく二つ考えられます。
一つは、放送もネットも一律に「自由放任」にする方向ですが、これは注目を奪い合うむき出しのゼロサムゲームを招き、コンテンツの「劣化」を進めるでしょう。
生成AIがコンテンツ制作の参入障壁を下げたことも、こうした傾向に拍車をかけかねません。
もう一つは、両者を一律に規律する方向ですが、ネットの自由度の高さ(とそこから生み出される多種多様なコンテンツ)という強みを奪ううえ、配信者は膨大で執行が難しいという問題もあります。
現実的には、「規律されたメディア」と「規律されないメディア」を併存させるのが、情報の多様性のためにも望ましいでしょう。
かつて紙には規制を入れず放送にのみ入れた「部分規制論」を、媒体を問わない形で再設計するイメージです。
問題は線引きですが、影響力で対象を選ぶと線引きが難しいため、自ら手を挙げて規律に服する「手上げ方式」が望ましいと思われます。
手を挙げた事業者には、自主的に一定のルールに従う配信者には、コンテンツの可視性をあげたり、市場から評価されやすくするといった各種の優遇措置を与えるのです。これは、情報空間のエコシステムを、「正直者が損をしない」ものへ変えていく方向性と言えるでしょう。
●今回の訴訟が持つ意味
──街頭取材をめぐる賠償請求訴訟は珍しいとされます。この訴訟は、放送の枠組みの外にある動画配信のあり方に、どんな影響を持ち得ますか。
現時点では、大きな影響は持たないかもしれません。日本では、損害賠償額が比較的低く、プラットフォーム上で多額の収益を得るインフルエンサーには歯止めになりにくい面があります。
ただ、こうした事案で権利侵害が認められれば、プラットフォーム事業者への削除申し出がおこなわれやすくなります。情報流通プラットフォーム対処法の迅速化のルールによって、事業者にも誠実な対応義務が生じてきます。
配信者はプラットフォームの「手のひらの上」でコンテンツを出している以上、今後はプラットフォーム事業者の責任も、ますます大きく問われることになるでしょう。
●取材される側を、誰が守るのか
承諾書という「入口」の同意は、被害が生じた後まで配信者を守る盾になるのか。
テレビの外側へと広がった街頭インタビュー動画の時代に、取材される側を、誰がどのようなルールで守るのか。今回の訴訟は、その答えを探る一つの試金石となりそうだ。
(※街頭インタビューに応じた中国出身女性のエピソードについて、実際には発言していないのに「中国ではカラスを食べる」と発言したかのように編集されていた問題)