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「AIによる賃金提案」に上司は支配されるのか 新たなIBM労使紛争で見えたこと
日本アイ・ビー・エム株式会社の本社

「AIによる賃金提案」に上司は支配されるのか 新たなIBM労使紛争で見えたこと

AIによる賃金査定や人事評価をめぐる日本初の労使紛争が、東京都労働委員会(都労委)で係争中だ。日本IBMの従業員でつくる労働組合「JMITU」日本アイビーエム支部は2020年4月、AI(人工知能)を使った人事評価と賃金査定について、同社が誠実に団体交渉に応じないのは不当な団交拒否と支配介入にあたるとして、都労委に救済を申し立てた。

申し立てから約1年半以上が経過した今も都労委の調査が続く。労働組合側の代理人を務める穂積匡史弁護士は「AIを使った賃金査定を導入する際、労働組合側からAIの学習データやアウトプットなどの説明を要求されたのであれば、IBM側は誠実に説明する必要がある。それを拒否して交渉のテーブルにつかないのは憲法28条や労働組合法が認める団結権と団体交渉権を踏みにじるものだ」と指摘する。

一方、IBMは「あくまでマネージャーの判断をサポートするツール」だとしている。

人事や労務管理で使われるHRテクノロジーが広がる中、今後、どんな問題がおきうるだろうか。IBMの労使紛争は、その先駆けとなりそうなケースだ。(ライター・国分瑠衣子)

●IBM「あくまでマネージャーの判断をサポートするツール」

最初に日本IBMの労組が申し立てに至った経緯をおさらいしたい。申立書などによると、日本IBMは2019年8月14日付けで、IBMが開発したAI「ワトソン」を賃金査定に導入したとグループ社員に通達した。

組合は複数回の団体交渉を通じてAIの学習データや、評価する側の上司にAIが表示するアウトプットの開示や説明を求めた。だが同社は「AIが上司に示す情報は、社員に開示することを前提としていない」などと主張し、情報開示や説明を拒否。

組合は日本IBMが情報開示や説明に応じないことが、団体交渉を正当な理由がなく拒むなどの不当労働行為(労組法第7条)にあたるとして、AIの学習データなど情報開示や説明を求めて都労委に救済を申し立てた。穂積弁護士によると、日本IBM側は「ワトソンはあくまでマネージャーの判断をサポートするツール」という主張だ。

2020年4月の救済申し立て時の記者会見

●40種類のデータを考慮、4要因ごとに評価して給与提案

都労委の調査を通じて、IBM側が出してきた資料によると、IBM報酬アドバイザーワトソンは「給与調整を実行するための情報を提供するAIに基づくシステム」であり、昇給に関する提案をするために、「40種類のデータ」を考慮するという。

例として、「市場におけるスキルの多寡」「主たる業務の専門性」「IBMにおけるスキルの必要性」「過去の昇給」などがある。

これらを、「スキル」、「基本給の競争力」、「パフォーマンスとキャリアの可能性」の4要因ごとに評価したうえで、給与提案をするという。

都労委にはワトソンによる評価者向けの報酬アドバイスを表示したテスト画面もIBMから提出され、そこには従業員の役職や所属、現在の給与、パフォーマンスなどの項目があり、一部には「8%to12%(8%から12%)」と書かれていた。

穂積弁護士は「ワトソンが給与を8~12%上げるよう提案している。評価する側に対して具体的に賃金査定を明示した提案をしていることが分かる」と指摘する。

穂積弁護士

さらにIBMのワトソンの営業用資料には、マネージャーはAIから得られたレコメンデーションに従う傾向にあるという主旨の文言が書かれているという。こうしたことから、ワトソンが賃金決定をする上司の判断に影響を及ぼし、「判断をサポートする」域を超えてしまう懸念があると考えている。

一方、日本IBMの広報担当者は取材に対し「当社では給与調整時に、評価対象の社員が市場で求められているスキルを持っているか、給与の相対的位置、業界での給与水準、同じ職位での年数などの情報の整理を所属長がAIを活用して効率化できるが、給与調整の最終的な判断は所属長が行う。AIによる情報がストレートに給与調整につながるものではない」とコメントし、AIはあくまで補助的な役割だと主張している。

●労組側があげる「4つの問題点」

穂積弁護士は「AIを人事評価に利用することそのものを否定しているわけではない」とする。その上で、労働者側にもたらされるAI特有の4つの不利益の可能性があると指摘する。

1.プライバシーの侵害

従業員の属性や日常の言動が監視され、場合によっては本来収集すべきではない情報も集められる可能性がある。個人の業績や職務遂行能力以外の情報の収集・利用は労働者のプライバシーを侵害する懸念がある。日本IBMは、いかなる情報をワトソンに考慮させているのかを団体交渉で明らかにしてない。
2.公平性、差別の問題

会社の中で、優位性が高い立場にいる人に親和的な言動をとる人が高く評価され、逆の人は低く評価される懸念が生じる。ちみに日本IBMの場合、組合員は全従業員の数%と少数派だ。パワハラによる賃下げ撤回などを求め、会社と争ってきた過去もある。時代とともに正義や倫理は変わる場合があるが、AIは正義や倫理を持たないので自ら差別を認識して是正することはできない。少数の側に属する人たちへの差別が拡大し再生産されてしまう。
3.ブラックボックス化

何が正しいのかAIは判断できないし、判断に至った過程を説明することができない。低評価を受けた従業員は、自分がどういう理由で低評価になったのかがわからないままでは、自己改善すらできない。労働者が成長しようとする機会が失われる。
4.自動化バイアス(コンピュータによる自動化された判断を過信してしまう傾向)

IBMの組合員は実際に上司から「ワトソンが昇給させろと言うから、今回、(賃金を)上げといたよ」と説明を受けたことがあった。また、同社が使うワトソンの営業用資料の中でも、マネージャーがワトソンの決定に従うといった主旨の内容が書かれている。日本IBMはワトソンは人事評価を「サポート」するツールと位置付けるが、自動化バイアスが働き、マネージャーはAIに逆らえない可能性が高い。

●労使双方にメリットのある使い方はできないのか

この申し立てのポイントは、労働者の賃金をどう決めるのかという話になる。憲法28条と労働組合法では、労働者の権利として団結権、団体交渉権、団体行動権の3つの権利を認めている。

穂積弁護士は「AIを導入しようというのであれば、AIはどんな働きをするのか、どのようなアルゴリズムか、どのようなデータを考慮し、何を出力するのか、上司はそれをどう使うかなどを団体交渉で話し合って、改善すべき点があれば改善するなどして、出来る限り合意を形成するというのが本来あるべき姿。その交渉のテーブルにすらつかないという日本IBMの姿勢は、憲法と労働組合法の建て付けを踏みにじるものだ」と話している。

企業では新卒採用関連でAIの活用は広がっている。人間だけで評価を行う時よりも客観的で公平な内容になることが予想され、合理性が担保できるためだ。さらに、迅速化や効率化も考えられる。

一方、海外では女性の応募者を低く評価していることが判明し、米アマゾンがAIを活用した採用を中止した。EU(欧州連合)は今年4月に公表したAI規制案で、AIを活用した雇用や労働者管理を「ハイリスク」と分類した。

労使双方にメリットがある使い方はできないのか。また、企業はどこまでAIに関する情報を開示すべきなのだろうか。

穂積弁護士は「AIは計算機にすぎず、正義や倫理を持たないことを共通理解にしなければならない」と説明する。その上で「人事評価など人の決定の公正性を検証するツールとしてAIを活用することは有意義だ。ただし、労使間に一定程度の信頼関係が構築されていることが大前提で、今回の日本IBMのケースはあてはまらない」と話す。

AIの情報開示については「企業側が労働組合からの要求を受けても正当性を説明できないのであれば、押し付けてはならない。対話と自己決定は民主主義の大前提だ。また、AIの能力が上がるほど説明や検証が難しくなる。それなのに導入ばかりに前のめりで、検証や説明にリソースが投資されていないことも問題だ」(穂積弁護士)。今後のスケジュールは、都労委が2022年春に証人尋問を行う見通しだ。

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