恐怖、絶望、諦め、そして嫌悪──。
大阪地検特捜部の先輩検事から違法な捜査を強要されたという元検事。その手記には、検察組織に対する思いが、やがて絶望へと移り変わっていく過程が克明につづられていた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●公益性が高いと判断、全文を掲載
大阪地検のトップだった北川健太郎・元検事正から性被害を受けたと訴えている女性検事が8月3日、東京都内で記者会見を開き、別の元検事から被害の相談を受けていたことを明らかにした。
女性検事は、この元検事から託されたという計14ページの手記を報道機関に公表した。
手記には、当事者にしか語り得ない具体的な描写に加え、検察で冤罪やハラスメントが生み出され続ける背景の一端もうかがえる内容が記されている。
弁護士ドットコムニュースは、こうした問題を広く伝える公益性は極めて高いと判断し、手記の全文を掲載する。
注)●は、元検事の特定を避けるため、女性検事がマスキングした部分です。編集部の判断で、登場する職員の名前は■で伏せています。
●手記 2026年7月24日●●●●
女性検事が公表した元検事の手記(弁護士ドットコムニュース撮影)
●1 告発を決めた経緯等
私は元検事です。私は、●年間、私なりに懸命に検事の仕事と向き合っていました。
しかし、令和5年度、大阪地検特捜部での研修中に、指導を受けていた■■検事から、違法捜査の強要やひどいパワハラ被害に遭い、精神的に追い込まれ、検事の仕事を続けていくのが困難になりました。
その後、セルフネグレクトの症状から脱することができず、気分の浮き沈み、不眠に悩まされ、起訴不起訴や公判遂行において自分のすべきことに自信がなくなり、検事としての仕事を全うすることは難しいだろうと判断し、令和●●●●●日付けで辞職しました。
検察庁は、私から辞職の意向を聞いたのち、数か月にわたり調査を実施した上で、■■検事のパワハラを認定したにもかかわらず、私を辞職に追い込んだ■■検事を「彼も初めての特捜部主任でプレッシャーを感じていた」「パワハラと認定したのは1回目だから許すことにした」と言って、■■検事を懲戒処分にしませんでした。
私自身は、■■検事を許すなどと言ったことはありませんでした。私は、検察庁に絶望しました。
私は、■■検事からのひどい被害に遭ったことを思い出すことも、大切な仕事を奪われたこともとても辛すぎて、また、検察組織に関わるのが怖くて、これまで私の被害を公にすることを躊躇していました。
しかし、ひかりさんの闘いを見続けていて、私の経験が少しでも役に立つのであれば、私と同じように辛い想いをしている人が後悔しないように、そして、少しは検察組織がまともになればと思い、手記で、■■検事からの被害をひかりさんにお話しすることに 決めました。
ただ、私は、■■検事からのひどい被害により精神的なダメージが強く、仕事を辞した後に、通院治療を開始しました。時には希死念慮に襲われ、苦しんでいます。
この手記を書くこと自体も非常に辛い作業であることをご理解ください。
被害を思い出すこと自体が辛く、それを話すこと自体も非常に辛いのに、ましてや自分で文書を考えて書くという行為が自傷行為と変わらないことをご理解ください。
この手記をひかりさんに託します。
ひかりさんの、検察組織を改善するための第三者委員会の設置を求める活動に活かしてもらえたらと思います。
この手記の内容を公表するかどうかはひかりさんにお任せします。
ひかりさんの判断に異論はありません。
ただ、私の名前や修習期、私を特定するような事項については伏せていただくようお願いします。
正直、検察庁に関わりたくありませんし、国家権力に反旗をひるがしたらどのようなことになるのか不安で仕方ないのです。
女性検事が公表した元検事の手記(弁護士ドットコムニュース撮影)
●2 被害内容等
(1)私は、被害当時から、元上司と先輩検事に、■■検事からの被害内容を打ち明け、相談していました。
また、私は、調査を担当した大阪高検の検事による事情聴取で、被害内容等を詳細に話しました。
ですから、私は被害内容については既に3年が経過していますが覚えています。
(2)私は、令和5年11月上旬から同年12月上旬までの約1か月間、大阪地検特捜部において、「脱税研修」を受けました。
私は、当時、任官●年目でした。私の指導担当は、当時、大阪地検特捜部財政経済犯キャップの■■検事でした。
■■検事は修習期が55期で、私より10年以上も上の先輩でした。
私と、もう一名の男性検事が、■■検事の指導を受けながら、在宅の税金事件の捜査を担当しました。
事件は、大阪国税局(以下「国税」という。)が告発した所得税法違反、消費税法違反でした。
研修の流れを簡単に説明します。
研修前に対象事件の資料が配られ、おおまかな記録の検討をします。脱税事件の未経験者が本研修の対象者となっていますので、私自身初めての対応となりました。
研修開始後、研修員は、当初与えられた資料と比べものにならない膨大な記録を検討し、取調べ日程を立て、供述調書案を作成し、指導担当に報告します。
取調べの方針も、録取すべき供述調書も、上司への報告も全て指導担当の許可がなければ研修員は行うことができません。
全て指導担当の決定によって研修は行われていました。
(3)私は、研修初日から、国税から送致された刑事記録を読み込み、3日目くらいから、被疑者の取調べを始めました。
私は、真相を解明するには、まずは相手の話を十分に聴き取る必要があると考えていたため、普段から被疑者に対してもオープンで話を聞くようにしていました。
「オープンで話を聞く」とは、検察側の見立てを押し付けず、誘導もせず、相手の言い分をしっかり聞いていくということです。
そうしなければ、得られた被疑者の供述の任意性、信用性が確保できないからです。
私は、今回の事件の被疑者に対してもオープンで取調べをしました。
すると、国税段階の調べでは認めていた被疑者が私の前で否認し始めました。
被疑者は、脱税の認識つまり故意を否認したのです。
被疑者の否認は、捜査してみなければ真偽を明らかにすることができません。
ですから、被疑者が否認した場合は、しっかりとその理由や何を否認したいのか趣旨を明らかにする必要がありました。
しかし、脱税研修の調べでは、認めさせることが至上命題でした。
被疑者の取調べの内容は、録音録画されていました。■■検事はその動画を確認していました。
そして、私は■■検事から取調べの指導も受けていました。
私は、研修中、毎日、■■検事の部屋に行き、■■検事に対し、取調べに関すること、供述調書の方針、決裁官への報告内容、各種関係者への対応等を報告、相談していました。
そして、ほぼ連日にわたり、■■検事から、以下のような人格否定をするような内容を言われ続けました。その内容とは
●お前、事件を潰す気か ●お前が被疑者から舐められてるから否認されるんだ ●お前が事前準備をしていないから、被疑者から否認してやろうって思われるんだ ●退屈な調べしやがって ●お前、ポンコツだな ●同期の◯◯は調べできるのに、お前はできない ●●年間仕事をサボってきたからろくな調べができない ● 今も職場の決裁官に対して適当な仕事しかしてないし、指導を受けていないのだろう ●その仕事ぶりのせいで起訴できなかった事件もあるんだろうな ●ミスしなきゃ覚えないもんな ●全然仕事進んでないけどやってるのか ●3時間睡眠で仕事回せるだろ?俺もそういうようにやってきた ●こんなミスばっかしてるんなら、お前のケツなんて持たねぇからな
などと淡々と言われ続けました。
私は、これまで仕事をさぼったことは一度もありませんでした。私なりの努力もしてきました。
そのような仕事の中で成果を挙げたこともありましたし、これまでの上司に評価されたこともありました。
今回の事件では、初めての脱税事件対応で分からないところが多々ありました。理解力が乏しかったところもあるかと思います。
■■検事からの「3時間睡眠で仕事回せるだろ」の指示を真に受けて、大阪地検内の研修部屋に泊まり込んで椅子を並べて固い椅子の座面の上で寝ていました。
常に頭がぼーっとして睡魔に襲われ、一方で■■検事から叱られ続けるかもしれないとの緊張感の中で研修を続けてきました。
■■検事は、「私がオープンで取調べをして被疑者に否認に転じられたこと」に苛立ち、■■検事が当初の想定していた予定通りに取調べ及び調書案が進まないことや、私との問答の中で自分が思った回答を得られないことへの不満をぶつけていました。
そして、■■検事からの仕打ちに精神的に追い込まれていた私に対し、見て見ぬふりをしていました。
たった1か月の慣れない脱税研修における私の対応のみで、■■検事は、私の検事人生の全てを否定しました。
私は惨めな気持ちになり、検察官としての自信を失い、表情が消え、研修部屋に引きこもるようになり、食欲も失せ、日に日に精神状態を悪化させていきました。
(4)■■検事の指導は供述調書の作成の仕方についても問題がありました。
■■検事は、私がまだ被疑者から話を全て聞き取れていない段階で、供述調書の下案を提出するよう指示しました。
そして、■■検事がその内容を許可した供述調書しか、作成は許されていませんでした。
■■検事が作成するよう指示した供述調書は、■■検事が当初想定した見立てに沿う「自白」調書でした。
つまり、■■検事は、被疑者が否認していたにもかかわらず、自分の見立てに沿う「作文」の「自白」調書を作成するよう指示していました。
■■検事は、前記調書を前提に、私に対して、被疑者から、その「作文」の「自白」調書のとおりに話を聞き、調書を完成させるよう指示しました。
私は、この研修を受けるまで、そのような取調べをしたことは一度もありませんでした。
基本は、被疑者から話を聞き、証拠と照らし合わせ、ときに追及し、それでも認否が変わらないときは、否認調書でも作成する。そのような取調べや調書作成を心がけていました。
その取調べ方法や調書作成方法を「ポンコツ」「サボり」と、■■検事から罵られたのだと思っています。
私は、■■検事が指示する取調べをすることはとても嫌でした。
しかし、私は、■■検事から毎日のように、検事人生の全てを否定される罵倒をされていましたので、■■検事が怖くて逆らうことができなくなってしまいました。
私は、今回の事件でもずっと被疑者と真摯に向き合ってきましたので、被疑者との間で信頼関係ができていました。
被疑者は「否認」することもありましたが、一生懸命、自分の言い分を話していました。
被疑者の言い分が、他の証拠と矛盾する点があるのであれば、取調べで追及し、言い分を尽くさせて、その痕跡を供述調書の中で「問」「答」という形で録取するというのが通常のやり方でした。
しかし、今回の事件では、そのような「通常」のやり方は許されず、私は、■■検事から強要された「作文」の「自白」調書を作成しなければなりませんでした。
供述調書を作成する段階で、私は、全てを諦めました。
特捜部の調べがこのようなものであるならば、それを受け入れようと思考が麻痺していました。
それよりも早くこの研修を終わらせて、日々の自分の事件処理がしたい、二度と特捜部など来たくないという思いを強くしていきました。
被疑者も当初は否認していましたが、ほぼ毎日の調べの中で、私の顔色も悪くなっていったことに配慮してか同情的な姿勢を示すようになりました。
時に被疑者と気持ちが通ずる部分があったのか、被疑者は私の作文調書に抵抗を示すことはなくなりました。
私は、長い時間を掛けて気持ちがわかり合った被疑者に「自白」調書を押し付けてしまい罪悪感を抱きましたが、一方で早くこの研修が終われば良いという自分勝手な考え方にとらわれていました。
(5)次に、■■検事から、消極証拠や決裁の弊害にもなり得る録音データを隠蔽しろと指示されたことについてお話しします。
今回の事件の国税担当者からは
●被疑者のスマートフォンデータは抽出してある
との情報共有がありました。
私は、被疑者のスマートフォンデータを精査することにしました。
すると各取引先や会社関係者との通話が膨大に保存されていることに気付きました。
数年間にわたり、通話データが残されていたのです。
脱税研修は基本的に起訴方針です。1か月で必ず起訴できるようにしなければならないプレッシャーがありました。
それでも客観証拠がでてきた以上、それが積極証拠、消極証拠であれ、その内容を精査し、起訴・不起訴に影響を及ぼすようなものであれば、必要に応じて更に追加で捜査をしなければならないと思いました。
私は、■■検事に音声データの存在を報告し、その証拠の扱いについて相談しました。
しかし、■■検事からは
●精査に時間がかかるかもしれない ●研修が1か月では終わらなくなるかもしれない ●録音データがあることは上司には報告せずネグれ
と指示されました。
「ネグれ」とは「ネグレクト」の省略だと思いました。
「ネグレクト」とは、児童虐待事件での育児放棄を指す言葉で、検事らの間でも使う言葉です。
■■検事は
●消極証拠にもなり得る録音データの存在を上司に報告せず隠蔽しろ
と指示したのだと思いました。
■■検事のこの発言の場には、一緒に研修を受けていたペア検事も同席して聞いていました。
私もペアの検事も、■■検事の
●消極証拠になり得る録音データの隠蔽の指示
に強い衝撃を受けました。
さらに、■■検事は
●上司にどのように報告するかを決めるため決裁レクをしよう
と言い出し、私と、ペアの検事と3人だけの会議を行ったこともありました。
私が、今回の事件について、上司の■■■■特捜副部長や■■■■特捜部長の元へ行き、起訴の決裁を受けるにあたり、証拠関係を説明しなければならないので、■■検事は、私に余計な話をさせないようにするため、「口裏合わせ」のための会議を行ったのでした。
■■検事は、私とペアの検事に対し
●この音声データが明らかになった場合、どんな弊害があると思う? ●どんな決裁の問題があると思う?
と確認してきたので、私たちは
●全ての音声を確認するとこれを証拠化し、音声を逐語に直したりする作業を要する ●これまでの供述と異なる事情が出てきた場合、脱税額等の数字の計算をやり直さなければならないかもしれない
などと答えました。
■■検事は結局、1か月の研修期間内で起訴することを優先させるため、録音データの存在を隠すことに決め、私と、ペアの検事に対し
●上司には音声データの存在を報告しない ●音声データで共謀の認識などが録取できそうな点や、検察官にとって有利となる 会話の点は取調べで確認した、ということにしよう
と指示しました。
ペアの検事は、■■検事の違法な捜査の指示に怒っていて、■■検事のいないところで
●音声データの存在を明らかにすべき
と言っていました。
ペアの検事は、■■検事から辛く当たられることはなかったので、■■検事の指示に逆らってでも正しいことをすべきだと言えたのだと思います。
しかし、私は、■■検事から毎日のように検事人生を否定する罵倒をされていたので、■■検事に逆らうのが怖くて、指示に従い、音声データの存在を隠す方向に流れてしまいました。
■■検事の指示に基づき被疑者の取調べでも音声データの存在には極力触れませんでしたし、供述調書にも一切出しませんでした。
そして、原則これら研修で用いられる事件は「起訴」する方針で決まっていましたので、■■検事の指示に基づき「公判引継事項書」という、事件の概要や積極証拠や消極証拠を記載する書面を作成し、上司にその書面を見せて、起訴が相当かどうかを判断してもらう必要がありましたが、その書面にも、消極証拠になる可能性のある音声データの存在を記載しませんでした。
被疑者の供述調書も「公判引継事項書」も、全て事前に■■検事に下案を見せて許可を得なければならないので、■■検事に内緒で音声データの存在を記載することなどできませんでした。
女性検事が公表した元検事の手記(弁護士ドットコムニュース撮影)
(6)しかし、私は、日に日に
●録音データに消極証拠が含まれている可能性がある ●重要な客観証拠を隠したまま決裁を受けるのは辛い ●事実を隠したまま起訴をすれば今後自分の仕事を恥じる
と思い、罪悪感が酷くなっていきました。
そこで、私は、かつて某地検勤務の際に私の上司であった信頼できる先輩検事に全てを打ち明けました。
精神的に追い詰められていること、証拠を隠さなければならない状況に至っていること、自分でも何が正しいか分からないことをぽつりぽつりと話しました。
先輩検事は
●起訴や脱税研修の期限を守ることが大事ではない ●証拠を精査し、事実をしっかりと見極めて、消極証拠も含めて起訴不起訴を判断することが大事 ●自分が公判部のときに十分な証拠精査もされずに起訴されて苦しんだ経験を他人にさせてはいけない
と助言してくれました。
私は、先輩検事の指摘が正しいと頭では理解しながらも、■■検事の叱責や決裁で事実を既に隠して報告してしまっていること、マスコミに対する報道日が決まっており後に引き返せないのではないかとの不安を抱え、先輩検事の提案を直ぐに呑むことはできませんでした。
先輩検事は悩む私を根気強く説得してくださり、私もようやく首を縦に振ることができ、■■特捜副部長の元へ行き
●一つ報告しなかったことがある ● ■■検事に証拠を隠せと言われており、客観証拠について言えなかった関係者間の電話がある
と報告しました。
■■特捜副部長から
●とりあえず全部聴いてみよう
と指示があり、私は、少しほっとしました。
私は膨大な時間の録音データを早送りで全て聴き、■■特捜副部長にその内容を報告しました。
■■特捜副部長は
●それなら起訴をしても問題ない ●そのような音声データであれば特に上には報告しなくてよい
と言いました。
なお、この時点で検事正、次席検事までの決裁は終わっていました。
(7)私が、■■検事の指示に反して、■■特捜副部長に、録音データの存在を報告したところ、副部長から録音データを全部聴くよう指示されたことなどは、当然、■■検事に報告しなければならなかったので、■■検事に報告しました。
■■検事は、最初は
●分かった
とだけ言っていました。
しかし、その後、私に対し、■■特捜副部長に報告するまでの経緯について聴き取りをしてきました。
私は、自分の行動が正しいのか思い悩み元上司の先輩検事に相談したところ、先輩検事も上司に報告すべきだと助言してくれたので、■■特捜副部長に報告したことなどを正直に話しました。
すると、■■検事から、部外者の検事に相談したことについて
●お前は特捜の保秘すら守れないんだな ●おまえがしたことは問題だからな
と責められました。(基本的に■■検事は怒鳴ったりするようなことはなく、あくまで私の主観ですが淡々と人を小馬鹿にしたような雰囲気でお話をされていました。)
私は、このような叱責すらも全て自分の責任だと思い、謝罪するしかできず、一刻も早く特捜部の部屋から出て行きたいと思っていました。
(8)研修の最終日にも■■検事から酷い脅迫をされました。
研修の最終日の12月上旬、研修の打ち上げのための飲み会が開催されました。
■■検事は、■■特捜部長、■■特捜副部長の面前で、私に対し、
●お前、俺のこと刺したいだろ? ●でも証拠ないもんな ●録音だってしてないだろ ●お前が刺すならこっちもきっちりやるからな ●そうやって辞めて行くやつもいる
と言いました。
私は
●そんなわけないじゃないですか
と半笑いの表情を浮かべることしかできませんでした。
このときの■■検事の、勝ち誇った、私をせせら笑う顔は今でも覚えています。
しかし当時の私は、■■検事の言葉を聞いて、私が研修中に■■検事から罵倒されたり、違法捜査を強要されたことを、私が録音していないので、内部告発しても無駄だ、内部告発しても結局は助からない、自分の立場を危うくするだけだと思いました。
■■副部長や■■部長がこの発言を聞いていたかはわかりません。
しかし、■■副部長は私が■■検事から証拠を隠すよう指導があったことは知っていましたが、■■副部長と■■部長から、私に対し
● ●●君のような人に指導を受けて幸せだ ●これだけ良い指導官はいない
といったような賞賛を聞かされることになりました。
私は茶番だと思いましたし、特捜部という組織に絶望しました。
しかし、私は、検察庁という職場で、指導担当検事からこのような酷い被害に遭うとは思いもしませんでした。
また、このような指導を受けているときは、自分の能力不足が悪い、自分がものを知らないのが悪いと自己否定しかできない状況ですので、反撃するために録音するという発想はありませんでした。
だから、■■検事の言うとおり、内部告発をしても、■■検事の悪事は握り潰されると思いましたし、上司の反応からも握り潰されることは必至でした。
それどころか、内部告発すれば、逆恨みした■■検事から更に酷い目に遭うのではないか、自分の立場が悪くなるのではないかと不安に思いました。
●3 心身の悪化と辞職の決断
私は、研修を終え、所属していた某地検刑事部に戻りました。
そして、研修に行っていたことで溜まっていた大量の仕事をやらなければならず、毎日夜中まで、土日も闇出勤して仕事をしました。
しかし、■■検事からされた一連のパワハラや脅迫などが頭から離れず、心身の状態が悪化していきました。
研修中は、耳鳴りがし、食欲が失せ、3時間睡眠のため常に頭には霞が掛かり、■■検事の部屋に行くと動悸が止まりませんでした。
仕事中も自然と涙が流れてきました。
研修後は、眠れなくなりました。
暗くなるのが怖い、仕事に追われている、でも自分に能力がなく事件処理が上手くいかないかもしれない、自分は検察官として頑張っていないと常に自己否定に襲われました。
そして、自分に対する興味も失いました。
風呂に入らなくなり、身だしなみも整えなくなり、食事も作らない、掃除もできない、部屋からは仕事以外、外出したくなくなりました。
いわゆるセルフネグレクトの状態だったと思います。
研修中の反動か、過食になり、お腹いっぱいになっても常に食べ物を入れておかないと不安になる、なので無理矢理お腹に何か入れ、満たされていると気分が楽になり眠れるようになりました。
体重は15kg以上増加し、醜い見た目になっていきました。
私は、学生時代から運動部に所属しており、社会人になってからはジムに通うなど して体を鍛えていましたので、心身は丈夫な方で、検事になってからも上司から厳しい指導を受けてきましたが、ここまでの心身が不調になったことは一度もありませんでした。
しかし、大阪地検特捜部でのたった1か月の研修で受けた■■検事からの一連の被害で、私の心身は明らかに「壊され」ました。
私は、 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●研修を令和6年3月にオンラインで受けたのですが、運悪く、同時期に高松地検刑事部長として初めて決裁官を務めることになる■■検事も研修に参加していました。
私は、パソコンの画面上で■■検事の姿を見るだけで声を聞くだけで気分が悪くなり、心臓がドキドキし、強い吐き気を覚えました。
私は、このような精神状態では検事の仕事を続けられないのではないかと頭をよぎりました。
精神科を受診することも考えましたが、当時の某地検は人員が不足しており、自分が休んだ場合の弊害を考えると安易に診断書を取得して休むことなどできませんでした。
私は、令和6年4月以降、某地検●●で勤務していましたが、緩やかに体調を回復していく中で検事としての仕事を続けていくことに限界を感じるようになりました。
何をしても■■検事の否定が頭をよぎってしまい、自分の判断に自信が持てなくなりました。
私は、検事の仕事をもう続けることはできないと思い、令和7年1月頃、所属庁の某地検次席検事に、辞職の意思を示しました。
私は、誇りを持って、懸命に、検事の仕事をやってきました。
検事の仕事が大好きでした。
なのに、■■検事からの一連の被害で、辞職に追い込まれたのが無念でなりませんでした。
●4 被害告発に至った経緯
私は当初、被害を告発できませんでした。
■■検事からの一連の被害を「録音」していないので、■■検事から脅迫されたように、被害を告発しても無駄だと思いましたし、もし、被害を告発したことが■■検事の耳に入れば、さらにどんな酷いことをされるか分からないと怖かったからです。
私は、すぐにでも辞職したいとも考えましたが、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●仕事や担当していた事件の見通しをまって辞めることにしました。
私は、しばらく残るからには、最後まで誠心誠意仕事をやろうと思い、必死に捜査・公判に従事しました。
また、私は、同期の検事らには、■■検事からの一連の被害を打ち明け、辞職を決意したことを伝えました。
話を聞いてくれた同期は、とても驚き、心配してくれていました。
そして、同期のうちの1人から
● ■■検事からされたことを上司に言ったほうがいい ●また同じような被害を受ける人が出てしまうから
と言われました。
私は、上司にはこの被害を何も言わずに辞職する予定でした。
しかし、他の職員が、■■検事から、同じような酷い被害を受けるのはかわいそうだと思い、上司に被害を報告することに決めました。
そして、令和7年1月頃、所属庁の某地検次席検事と検事正に辞職の意向を伝えた際、理由を聞かれ、■■検事の違法捜査の強要とパワハラを告発したのです。
すると、所属長の某地検検事正が
●話を聞いた以上、ここだけに留めるわけにはいかないので、上に報告する
とおっしゃってくださったので、私はこれを承諾しました。
女性検事が公表した元検事の手記(弁護士ドットコムニュース撮影)
●5 大阪高検による調査と■■検事の不当な不処分
■■検事の件については、大阪高検が調査することになったとのことで、大阪高検は数か月かけて調査をしていました。
私は、大阪高検検事から、数時間に及ぶ詳細な事情聴取を受けました。
私は、■■検事からの一連の被害を思い出すと吐き気がするほど気持ち悪くなりましたが、二度と同じような被害者を出さないようにするため、一生懸命思い出しながら話したり、資料の提出に協力するなどしました。
私は、高検検事に、■■検事から、録音データを隠蔽するよう指示された場面にペアの検事が居たので、ペアの検事も事情を知っていることを伝えました。
ペアの検事は、大阪高検から事情聴取をされたようで、■■検事から、録音データの「証拠隠し」の指示があったことや「口裏合わせ」の決裁リハもあったことを供述したと、高検検事から聞きました。
また、私は、■■検事から被害を受けていた当時、先輩検事らに被害を打ち明け、相談に乗ってもらっていたことも伝えました。
先輩検事らも事情聴取をされたと聞いています。
私は、■■検事からの一連の被害は「録音」をしていませんでしたが、大阪高検は、私の供述を裏付ける複数の検事の証言を得たと思います。
■■検事からの一連の被害があったことの心証は抱いていたはずでした。
しかし、大阪高検は、調査の途中から
● ■■検事による証拠隠しの指示が仮にあったとして、事件処理にどのような影響があったか
という謎の理論を聞いてくるようになりました。
■■検事による証拠隠しの指示が事件処理に影響があろうがなかろうが、そもそも証拠隠しの指示があったこと自体が違法不当な捜査の強要です。
客観証拠を隠して起訴不起訴を判断するなど本来あってはならず、何らかの処分の対象になるはずです。
しかし、大阪高検は、事件処理に影響がなかったのであれば問題ないとして、握り潰そうとしているのではないかと不信感を募らせました。
案の定、私は、令和7年春〜夏頃、当時の大阪高検検事から、数か月の調査の結果として
●大阪高検は■■検事によるパワハラはあったと認定した ●証拠隠しについては、そのように研修員(私とペアの検事)が勘違いしてしまう発 言があった ● ■■検事の言動は問題ではあるが、パワハラと認定したのは1回目だから、今回 は許すことにした ● ■■検事も初めての特捜部主任としてプレッシャーを感じていた ● ■■検事には、あちら(当時、■■検事は高松地検刑事部長で高松高検管内にいた)の高検から注意してもらった
との結論を言い渡されました。
■■検事からの謝罪はありませんでした。
なぜそのような結論になったのか理由も十分に説明されませんでした。
私は、■■検事から酷い仕打ちを受け、■■検事の言動がパワハラであると認められたにもかかわらず、被害者本人が■■検事を許していないのに、検察組織が許すという結論に驚きました。
■■検事が初めての特捜部主任であったことと、私へのパワハラと何が関係あるのだろうかと思いました。
そして、そのような結論しか出せない検察組織に対して諦めの気持ちを抱きました。
女性検事が公表した元検事の手記(弁護士ドットコムニュース撮影)
■■検事の姿を見て、声を聞くだけで気分悪くなり、心身が壊れたと感じ、好きな検事の仕事を辞職せざるを得なくなったにもかかわらず、大阪高検はあやふやな事実認定しかせず、■■検事を処分しませんでした。
検察庁は、ハラスメント相談室などを設置し、内部調査をするなどとしていますが、いずれも対外的にアピールするためだけの体裁作りなだけで、形骸化しており、結局は内部組織を守るためにしか作用しないと思いました。
私は、検事の仕事は好きでしたが、検察組織自体に対しては失望し、嫌いになりました。
以上