タニタが、従業員の希望者を募って、雇用契約から業務委託に切り替え、働き方の自由度を高める「日本活性化プロジェクト」を2017年に開始してから、4年が経った。日本の働き方を変え、経済全体の活性化につなげるため、このような名前を冠している。同様の業務委託化は電通などでも始まり、広がりを見せている。
タニタは、個人事業主である業務委託に切り替えることによって、自立心を高めることや、労働時間の規制にとらわれずに働くことによって、新たなキャリア開発につなげることを狙ってきたが、「首切りの手法ではないか」「労働法の対象外にするのは脱法的だ」といった批判の声も出ていた。
業務委託にすることで、何が見えてきたのか。同社の谷田千里社長に聞いた。(編集部:新志有裕)
●本社メンバーの15%が業務委託に
谷田社長は、優秀な従業員たちの「報われている感覚」を高め、より主体性をもって仕事に取り組んでもらうため、会社員とフリーランスのいいとこどりとして、プロジェクトの構想を描いた。美容室でスタイリストたちが独立した後も同じ店舗で働いていることなどをヒントに、実行に移した。
具体的なやり方としては、希望者は会社に退職届を出して、業務委託に移行する。業務委託になる前に担当していた業務を「基本業務」として、固定の基本報酬を支払う。さらに、既存の枠におさまらない業務を「追加業務」として、変動型の成果報酬を支払う。もちろん、タニタ以外の仕事を請け負うことも可能だ。
東京の本社に限定して、最初は8人でスタートして、現在は31人が業務委託に移行している(これまでに契約終了が2人いるため、累計では33人)。これは本社メンバーの15%にあたる。
これまでに、タニタ公式ツイッター「中の人」や、製品開発、デザインなど、多岐にわたる分野で業務委託に移行した人たちがいる。
日本経済新聞出版社「タニタの働き方革命」によると、例えば、あるデザイナーの男性は、これまでは、社内の他の人のヘルプ業務などは、通常の給与の中でやることが当たり前だったが、業務委託に移行してからは、追加業務として受発注するケースも出てきた。また、個人事業主であることを社外でアピールできて、社外からの発注も増えた。個人事業主では経費をどうするかも重要なので、セミナー受講などの自己研鑽についても意識するようになったそうだ。
谷田社長は「もちろん(既存の)社員の主体性も高いのですが、活性化プロジェクトに参加している人の主体性はさらに高いものがあると感じました」と手応えを語る。
●残業規制には「能力開発の観点がすっぽりと抜け落ちている」
業務委託になることは、会社との雇用契約に基づく従業員ではなく、取引先の個人事業主になることを意味する。労働法の保護の対象外になること以外にも、社内の人事制度の対象外にもなる。
タニタは、日本の伝統的な大企業に多い「職能資格制度」を導入している。「職務遂行能力」をベースに、従業員をランク付けしていく仕組みだが、「評価基準が曖昧なため、年功序列になりがち」との批判も根強い制度だ。
個人事業主になった場合も、既存の報酬をベースにしているため、大きすぎる変動はないものの、人事制度の枠にとらわれない報酬の設定が可能になった。
タニタ経営本部社長補佐の二瓶琢史氏は、「社員の時よりも上がる時の幅は大きいと思います。ただ一方で、仕組みとしては3年契約を1年で更新する形(1年経った時点で、業務内容・報酬額を協議・調整し、新たな3年契約となる。仮に不更新になっても、残り2年は契約が継続する)を取っているので、あまりにも意図が食い違うような高額な報酬請求にはなりません」と語る。
また、従業員と個人事業主とでは、課税の仕組みが異なるため、やり方次第では税制面でのメリットもありうる。日本経済新聞出版社「タニタの働き方革命」によると、2017年に業務委託に移行したメンバー8人が同年に会社から受け取る報酬金額から、社会保険料・税金を引いた手元現金は、前年の従業員時代よりも19%増加したという。
さらに、谷田社長がより意義を感じているのは、キャリア開発の観点での自由度が高まったことにある。谷田社長は、一部の企業で違法残業などが多い実態を踏まえて、国として労働時間規制を強化すること自体には賛成だが、「(労働時間規制の)網がかかりきっていると、新人は伸びなくなる」「自分が今持っている能力以上の負荷をかけたら、初めてその能力以上のものを獲得できます。今の働き方改革で、残業したら負け、というような風潮でやっていると絶対に伸ばせない」と指摘する。労働時間を抑制する方向に傾きすぎると、トレーニングのための時間や自由度が不足してしまうというのだ。
「新しいことをしようとすると、時間がかかります。日本経済の活性化をしようと言う時に、能力開発の観点がすっぽりと抜け落ちているんです」と強調する。実際に、個人事業主化したメンバーには、入社2年目だった人もいるという。
●「脱法的」という批判をどうとらえるか
一方で、業務委託化について批判が集まるのが、労働法の適用対象外になるため、「脱法的ではないか」という指摘だ。確かに、従業員の自由度を高めたり、報酬で差をつけたりするのであれば、社内の制度を改定すればいい。これに対して、谷田社長は、「組合があるので、なかなかアグレッシブな変化をのんでもらえない」と本音を口にする。
また、労働法の対象外になることについて、「団体交渉はできなくなりますが、個別に交渉はできます。下請法もありますし、いじめのようなことはできません」と語る。
他の企業が、個人事業主化を「首切り」目的で導入する懸念も指摘されているが、「包丁のようなもので、悪用する人の話をしだしたら、製品はできません。悪い使い方をする人がいる場合、声があがって、自然に市場で淘汰されていくでしょう」と指摘する。
「批判は甘んじて受けたい」というスタンスでありながらも、「タニタとしてはチャレンジ精神を出したかった」「この仕組みを知らない中小企業の方が、『これをやったらみんなもっと幸せになる』と知ってもらって、この制度を使ってもらう方がよっぽど幸せが広がる」という考えているという。
将来の目標は、個人事業主になったメンバーの中から、取締役が出てくることだ。取締役は雇用される従業員ではないため、再び従業員にならなくても経営陣に入れる。谷田社長は「取締役が出たらすごく楽しいでしょうね。そういう流れを待っています」と期待している。
●「正社員」とは一体なんなのか
「業務委託でもうまくいく」という話を聞くと、では、正社員とはなんなのか、という疑問に行き着く。特に、日本型雇用における「正社員」とは、「職務も期間も限定しない雇用契約」であることが多く、異動や転勤などで会社の権限が強い一方で、長期間にわたり雇用されることが前提だった。
谷田社長に、「正社員とは何なのか」という問いを投げかけると、「今その辺が揺れています」とした上で、雇用についても、金銭や再就職支援のフォローする形での退職勧奨で関係を終了させるなどの手段もあり、業務委託との差をそれほど感じなくなっているという。
「会社を存続させるためのキーになる存在はいてもらわないといけませんが、雇用も業務委託もあまり変わらないのではないでしょうか」、「正社員かどうかで線を引くというよりも、やる気や理解度のところで線を引いて、そこが高い人を重用していきたい」と語った。
業務委託化によって、自由になるため、会社とのつながりが薄くなり、離れていくようにも思えるが、谷田社長は必ずしもそうではないという。
「やっぱり一緒に働いてくれる人、社員だけじゃなくて外部の業者さんも、『この会社のこういうのが好きなので一緒に仕事させてください』っていう方が気持ちよくお互い働けるので、そういう関係になれたらいい」
従来の「正社員」は、雇用が守られ、会社への忠誠心を高める一方で、ぶら下がりの存在を生み出してきた面もあった。業務委託化については賛否あるが、既存の「正社員」のあり方が問い直されている、という面はあるだろう。