山形県新庄市の中学校で1993年、児玉有平さん(当時13)が体操用マットに巻かれ死亡した事件を巡り、遺族が元生徒3人に損害賠償を求めていた裁判で、山形地裁は7月15日、約1億1200万円の支払いを命じる判決を言い渡したと報じられました。
遺族はこれまで2度にわたり、加害者とされる元生徒に対して裁判を提起し、勝訴判決を得ていました。しかし元生徒らが賠償金の支払いに応じないため、時効によって請求権がなくなるのを防ぐために今回の裁判を起こしたとされています。
SNSでは「なぜ賠償金を支払わない?」「逃げ得でいいのか」と憤りの声が上がっています。なぜ支払われず、遺族が3度も裁判を起こさざるを得なかったのか。解説します。
●裁判で勝ったのに、なぜお金が支払われないの?
「裁判に勝ったのに、なぜお金が支払われないのか」と疑問に思う方も多いでしょう。
裁判で勝って、判決をもらっても、相手が支払いに応じないことがあります。
この場合、「強制執行」という手続きによって強制的に相手の財産から支払いを受けることになります。
ただし、強制執行はあくまで相手が持っている財産から回収する制度です。
相手に差し押さえられるだけの財産がなければ、判決があっても実際にはお金を受け取れません。
●財産の調査が難しいこともある
また、強制執行のためには、相手方のどの財産に対して強制執行を行うのか、原則として特定する必要があります。たとえば銀行の預金、職場の給料、不動産などです。
しかし、そもそも相手がどんな財産を持っているかを見つけること自体、実は簡単ではありません。
たとえば預金を差し押さえるには、原則として、どの銀行のどの支店に口座があるかまで特定する必要があります。
預金債権の特定には、弁護士が弁護士会を通じて銀行などに問い合わせる「弁護士会照会」という制度が使われます(弁護士法23条の2)。
照会を受けた側(銀行など)には、正当な理由がない限り回答すべき義務があると考えられています。
近年は、支店名がわからなくても本部で全支店を調べて回答する銀行も増えており、口座を見つけるための有力な手段になっています。
ただし、回答を強制する罰則まではないため、回答が得られないこともあります。
一方、裁判所が相手を呼び出して、自分の財産を申告させる「財産開示手続」という制度もあります。
2020年施行の改正でこの手続きは強化されました。正当な理由なく出頭しないなどの場合には、刑事罰(6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)が科されます。
また、この改正では、裁判所を通じて銀行などの第三者から、相手の財産についての情報を取得できる手続きも新設されました。
それでも、調べられる財産の範囲には限りがあるなど、十分な制度とは言い難いのが実情です。
●本件では、どんな困難があるのか
こうした回収の難しさは、本件でも大きな問題となっています。
報道によると、元生徒7人は判決確定後も自ら支払おうとせず、給与の差押えがされたと報じられています。
しかし、うち3人については、その差押えもできていないとのことです。今回の3度目の訴訟は、この3人を相手取ったものとのことです。
給与の差押えができたとしても、賠償金全額を回収するには長い時間がかかります。
給料は生活の原資であるため、原則として手取り額(支払期に受けるべき給付)の4分の1までしか差し押さえることができません(民事執行法152条)。
賠償額は遅延損害金を含めて1億円を超えており、月々の給料の一部からの回収では、完済への道のりは遠いのが実情です。
しかも、相手が転職や退職をすれば差押えの効力はそこで途切れ、改めて新しい勤務先を突き止めなければなりません。
一方、差押えに至っていない3人については、まず「差し押さえるべき財産」を見つけるところから始めることになります。
もっとも、本件の遺族が使える制度もあります。
生命や身体の侵害による損害賠償請求権を持つ債権者は、裁判所を通じて、市町村や厚生年金保険関係の機関などから相手の勤務先の情報を取得できます(民事執行法206条)。
先に財産開示手続を経る必要があるなどのハードルはありますが、数少ない有力な手段です。
それでも、相手に財産がなければ、手続を尽くしても回収はできません。判決は「支払え」と命じるだけで、支払える資力を生み出してくれるわけではないのです。
●なぜ同じ裁判を3度も起こす必要があったの?
確定した判決も、判決確定から10年で時効になります(民法169条1項)。
せっかく勝訴判決を得ても、時効により相手が支払いを拒めるようになってしまいます。
そこで、時効が完成することを防ぐため、同じ内容の裁判を起こします。再び勝訴判決が確定すれば、時効の進行をリセットできます。これを「時効の更新」といいます(民法147条1項・2項)。
今回のケースでは、遺族側は3度目の訴訟を起こして判決を得ることで、時効を止めようとしたものと考えられます。
「逃げ得」を許さないためには、強制執行やその前提となる財産調査の制度を、さらに拡充する必要がある。そうした声は、弁護士の間で以前からあがっています。
小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)