定年後再雇用の基本給をめぐり、労働者が名古屋自動車学校と争っていた訴訟で、名古屋地裁は10月28日、同じ仕事なのに定年前の基本給の6割を下回るのは違法とする判決を言い渡した。
報道によると、訴えたのは2人の男性労働者。定年後に再雇用され、65歳まで嘱託職員として働いた。仕事内容などは変わらなかったのに、基本給は月額16万~18万円から7万~8万円ほどに下がったと主張していた。
裁判で争点になったのは、有期雇用者と無期雇用者との不合理な差別を禁じる旧労働契約法20条(現在はパートタイム・有期雇用労働法8条に受け継がれている)だ。
今回のケースはどのような影響を及ぼすのだろうか。中村新弁護士に聞いた。
●先行判例は「基本給の格差は不合理でない」
本件は、有期雇用者のうち定年後再雇用者の正社員との賃金格差が問題となった事例ですが、同様の事例として注目を浴びたのが長澤運輸事件最高裁判決(最高裁平成30年6月1日判決)です。以下、本件と長澤運輸事件を比較しつつ論じます。
長澤運輸事件は、再雇用後も業務内容に変化がないバラセメントタンク車の乗務員につき、基本給相当部分につき2%から12%、賞与を含めた賃金につき21%程度の減額がなされた事案です。
最高裁は、精勤手当、及び時間外手当のうち精勤手当を計算の基礎に含めなかった部分については旧労働契約法20条にいう不合理な労働条件の相違としましたが、その他の相違については不合理とは認めませんでした。
基本的な格差程度については合理的と見ながら、性質上再雇用者に支給しないことが不合理である手当については支給すべき、という判断です。
●「不合理な格差」の基準を示した点が画期的
本件も、再雇用後の業務内容と責任に変化がない事案ですが、名古屋地裁は、再雇用後の基本給が定年直前の基本給の60%を下回るのは不合理な格差であるとしました。
長澤運輸事件最高裁判決が合理的な賃金格差と不合理な賃金格差との明確な線引きまで行わなかったのに対して、本件は定年前基本給の6割を下回れば不合理、という明確な基準を示した点で画期的といえます。
●今回は特殊事例、何でも「6割」ではない
定年後再雇用者の賃金が5割以上減額されている例が少なくないことを考えると、本件が与える影響は、下級審裁判例とはいえ小さくないでしょう。
ただし、長澤運輸事件も本件も、再雇用後も業務内容に変化がなかったという、やや特殊な事例であることに留意すべきです。
再雇用後の業務内容、責任の範囲、勤務時間数等が定年前と異なる場合に、「定年前の基本給の6割」という基準が機械的に適用されるわけではありません。
●使用者側は「賃金設定の根拠」が重要
使用者は、本件が示した基準を念頭に置きながら、再雇用後の業務内容等の変化を勘案して適切な賃金設定を行うよう心がけることになるでしょう。
なお、長澤運輸事件では調整給の支給について事前に労使交渉を経ているのに対して、本件では再雇用後の賃金について労使間の合意がなかったことも両判決の判旨で指摘されています。
再雇用後の賃金については、賃金設定の根拠をしっかり示しながら再雇用者の理解を得ることも必要と思われます。