「仕事に責任をもって」「自分なら産まない」。妊娠したとき同僚からこんな言葉を投げかけられ、退職する道を選択した元保育士の投稿が、ネット上の掲示板で話題になった。
投稿者の女性は、5年前まで保育士として働いていた。年度の途中で自身の子どもを妊娠したため、出産直前まで働いて育休は取らないつもりだった。園長にも許可はもらったものの、同僚から「自分だったら産まない」、先輩にも「仕事に責任を持ってよ」と責められた。女性は迷った末、子どもを諦めきれずに退職して出産した。
投稿者は、「途中で担任を外れて迷惑をかけた子どもたち、保護者にも裏切って申し訳ない気持ちがあります」と自分を責めている。
妊娠した女性が働きづらさを感じて、退職にまで追い込まれてしまう背景にはどんな事情があるのか。産休を請求することで出産予定者に職場に気を使わせないよう、出産予定者が請求しない場合でも、使用者に産休付与義務を認めることができないのか。寒竹里江弁護士に聞いた。
●産後8週間は、本人が望んでいなくても休ませなければならない
「産休・育休制度は、妊娠・出産・育児をする労働者に保障された権利であり、その制度や権利をどう利用するかも、原則的には当事者である労働者の選択に委ねられます」
寒竹弁護士はこのように述べる。労働者側が自分の意思で制度を利用しないことも認められるということだろうか。
「産前は6週間、産後は8週間の休業期間を定めています(労働基準法65条)。その期間、産前については、出産を予定する女性が休業を請求したときには使用者は休業させなければならず、また産後8週間は、使用者は出産した女性を就業させてはなりません。
つまり、産前休暇は『本人の請求により与えられる休暇』であるのに対し、産後休暇期間は、『本人の意思や請求の有無に関係なく与えられるべき強制休暇』と規定されています。
よって、今回の投稿者のように、出産を予定する本人が『出産直前まで働いて、(産後の産休はとるが)育休はとらない』という選択をする場合には、特に法的に問題はありません。
一方で、法律上、産後6週間は、本人の意思や希望にかかわらず定められた『強制休暇』ですから、本人が勤務を希望しても、使用者は休暇を与える義務があります。
産後6週間経過後の2週間は、本人が希望して医師が認めた業務であれば、就業が認められますので、その場合であれば、使用者が休暇を与える義務は免除されます」
●職場の負担が増えたとしても、産休取得者が非難されるいわれはない
「職場によって、産休や育休で他の職員・従業者に仕事上の負担が回ることはあるでしょうから、早めに職場と相談する必要はあるでしょう。他の人への負担を軽減するために当然と言えます。
本来、職員・従業者の産休・育休取得に備え、使用者や職場は充分な人員を確保することが求められます。しかし、同じ職場の他の人に負担が偏ってしまう現状もあり、なかなか難しい面はあるかも知れません。
このことは、投稿者のように、保育士として勤務する保育園では近年『保育士不足』が問題となっていることからも明らかでしょう。
とは言え、妊娠・出産・育児は、人生において当然認められるべき選択です。産休取得者の仕事分の負担が同僚に回る分は、使用者や職場が調整すべきものです。少なくとも産休取得者が非難され、責めを負わされるようなことではありません」
●これまで見過ごされてきた問題に、目が向けられるようになった。
厚労省の調査によると、マタハラの相談件数が過去最多にのぼっている。背景には、どんな事情が考えられるのか。
「以前よりも責任の重い仕事に従事する女性の数が増えたことや、妊娠・出産後も仕事を継続する女性が増えたことなど、色々と事情はあるでしょう。
また、10年以上前には、産休・育休制度を備えていない企業も今より多く、妊娠・出産を機に女性は仕事を辞めて家庭に入るのが当然という風潮が根強かったことから、現在ならば『マタハラ』として問題にされるべき事象が看過されてきました。
『妊娠・出産を機に退職を迫られる』、『降格・降給等の不利益処遇を強いられる』、『妊娠・出産を理由に嫌がらせを受け精神的苦痛を被る』などがあっても、被害を受けた本人が相談すらできなかったことが考えられます。
こうして見過ごされてきた問題に、ようやく目が向けられるようになったことが大きな要因と言えるでしょう。
仕事と出産・育児の両立は多くの人にとって難しい問題です。優先順位をどう設定するかは、人それぞれ自由に選択できてしかるべきですが、受け容れる社会や職場環境が充分に機能しないと、妊娠・出産を迎える本人や職場の他の人に負担が偏ることになりがちですので、改善が重要な課題でしょう」
寒竹弁護士はこのように述べていた。