女性の配達員が客から受けたというクレームがSNSで話題になっている。
投稿によると、配達員は団地の5階まで、ペットボトルのケース計48キロ分を数回に分けて運んだ。
ところが、客は、やっぱり1階に住んでいる親のところに運んでくれと、運び直しを指示したという。
このとき配達員が"不貞腐れた表情"をしたとして、客はキレた。「運んだのでご容赦ください」と対応したものの、責任者が謝罪にくるよう要求したという。
団地ということなので、エレベーターではなく、階段だったかもしれない。そしてすべて運び終える前に言えなかったのかと考えると、かなり理不尽とはいえそうだ。
では、法的には問題ないのだろうか。カスハラ専門の能勢章弁護士に聞いた。
⚫︎運び直しの指示だけでは「カスハラ」とは言えない
まず、5階から1階へ運び直しを指示するだけでは「カスハラ」とまでは言えません。
投稿からすると、5階に運ぶことは契約上の義務になりますが、1階に運び直すのは契約上の義務ではないと言えるでしょう。
しかし、それを理解しないまま、依頼者が指示している可能性があります。これだけでは依頼者の勘違いとも言えますから、カスハラとは言えないでしょう。
ただし、運び直してくれという指示に加えて、怒鳴りつけたとか、執拗に言われたなどの事情で、就業環境が悪化したと言える場合にはカスハラにあたる可能性があります。
⚫︎激昂して責任者の謝罪を要求→カスハラ
運び直しの指示に対して、不貞腐れた表情をしたとすれば、接客態度としてあまり良いとは言えません。
しかし、その場で「運んだのでご容赦下さい」と対応しているわけですから、配達員の対応としてはそれで十分と言えます。
それにも関わらず、激昂して責任者に謝罪に来るよう要求するのは威圧的な言動と言えます。また、上司を出すかどうかは企業が決めることですから、依頼者が強要できるものでもありません。
すでに配達員は謝罪をしているので、これ以上に謝罪をする必要もなく、責任者によるさらなる謝罪を強要するのは不合理と言えるでしょう。
そのため、社会通念上、不相当な手段で自らの要求を実現しようとしていますから、カスハラにあたると言えるでしょう。
⚫︎大声での威嚇は罪になる可能性も
刑法上は、依頼者が激昂して責任者が謝罪にくるように要求する行為は、大声で威嚇するという威力を用いて配達員の業務環境を害しているわけですから、威力業務妨害罪(刑法234条)が成立する可能性があります。
また、状況と程度によりますが、依頼者が配達員に対して恐怖心を感じさせる程度の行為をしたと言える余地もありますから、「責任者に謝罪させる」という義務のないことを要求する行為は、強要罪(刑法223条1項)にあたる可能性もあります。
⚫︎配達員個人での拒否は現実的に難しい
今回のケースでは、配達員は「5階への配達が契約上ご依頼頂いた内容です。恐れ入りますが、1階への配達はご依頼頂いた内容と異なりますのでお受けできません」と拒否すべきだと思います。
しかし、現場の配達員が1人で激昂している依頼者に対してこのように断るのは現実的には難しいと思います。
現場の配達員としては、まず、(1)上司に連絡して、上司から依頼主に対して電話で1階への配達を断ってもらう、次に、(2)「会社の判断だからお受けできません」と言って、その場から立ち去る──という対応をとることが考えられます。
いずれにせよ、このような状況は、組織的な対応が不可欠で、現場の従業員の接客能力で対応するには限界があると思います。
⚫︎カスハラから配達員を守る方向を目指さないと未来はない
運送会社としては、自社内のカスハラ対応マニュアルを整備するだけでなく、荷主との間でも、カスハラ防止のための共通マニュアルを作成し、それに基づいたサービスをおこなうという合意をする必要があると思います。
荷主と合意した共通マニュアルに基づき、カスハラが生じたときには配達員が配達を拒否することができるようにすべきだと思います。
運送会社としては、下請業者を使用することもありますが、その場合でも、荷主と合意した共通マニュアルを適用すべきでしょう。
昨今のカスハラをめぐる現状を踏まえれば、荷主と協力して、カスハラから配達員を守るという方向を目指さなければ、配達・運送業の持続可能性はないと思われます。