昨年2月に神奈川県相模原市の自宅で両親を殺害したなどとして殺人と窃盗の罪に問われた少年(16)の裁判員裁判で、横浜地裁(吉井隆平裁判長)は2月20日、「本件各犯行は、両親による長年の不適切な養育がなければ起こらなかったものだといえる」として少年法55条に基づいて少年を横浜家庭裁判所に移送すことを決定した。
少年刑務所に収容させる刑事処分ではなく、少年院などで立ち直りの機会を与える保護処分が相当と判断した形となり、横浜家裁が改めて少年の処分を決める。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●検察官は10〜15年の不定期刑を求刑
起訴内容によると、被告人の少年は当時15歳だった2024年2月10日、自宅で父親(当時52歳)を刃物で多数回突き刺し死亡させ、その後帰宅した母親(当時50歳)も首を絞めたり刺したりして殺害した。
また、事件前の2月6日と同10日に相模原市などのコンビニ2店でおにぎりやペットボトル飲料などを万引きしたとして、窃盗罪でも起訴された。
少年は窃盗罪や父親に対する殺人罪は認めたが、母親については「殺してと言われたので殺した」と述べ、嘱託殺人罪にとどまると主張。弁護人は保護処分を求めた。
これに対し、検察官は「10年〜15年の不定期刑」を求刑していた。
裁判では主に (1)母親への嘱託(しょくたく)殺人罪が成立するか (2)刑事処分と保護処分のどちらが適切か ーーの2点が争点となった。
横浜地裁
●母親への殺人罪も成立
まず1つ目の争点について、横浜地裁は、少年が両親を殺害した前後の状況を証拠に基づいて検討した。
母親は帰宅した際、夫が息子に殺されたことを認識して通報しようとしたが、少年に激しい暴行を受けた。
裁判所は、こうした状況で母親が少年に「殺して」と言ったとしても、「自らの生命を断つことの意味を熟慮した上、自由な意思により自らを殺害するように求めたとは到底いえず、母の真意に基づく殺害の嘱託はなかったと認められる」と判断した。
母親が少年から刺された後にベランダから逃げようとした形跡があったことからも、「母の真意に基づく殺害の嘱託はなかったことは明らかである」とした。
また、少年が母から「殺して」と言われた後に数十分間にわたって逡巡したことや、両親を殺害後に母親の職場の同僚にラインでメッセージを送るなど犯行発覚を遅らせるための行動をとっていることから、「被告人は母の真意に基づく殺害の嘱託があったと誤信してはいないと認められる」として、母親への殺人罪も成立すると認定した。
横浜地裁
●「相当長期間、専門的で個別的な矯正教育を施すのが望ましい」
次に2つ目の争点について裁判所は、少年が小学生の時に父親から身体的暴力を受けたり、母親から「産まなきゃよかった」と言われたり、中学時代も親の代わりに料理や掃除などの家事を行っていたりした過酷な生育環境に触れたうえで、次のように指摘した。
「本件各犯行は、両親の不適切な養育や、情緒的な交流の乏しい親子関係等に由来する被告人の自己肯定感の低さ、適切な感情統制や問題対処力の未熟さによって引き起こされた面が大きく、その問題性はその成育歴を背景とする根深いものである。
被告人が、父の暴力等によるトラウマを解消し、自らの責任に向き合って、問題場面における適切な対処力その他の社会適応力を身に着けて改善更生していくには、相応の時間をかけて綿密かつ専門的な矯正教育を行う必要性が認められる。
そのような教育を行うためには、近時、少年刑務所において少年院の知見を活用して若年受刑者の特性に応じた処遇の充実を図ろうとする動きがあることを踏まえても、少年院において、相当長期間にわたり専門的で個別的な矯正教育を施す方が望ましいといえる」
そして最後に、「被害者2名の殺害という極めて重大な結果からすると、刑事処分を選択することも十分に考慮されるべき」としつつも、「被告人が、少年院における効果的な矯正教育により自らの犯した罪の重大さに向き合い、真に改善更生することは、遺族の感情や社会の不安を和らげることにもつながると考えられる」と述べた。
少年が両親と暮らしていたマンション(2025年2月16日、神奈川県相模原市で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●家裁への移送
少年法第55条は「裁判所は、事実審理の結果、少年の被告人を保護処分に付するのが相当であると認めるときは、決定をもつて、事件を家庭裁判所に移送しなければならない」と規定している。
少年は逮捕後に横浜家庭裁判所に送られ、その後検察官送致(逆送)され、横浜地検が2024年5月に起訴したが、今回の横浜地裁の決定により、再び横浜家庭裁判所が審理することになる。
令和6年版の犯罪白書によると、2023年の「通常第一審における少年に対する科刑状況」で、家庭裁判所に移送されたケースは1件(窃盗罪)のみだった。
法律上は横浜家庭裁判所が再び少年を検察官送致(逆送)する余地が残されているため、この日の決定で保護処分が確定したわけではなく、少年の今後は家裁の審理に委ねられることになる。