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相模原・両親殺害16歳少年事件 10年〜15年の不定期刑を求刑 事件の争点を整理
横浜地方裁判所(弁護士ドットコムニュース編集部撮影)

相模原・両親殺害16歳少年事件 10年〜15年の不定期刑を求刑 事件の争点を整理

昨年2月に神奈川県相模原市の自宅で両親を殺害したなどとして殺人と窃盗の罪に問われた少年(16)の裁判員裁判が2月10日、横浜地裁(吉井隆平裁判長)であった。

検察官は「10年〜15年の不定期刑」を論告求刑。弁護人は最終弁論で、刑罰でなく「保護処分」を求めた。

少年は「今後どれだけ更生しても、父母が帰ってくることはなく、自分は永遠に加害者である。父母に報いた生き方をしなければならない」と最終陳述した。

この裁判での事件の争点および、検察官・弁護人それぞれの主張を整理してみたい。 (弁護士ドットコムニュース編集部・弁護士/小倉匡洋)

●争点は2点 嘱託殺人が成立するか、保護処分が相当か

起訴内容によると、被告人の少年は当時15歳だった2024年2月10日、自宅で父親(52歳)を刃物で多数回突き刺し死亡させ、その後帰宅した母親(50歳)も首を絞めたり刺したりして殺害した疑い。

また、事件前の2月6日と同10日に相模原市などのコンビニ2店でおにぎりやペットボトル飲料などを万引きしたとして、窃盗罪でも起訴された。

少年は2件の窃盗罪と父親に対する殺人罪については認めている。

裁判で争点になったのは主に2点。

1つ目は、母親に対して通常の殺人罪が成立するのか、あるいは、母親から依頼があった(あるいは依頼を誤信した)として、嘱託(しょくたく)殺人罪が成立するのか。

2つ目は、少年を刑事手続によって処罰し、少年刑務所での更生を目指すべきなのか、あるいは、再び家庭裁判所に移送して、少年院での矯正教育をおこなうべきなのか。

裁判官、裁判員の面前で、これらの争点に対し、検察官・弁護人がこれまでの立証活動を踏まえてそれぞれ意見を述べた後、少年がこれまでの裁判を振り返り意見を述べた。

●母親の殺害につき「嘱託」があったのか? 少年の認識は?

1つ目の点についても、大きく1)嘱託そのものの成否、2)嘱託がなかったとしても、少年が行為時に嘱託があったいう認識だったとして、嘱託殺人罪の故意しか認められない(※結果として嘱託殺人罪の範囲での犯罪成立となる)のか、という2つの争点がある。

1)嘱託そのものの成否

検察官は、母親の「殺して」という言葉は嘱託とはいえず、また少年は嘱託といえないことを十分に認識しているため、嘱託殺人罪ではなく通常の殺人罪が成立すると主張した。

まず、被害にあった日の数日後に、少年の万引きの件で公的機関に相談する予定が入っていたことや、少年に対するメッセージ内容などから、母親が死を望んでいなかったと指摘。

被害時点でも、母親は帰宅した際に夫が殺害されている光景を目にし、その後少年から暴行を受けたという状況だったことから、母親が正常な判断能力をもって殺人の依頼ができないのは明らかであるとした。

また、関係証拠によれば母親は逃げようとしていた様子がうかがえることから、死を望んでいなかったとした。

これらを考慮し、母親が少年に対し「殺して」と発言しても、真意に基づく殺人の依頼にはあたらないと主張した。

2)少年の認識について

刑事事件では、少年が「母親からの殺害の嘱託があったと誤信していた」と認定された場合、現実に起こった殺人罪と、認識していた嘱託殺人罪のうち、軽い嘱託殺人罪の範囲でのみ罪に問われることとなる。

この点について、検察官は、少年が母親の事件前後の状況を十分把握していることや、母親が帰宅した後の母親の行動を直接見ていたことなどから、母親の状況や言動の意味は十分理解しており、嘱託殺人罪における嘱託があったと誤信していたことはないとした。

●検察官は専門家による鑑定・証言の信用性に疑問を呈した

検察官は続けて、専門家による鑑定・証言の信用性にも言及した。

鑑定人は、母親が殺してと発言したことで少年が母親を殺害するかどうか葛藤したことや、行為時には一種の興奮状態にあり判断機能が低下していたこと、その状況の下で、母親の「殺して」という言葉を鵜呑みにしてしまったとする。

これに対して検察官は、鑑定人の証言は、殺人を犯す際には誰にでもあてはまることであって、少年に特別な話ではないとして、少年は犯行時に理解力を十分に保っていると反論した。

また、少年は交際相手と3連休の間一緒に過ごすために行動してきたことでは一貫しているのに、母親の殺害に関してのみ葛藤・興奮・自己抑制機能の低下などを理由として判断機能が低下していたとするのは、極めて都合の良い解釈であり採用できないと主張した。

●検察官は保護処分は相当でなく、刑事罰を受けさせるべきと主張

検察官はまず、少年法20条2項の条文を挙げた。

同条は、犯行時に16歳以上の少年が故意の犯罪行為によって被害者を死亡させた罪の事件では、原則として家庭裁判所から検察官への送致を義務づけていると説明。

行為時に少年は15歳11カ月と、16歳までごくわずかであるとした。

その上で、少年法55条が、いったん家庭裁判所から検察官に送致され、刑事手続に付された事件について、事実審理の結果少年を保護処分に付するのが相当であると認めるときに、家庭裁判所に移送することとなっていると説明した。

そして、本件では、同法55条にいう「保護処分に付するのが相当である」とは認められないから、家庭裁判所には移送せず刑事手続により刑罰を科すべきであることを主張した。

検察官が刑事罰を科すべきとする理由は、前述の少年法20条が、罪質・情状に照らして刑事処分を相当と認めるときには、刑事手続に付されることを想定していることによる。

本件では、まず罪質の判断における犯行態様について、父親の殺害に際していきなり左目を凶器で突き刺すなど、数十カ所を刺突しており、頸部も15カ所刺している等、強固な殺意が認められるとした。

母親に対しては、頭を何度も壁に打ち付け、母親の殺してという発言の後は、頸部を刃物で何度も刺しており、強固な殺意を有し、犯行を冷徹に遂行していると指摘した。

動機面についても、検察官は、少年が1度目の万引きによって高校を謹慎処分となったもののこれを守らず、2度目の万引きによって高校の卒業が危うくなり、父に叱責され絶望していたところ、交際相手からも別れをほのめかされ、交際相手との関係を継続するため父母による連れ戻しを阻止するという身勝手な目的であったと主張した。

少年の性格・行状について、たしかに少年は小学生時には父親から暴力を受けていたが、中学・高校と進学するにつれて暴力はなくなっていたことから、虐待されていたという少年の公判廷供述は誇張であると主張した。

また、検察官は、両親が外部の機関にも少年のことを相談して関係改善を目指しており、少年もそれは認識していたはずであると主張した。

さらに検察官は、2月6日におこなわれた期日で証言した専門家が、家庭裁判所の保護処分に付すべき旨を証言していることについて、その信用性に疑問を呈した。

その理由として、客観的な資料ではなく、大部分が少年の供述に依拠した判断であること、少年が中学生、高校生と成長するにつれ暴力はなくなっていたことなどを考慮していないこと、などと主張した。

●量刑について

検察官は、量刑傾向のグラフを用いて、殺人、前科なし、15歳から19歳、不定期刑でデータベースを検索すると32件ヒットし、それらのケースと比べて本件は悪質といえるとして、10年〜15年の不定期刑を主張した。

判決時に少年である場合、有期懲役・禁固の実刑を科す場合は、不定期刑としなければならない(少年法52条)。

●弁護側 母親の死亡結果につき嘱託殺人罪の成立を主張

弁護側は、少年が母親に対して元々殺意がなく、意識を失わせて監禁するつもりであったと主張。そして、母の「殺して」の言葉で初めて殺意をもったとうったえた。

また、母親の殺してという言葉は真意に基づいていること、仮に真意でないとしても少年としては母親が真意に基づく依頼をしたという認識だったと主張した。

少年は、母親を殺害したときは、父親を殺害したことで混乱しており、真意に基づいたかどうかを冷静に判断できなかったと述べた。

●弁護側「家庭裁判所への送致」を主張

少年の処遇を「通常の刑事手続」とするべきか、「保護手続」(家庭裁判所に再び送致)とするべきなのか、という点について、弁護側はあくまでも少年法は大人と同じように刑罰を与えるのではなく、保護を原則としていることを強調した。

また、少年法55条の家庭裁判所への移送について、「保護処分に付することが相当であると認めるとき」(同条)とは、1)保護処分の方が刑事処分よりも少年の更生改善に有効であり、2)事案の性質などから保護処分にすることが社会的に許容されている、の2点が必要となるが、いずれも満たすとした。

1)については、少年のこれまでの過酷な環境を再度確認し、「育て直しが必要」とした。

ア 少年のこれまでの過酷な環境について

まず弁護人は、少年にとって、最も安心できるはずの家庭という場が、最も安心できない場になってしまっており、1年間の身柄拘束についても、少年が「精神面でも体調面でもこんなに安定した生活を送れたことはなかった」と供述していることを挙げた。

次に、父親が目の前で性行為する様子を少年に見せ、「お前もこうやってできたんだよ」などと言ったこと、さらに父は少年の頭を母の股間に押し付けたことなど、少年が人間としての尊厳を害されてきたと主張した。

また弁護人は、たしかに父が少年の高校進学を喜んだり、帰りが遅いと心配していたりしたことは、少年を大切に思っていたことのあらわれであるとした。

しかし、特に精神的虐待は、悪意によるものだけでなく善意のものもあり、虐待をする親も親なりに子どもに愛情を注いではいるが、だからといって虐待が正当化されるわけではない旨を指摘した。

そのうえで弁護人は、父は少年にとって恐怖の対象であること、母親は少年に寄り添えず、精神的な虐待が継続されてきたことから、父母の愛情を受け取れなかったことは少年の責任とはいえないとした。

イ 少年院のほうが少年刑務所よりも適切な処遇であることについて

弁護人は、少年院と少年刑務所の違いについて、少年院では同世代の少年とのかかわりを通じて自らを反省する機会が多いことや、朝から晩まで作業を行う中で犯罪やこれまでの人生を振り返り、向き合う機会が十分に与えられることを指摘した。

他方で、少年刑務所も少年院の考え方を取り入れつつあり、たとえば若年受刑者のユニット型処遇が運用開始されているが、元々の目的が育て直し、教育目的ではないことや、ユニット型処遇の中でも矯正にあてられる時間は少ないと主張した。

さらに弁護人は、少年についての社会記録に関する報告書においても、専門家から「少年院送致」の意見が出されていることを指摘した。

2)保護処分の許容性について

弁護人は、殺人(※嘱託殺人を含む)2件という結果は取り返しがつかず、この点について厳しく非難されるべきことは否定できないとした。

他方で、少年は加害者である反面、継続的な虐待の被害者であると指摘。家族を殺すという方法でしか現実から逃れることができなかったと述べ、少年が人生を取り戻すための手助けを求めた。

また、社会への事件の影響について、本件は家庭内での事件であり、第三者が犠牲になったものではないから、少年が社会に復帰することで社会に与える影響は限定的であるとした。

そのうえで、少年の虐待によるトラウマや事件と向き合わないままに社会復帰する方が問題が大きく、保護処分が許容されるべきであるとした。

●少年の最終陳述

最後に少年が法廷に立ち、次のように自らの思いを語った。

「この1年間で、あらゆる人と出会い、あらゆることがあって、父・母に向き合ってきた中身が裁判にあらわれたと思っている。

被告人として裁判に参加し、裁判官や裁判員等全員が真摯に耳を傾けてくれたことに感謝し、一生懸命、自分にあったことをすべて話すスタンスで裁判に臨んだ。

また、今後どれだけ更生しても、父母が帰ってくることはなく、自分は永遠に加害者である。父母に報いた生き方をしなければならない、責任を持って行動しなければならない。

甘えたことを言う資格はないが、手を差し伸べてくれる人がいたら決してむげに、無駄にせず、今後の糧にしていきたいと思います」

次回期日は2月20日、横浜地裁で開かれる。判決あるいは家裁への移送決定等の見込み。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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