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迷惑客の口コミに反論 客と対等な「おもてなし」、老舗旅館の女将の思い
西屋・女将の遠藤央子さん(弁護士ドットコム撮影)

迷惑客の口コミに反論 客と対等な「おもてなし」、老舗旅館の女将の思い

温泉旅館に代表される日本ならではの「おもてなし」文化は高く評価される一方で、「お客さまは神様」という考えにつながり、悪質クレーマーや迷惑客への対処を難しくする要因にもなってきた。

2022年12月、宿泊施設と客との〝歪んだ関係〟について問題提起した出来事があった。

山形県の老舗旅館が、禁煙ルールを破った客がつけた口コミの低評価に対し、宿としての考え方をSNSで発信、大きな反響を呼んだ。対等な関係性の上で成り立つ「おもてなし」を実現するためには、どうすればいいのだろうか。(文・取材=国分瑠衣子、企画=新志有裕)

●ルール破りの喫煙と“報復”低評価に対して、社会に問題提起 

発信したのは山形県米沢市の白布温泉郷にある「湯滝の宿 西屋」の19代女将・遠藤央子さん。白布温泉は約700年前に開湯し、ほどなく西屋も開業した。

遠藤さんは2022年12月、全面禁煙の西屋の客室で喫煙した客に対し、ツイッターで「凍える空気の中、掃除してくれたスタッフに心の中で詫びなされ!!」などと発信、3000回超リツイートされた。ツイートに対する報復なのか、数日後に客は旅行予約サイトの口コミで西屋に低評価をつけた。旅館とは無関係の雪の多さにも苦言ともとれるコメントを残した。遠藤さんはこの口コミにも反論、再び注目を集めた。

西屋では館内の目立つ場所やホームページでも全館禁煙を周知している。だが、過去にも宿泊客が部屋で喫煙する迷惑行為を受けてきた。今回、炎上覚悟で発信した理由について、遠藤さんは「SNSの発信を通じて、社会に旅館への迷惑行為について問題提起をしたいと考えました」と説明する。

迷惑客に対し、旅館が声を上げることはこれまであまりなかった。日本ではサービス業全体に「顧客第一主義」の考え方が根強く、きつく注意をすることや、被害を公にすることは難しい環境にある。あまりに強いことをすると、SNSや口コミなどに書かれて、かえってマイナスになることもある。しかし、遠藤さんは思い切って発信した。

遠藤さんの発信に対し、旅館関係者やレンタカー、レンタルスペースの事業者らからも「同じく喫煙の被害にあった」という共感の声が寄せられた。応援や激励の声が大半だったが、一部からは「SNSでぼやいていないでさっさと賠償請求すればいいのに」「喫煙所をきちんと作ればいいのに」など批判もあった。

遠藤さんは「タバコの臭いを消すために厳寒の中、換気と掃除をしたスタッフのことや、過去に地域で大きな火災があり、西屋以外は全焼したことを思うとお客さんに対して怒りの感情を抑えきれませんでした。直接的な表現をしてしまったことは反省しています」と話す。

西屋の19代女将・遠藤央子さん(弁護士ドットコム撮影)

●喫煙の場合は清掃費や修理費請求、宿泊約款を改訂してHP掲載へ

西屋では、SNS上で客が既に社会的な制裁を受けているとの考えから今回は損害賠償請求をしない考えだ。ただし、再発防止策として近く宿泊約款を改訂する。約款には喫煙を確認した場合には、物的被害の有無にかかわらず、清掃や修理などの費用を請求することを明記する。

また、約款の抜粋をホームページに掲載し、予約段階で客が宿の方針を理解できるようにする。遠藤さんは、相談した弁護士から「宿の方針に合う約款を作り、宿の評価を守るようにしたほうがいい」とアドバイスを受けた。他の宿泊事業者の参考にしてもらうため、約款のひな型を自社サイトに掲載する予定だ。

喫煙のほかにも、西屋では女湯を覗く痴漢行為や館内の備品持ち帰りなどの迷惑客による被害を受けてきた。「今後は理不尽な要求や迷惑行為に対し、冷静で穏やかさを保ちつつも毅然とした態度で臨みます。SNS上で直接的な表現で発信したことの反省も生かしたい」(遠藤さん)

喫煙トラブルが起きた部屋(弁護士ドットコム撮影)

●「情報を発信して、共感するお客さんに選ばせる宿にしたい」

遠藤さんは「旅館は基本的にお客さんを選ぶことはできません。選べないからこそ、宿が大事にすることを情報発信することで、西屋の考えに共感するお客さんに〝選ばせる〟宿にしたい」と言う。

2022年12月のSNSでの発信は、全面禁煙という西屋の姿勢を明確に打ち出したことで、宿のブランディングにもつながった。「ぜんそくでタバコの煙がだめなので、この旅館なら安心して泊まれると思いました。春になったら行ってみたいです」というメールも届いた。

全面禁煙のほか、西屋では宿泊可能な年齢を中学生以上に限っている。静かな空間で安らぎたい客にとっては宿を選ぶ時の基準になり、安心して泊まることができる。西屋にとっても宿の姿勢に共感するファンを増やすことにつながる。

冬は豪雪だが、その景色が首都圏を中心とした客に人気だという(弁護士ドットコム撮影)

●サービスは目に見えないけれど、無料ではない

日本の「おもてなし」については、様々な解釈があるが、遠藤さんはおもてなしとサービスは別のものだと考えている。サービスは夕食の準備や客室の布団敷きなど、客から宿泊料金という対価を受け取り宿が提供するもの。「モノを売る商売と違い、サービスは目に見えないので分かりにくいですが、無料ではありません」。

では、遠藤さんが考えるおもてなしとは何か。遠藤さんの場合、10年近く続ける「湯守」だ。湯守とは熱い源泉をちょうどよい温度に調節する役割だ。変化する気象に合わせて365日、旅館裏手の山に登り、沢水の配管位置を細かく調整して年間を通し適温に保つ。

極端な話、湯守は旅館に絶対に必要なものではない。浴室で客がホースで加水する温泉施設もある。「私にとって湯守は、見返りを求めずにお客さんに気持ちよく温泉に入ってほしいという『思い』のようなものです」と遠藤さんは言う。

「お客さんに気持ちよく温泉に入ってほしいという、西屋のおもてなしと、お客さんからいただく『ありがとう』の言葉がセットになって西屋の心地よい空間が生まれています」。遠藤さんはこう考えている。

遠藤さんが毎日温度調整をしている温泉。滝のように流れるのが特徴だ(弁護士ドットコム撮影)

●「おもてなしの価値を客が理解することが重要」

「おもてなし」を中心に旅館・ホテルのマネジメントを研究する、九州産業大学の森下俊一郎准教授は「おもてなしは一律なものではなく、それぞれの旅館の考え方があっていい。各旅館が情報発信し、その価値を理解する客が利用してこそ、過度ではないおもてなしが生まれるのだと思います」と語る。

茶道を源流とするおもてなしは、見返りを求めない無償性とサービスを提供する側、受ける側に上下関係はない「主客対等」の上に成り立つ。真の主客対等を目指すため、宿の方針を明確にした西屋のケースから学ぶべき点は多い。

また、森下氏によると、日本人と外国人の口コミを比較分析した場合、日本人は、滞在中は何も不満を言わないにも関わらず、後日になってから口コミで辛辣な批判や不満をこぼす傾向があるため、「察してほしいという国民性が強い」という。

察することも「おもてなし」の重要な要素ではあるが、客としては「なんでわかってくれないんだ」「そんなこと知らなかった」と受け身姿勢で不満をためこんだり、いびつな形で理不尽なクレームをつけたりするのではなく、もっと対等な立場で理解しようとする姿勢が大事ではないだろうか。

※この記事は、弁護士ドットコムとYahoo!ニュースによる共同連携企画です

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