性被害から子どもを守るため、性犯罪歴のある人を子どもと関わる仕事から排除する「日本版DBS」が2026年12月に始まる。
制度への期待は高まっているが、被害者を生まない仕組みとしてどれほど効果があるのかは未知数だ。
そんな疑問を突きつける存在が獄中にいる。ベビーシッターという立場を悪用し、20人もの子どもに性加害を重ねた受刑者だ。
制度創設のきっかけにもなった男性は、「再犯しない自信はない」と自らの衝動への恐怖をにじませつつ、制度の抜け穴を指摘した。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●初めての性加害は「電気が走った感覚」
男性は幼少期から「同級生の男子が好きだった」。そんな自分に違和感を持ちつつも、中学生になると、少年同士の同性愛を描いた小説や漫画にのめりこんだ。
他人に迷惑はかけまいと気持ちを抑えていたが、19歳のとき、友人の弟と二人きりになる機会があった。
「やってはいけない」と理性が働いたものの、「嫌がっていないなら大丈夫だ」と自分を正当化し、初めての犯行に及んだ。
その瞬間、体中に「電気が走ったような感覚」が駆け巡った。
「とても心地よく、温かで、心が満たされた気持ちになったのです。その時は、これが何なのかわかりませんでしたが、今となっては『愛情』とか『愛着』というものだったのかと思います」
この「成功体験」から間もなく、知人に頼まれて、子どもが参加するキャンプの手伝いに行ったことが、その後の運命を大きく変えた。
いじめや親からの暴力、不登校を経験して育った男性にとって、「子どもたちが分け隔てなく接してくれることがうれしかった」。子どもたちの笑顔を見ると嬉しくなり、「やりがい」を感じた。
この頃から、「子ども関係の仕事がしたいと思うようになった」。自身の性的欲求と自己肯定感を同時に満たせる方法を見つけた瞬間だった。
●4年半で5〜11歳20人が被害 懲役20年の判決
最初に始めた仕事は学童保育だった。
最終学歴が中卒だった男性は、働きながら通信制の学校に通い、高卒認定試験に合格。約5年かけて保育士の資格を取得し、児童養護施設に就職した。その後、登録制のベビーシッターとしても働くようになった。
子どもと直接触れ合う念願の仕事に、加害の機会は数多くあった。わいせつな行為をしたり、その様子を撮影したりするなどし、約4年半の間に被害を受けた子どもは、裁判所が認定しただけでも5歳から11歳の20人に上る。
東京地裁は判決で「被害者らを指導し、信頼される立場を利用し、被害者らの性的知識の未熟さに付け込んだ悪質なもの」などと指摘して、懲役20年を言い渡した。
記者が元保育士の男性と裁判中からやり取りしてきた手紙(2025年12月、東京都内で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●指をくわえていられない 日本版DBSに関心
子どもの安全を預かる立場にあった大人が性加害を繰り返していたこの事件は、社会に大きな衝撃を与え、「こども性暴力防止法」の成立につながった。
同法に基づいて整備されるのが、「日本版DBS(Disclosure and Barring Service)」だ。性犯罪歴のある人が、子どもと関わる仕事に就くことを制限する仕組みで、2026年12月にスタートする予定となっている。
自らの犯行が制度創設の一因となったともいえる日本版DBSについて、男性は「指をくわえてはいられず、もぞもぞしています」と関心を寄せる。
こども家庭庁が公開している資料にも目を通すほどだが、制度には「抜け穴」があると指摘する。
日本版DBSのポイント(「こども性暴力防止法施行ガイドライン」をもとにNotebookLMで作成)
●服役中の元保育士「今度するなら小児科」
男性はその一例として、仕事という形を取らない「地域の活動」を挙げる。
2017年3月、千葉県松戸市で9歳の女児が殺害された事件では、女児が通う小学校の保護者会長が逮捕・起訴され、殺人や強制わいせつ致死などの罪で無期懲役刑が確定した。
この事件を念頭に「登下校を見守るボランティアはどうなのでしょうか?この『地域の人』というグレーゾーンは穴になるでしょう」と語った。
子どもと接する仕事でも、関わり方の程度や内容によってはDBSの対象から抜け落ちる場合がある。
こども家庭庁が2026年1月に公表したガイドラインによると、業務内容が子どもとの間で「支配性」「継続性」「閉鎖性」という3要件を全て満たす場合に対象者になるという。
そのため、保育所の送迎バス運転手や調理員など、業務上、子どもと関わる場面が限られる職種では、どうしてもカバーしきれない可能性が残る。
また、現時点で一般的な医療機関は対象の事業者とされていない。
男性は「子どもと関わる仕事はもうこりごりです」と言いながらも、「もしやるとしたら看護師(の資格)を取得し、小児科に勤めます」と驚きの言葉を綴っている。
記者が元保育士の男性と面会した東京拘置所(弁護士ドットコムニュース撮影)
●「初犯を見分けることは不可能」制度の限界
男性が次に指摘したのは、日本版DBSが「再犯の防止」を前提とした制度である点だ。
こども家庭庁が公表した資料によると、DBSで照会の対象となる犯罪歴は「不同意性交罪」や「不同意わいせつ」などに絞られる方針だという。
ただ、令和7年版「犯罪白書」によると、2024年に検挙された20歳以上の刑法犯のうち、上で挙げた2つの罪では、いずれも77%以上が「前科なし」。つまり多くが"初犯"だ。
こうしたデータを踏まえ、男性はDBSの導入について「効果がないとは言いませんが、薄い。大半を占める初犯をいかに防ぐかがポイントになるのですが、見分けることは不可能です」と語る。
実際、彼自身も犯行当時は前科がなかった。
また、逮捕されても不起訴となった場合、制度の網から「漏れる」可能性がある点も問題視する。
「示談で不起訴になれば抜けられます。罪を認めて示談した場合、DBSに登録を義務付けられたら良いのですが」
犯歴を確認する際の流れ(こども性暴力防止法施行準備検討会の資料「中間とりまとめ」より)
●DBSの漏れ「当然」加害者ケアの必要性指摘
性加害者の立ち直り支援に取り組む臨床心理士の中村大輔さんは、日本版DBSについて、次のように話す。
「子どもを守るための第一歩だと思います。監視カメラと同じで、本来は不要な社会が理想ですが、あることで安心感は高まります。ただし、DBSは数ある再犯防止策の一つに過ぎません。漏れが出てくるのは当たり前です。教育や福祉など、他の分野と組み合わせていく必要があります」
その上で、加害者をケアする必要性を指摘する。中村さんはカウンセリングを通して、性犯罪者が自身を客観的に捉えられるような状態になることを目指しているという。
ただ、民間としての活動であるため、中村さんのもとを訪れるのは本人や家族に「再犯したくない」という気持ちが強いケースが多く、加害者が立ち直りに消極的な場合はカバーできないのが実情だ。
臨床心理士の中村大輔さん(2026年1月14日、兵庫県神戸市で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●「再犯しない自信は、ないです」
男性は服役して約2年が経つが、性犯罪の再犯防止プログラムや専門的な教育はまだ一度も受けていないという。
「反省、更生は個人に委ねられ、やる人はやるし、やらない人はやらない」
2025年6月、「懲らしめ」から「立ち直り」への転換を図る処遇を重視した拘禁刑が導入されたが、塀の中はすぐに変わるわけではない。
「再犯しない自信は・・・はっきり言ってない」。手紙にそう書いてきた元保育士の男性受刑者(2025年12月、東京都内で、弁護士ドットコムニュース撮影)
年の瀬に届いた手紙には、男性の率直な心境が記されていた。
「再犯しない自信は・・・はっきり言ってないです」
続けて、こう書いている。
「これは再犯したいと言っている訳ではなく、再犯しない自信があると思って慢心していると事件を起こしそうな気がして、『自分は再犯する人間なんだ』という危機意識を持ち続けることで、再犯しなくなるのではと思っています」
「不安や気がかりは、男児を実際目にした時、自分がどういう心境になるのかわからないこと。私の犯行は衝動的にするタイプではないので、自制できると思いますが、それに反して、抑えられていたものが爆発したりしてしまわないかなど考えると自分が怖いです」
※この記事は弁護士ドットコムニュースとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。