2019年11月に群馬県草津町の議員だった女性が「町長室で町長と肉体関係を持った」と告白して始まった騒動は、「性被害の告発」としてMeToo運動の流れの中で社会の注目を集めた。しかし、最終的にそれは嘘だったと認定され、女性の有罪が確定した。
町長が「通り魔にあったようだ」と振り返った事件。なぜ起きたのか。そして、性被害の訴えを周囲はどう受け止めれば良いのか。残された疑問と課題を探った。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●発端は2019年11月の電子書籍発売
騒動の発端は、2019年11月に「草津温泉 漆黒の闇5」(すでに販売打ち切り)という電子書籍が発売されたことだった。
その中で、当時、草津町の町議だった新井祥子氏が、2015年1月8日に町長室で黒岩信忠町長と肉体関係を持ったと告白。
黒岩町長は当初から疑惑を全否定し、町の議会が新井氏を除名処分にしたことなどに伴って、町全体で性被害者の声を封じ込めようとしているのではないかという見方が一部で広がり、「セカンドレイプの町」と批判する向きもあった。
黒岩町長は新井氏と電子書籍を執筆したライターを名誉毀損の疑いで刑事告訴し、新井氏から強制わいせつの疑いで刑事告訴されたことから、さらに新井氏を虚偽告訴の疑いでも刑事告訴した。
また、これとは別に、虚偽の告発により名誉を毀損されたとして、新井氏に損害賠償を求めて提訴した。
民事裁判では、前橋地裁が2024年4月、新井氏に275万円を(うち110万円をライターと連帯して)支払うよう命じた。新井氏は控訴したが、東京高裁も2024年11月、275万円からライターが払った110万円を差し引いた165万円の支払いを命じ、確定した。
そして刑事裁判では、名誉毀損と虚偽告訴の罪に問われた新井氏に対して、前橋地裁は2025年9月29日、懲役2年、執行猶予5年の有罪判決(求刑:懲役2年)を言い渡し、そのまま確定。
民事・刑事の両面で「黒岩町長によるわいせつ行為はなかった」とする司法判断が固まった。
虚偽告訴事件の経緯をまとめた表(弁護士ドットコムニュース作成)
●法廷で過去のいじめやセクハラ被害を明かした新井氏
今回、黒岩町長の潔白を証明したのは、新井氏が密かに録音していた音声データだった。
捜査機関によって復元された録音が法廷で明らかにされ、新井氏が町長室に入室して退出するまでのすべての間で性加害をうかがわせるような音声はまったく確認されなかった。
逆に言えば、新井氏の録音データがなければ、黒岩町長の"冤罪"を晴らすことはより困難になっていたと考えられる。
告発の背景に、草津温泉の入浴法をめぐる町長と反町長派の対立が影響した可能性があるという話は、2024年6月9日に配信した記事ですでに紹介した。
新井氏は裁判でも、町長から性的な行為を受けたという主張は変えなかった。録音という自身が残した客観的な証拠からすると無理のある話だったが、なぜ新井氏はそれほどまでに性被害にこだわり続けたのか。
真相は新井氏にしかわからないが、裁判で手がかりになりそうな話があった。
2025年5月15日に前橋地裁であった被告人質問。新井氏はアトピー性皮膚炎に悩まされていた過去に触れ、いじめを受けていたと述べた。また、以前働いていた化粧品会社では、上司からセクハラを受けていたと主張した。
また、草津町に移住して議員になってから、地域の集まりに参加すると男性ばかりが招かれている様子を目の当たりにすることが多かったといい、「男性中心だと感じました」と語った。
虚偽告訴による有罪が確定した今、法廷での発言がどれほど事実に基づくものなのかは慎重に判断する必要があるが、新井氏が過去の被害体験とジェンダーギャップへの問題意識を強く持っていたことはうかがえた。
虚偽告訴事件の現場とされた町長室で、当時の状況を説明する黒岩信忠町長(2024年5月/群馬県草津町/弁護士ドットコム撮影)
●新井氏「騒ぎが大きくなり、真実をいうタイミングを逃した」
もう一つ、この事件で残されたことがある。それは、性被害の訴えを社会はどう受け止めれば良いのか、という問題だ。
そもそも、騒動の発端となった電子書籍を読むと、告発に至る背景やライターの執筆動機に温泉の入浴法をめぐる対立があったことがわかる。新井氏の告発会見などを取材した地元の記者は「話す内容に不自然な点が多かった」として当初は記事化を見送ったという。
告発内容が当初と変遷したことについて裁判で問われた新井氏は、「騒ぎが大きくなる中で、自分の中で真実をいうタイミングを逃して追い詰められていきました」と打ち明けた。
事実が曖昧な中で、周囲の声が高まり、後に引けなくなった状況があったようだった。
新井氏による告白が掲載された電子書籍「草津温泉 漆黒の闇5」の表紙
●町長「本当に性被害にあった人が泣き寝入りしてはいけない」
ただ一方で、こうした被害の訴えがあったとき、第三者が完璧な証拠や一貫した話ぶりなどを本人に求めすぎることは、声を抑え込む方向に働き、ひいては泣き寝入りを強いることにつながる。逆に、事実を置き去りにして、疑惑の段階で処罰感情を高めることは冤罪の被害者を生む。
このバランスの重要性について、黒岩町長は過去の弁護士ドットコムニュースの取材に、次のように強調している。
「実際に性被害やセクハラを受けている人はたくさんいると思います。一般的に考えれば、女性が声を上げたらそれはほぼ正しいことだと私は思うんです。 性被害の問題では冤罪もあるということを分かってほしいと思います。これだけ大きな事件になったわけですが、世の中にはもっと冷静に見てほしかった。 今回の事件によって、本当に性被害を受けた人が声を上げづらくなっているとしたら大変な問題です。これが前例になって本当に性被害にあった人が泣き寝入りする世の中になってはいけません」
草津町役場。3階にある町長室はガラス張りになっている(2024年5月、群馬県草津町で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●「被害の訴えに寄り添うことと加害者を責めることは別の問題」
ジェンダーとメディアについて研究する宮崎公立大学の四方由美(しかた・ゆみ)教授は「今回のような虚偽の告訴はあってはならない」としたうえで、性被害を受けた人の多くが泣き寝入りしている現状を踏まえて次のように話す。
「性加害はほとんどの場合、密室でおこなわれ、証拠がないことも珍しくありません。そして、性被害を受けた人はショックが大きく、話す内容が曖昧になったり、嘘をついたつもりでなくても事実でなかったりすることがあります。そうした被害にあった人特有の状況に配慮したうえで、本人が嫌な思いをしないように、まずは寄り添う必要があります」
草津町で起きた虚偽告訴事件では、当初、新井氏の告発を信じて支援に関わる人たちも多く、中には町長や町に対して批判や攻撃をする動きがあった。だが、町長の潔白が明らかになった後、謝罪に追い込まれた。
こうした経緯について、四方教授は「性犯罪に限らず、冤罪はどんなものでも防がなければならず、冷静な捜査と報道が常に必要になります。それに、被害を訴えた人に寄り添うことと加害者を責めることとは別の問題です」と指摘する。
宮崎公立大学の四方由美教授(四方教授提供)
●「誰もがハラスメントの当事者になりうる」
大学の中には、学生などからハラスメントの訴えがあった際、相談員は本人の側に立って対応し、事案に応じて本人の意向を確認したうえで大学のハラスメント対策委員会に申し立てるようになっている学校もあるという。その際、委員会が必要と判断すれば、別の専門の組織を立ち上げて調査にあたることになるようだ。
この仕組みについて、四方教授は「訴えた人に徹底的に寄り添う人と、ハラスメントの有無を判断する人を分けることで、本人を矢面に立たせない対応になっている」と説明する。
大学でのハラスメントと草津町の事件は直接的な関係はないが、被害の声をいかにすくい上げ、本人の立ち直りと加害者への適切な対応を両立させるためのヒントがあるかもしれない。
四方教授は、最後にこう話した。
「性被害の訴えがあったとき、支援する人は本人に寄り添って、できれば専門家と連携をとることが大切です。訴えているということは何かしらの困りごとを抱えているということなので、寄り添う人は冷静に状況を確認する必要があります。
そもそも性被害を訴え出ること自体が非常に勇気のいることなので、その訴えの内容が否定されてしまったら、さらにとてもつらい状況になってしまうからです。
私も含めて、誰もが自分が気づかないうちに他者にハラスメントをしている可能性があります。誰もがハラスメントの当事者になりうるという自覚を持ち、こうした問題にいかに敏感であるかが大切だと思います」