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薬物事件で「死ぬまで更生しろ」 過剰なバッシング社会の行く末は「弱者見殺し」か
画像はイメージ(ronnarong/PIXTA)

薬物事件で「死ぬまで更生しろ」 過剰なバッシング社会の行く末は「弱者見殺し」か

「社会的制裁は死ぬまで続く」「薬物というのは一度でも使ってしまえば人間を辞める事になる」

覚醒剤などの違法薬物を使用・所持して、有罪となった場合、刑罰という「法的制裁」を受ける。ただ、ときには、この法的制裁を越えたバッシング(社会的制裁)を受けてしまうこともある。こうした現状をどのように捉えればいいのだろうか。

●薬物依存症の背景にはトラウマなど「薬物以外」の問題がある

覚醒剤事件で有罪判決を受けた元政治家、細川慎一さんはその後、薬物依存症の回復に取り組み、更生支援に関する啓発活動をおこなっている。弁護士ドットコムニュースは2021年12月12日、彼の活動を伝える記事を配信した。

(https://www.bengo4.com/c_1009/n_13883/)

すると、ここでも、社会的制裁に肯定的な意見や、「反省」や「更生」を求める声が複数みられ、薬物依存症に対する厳しいコメントが並んだ。

たとえば、Yahoo!ニュースのコメント欄やSNSには「そもそも(違法薬物を)使うことが有り得ない」「普通の人は薬物に頼らないのは当たり前」「大多数は薬物なんかに頼らないで精一杯頑張ってる」などの意見のほか、「意思の弱さ」を指摘するコメントもみられた。

「薬物使用に関する全国住民調査」(2017年)によれば、これまでに1回でも覚醒剤を経験したことがある人の率(生涯経験率)は「0.5%」とされている。この数字だけをみれば、覚醒剤を使う人は珍しいようにみえる。

しかし、薬物依存症にくわしい松本俊彦医師(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部長)は、そもそも薬物の使用経験を正直に打ち明ける人は少なく、逮捕されるのはごく一部の人たちだと指摘する。

違法薬物を使用したとしても、一度も逮捕されないまま社会で生きている人もいる(写真はイメージ:ロストコーナー / PIXTA)

また、依存症になるかならないかは、その人が置かれた状況などにもよるため、「『自分』を基準に考えてはいけない」という。実際に、誰よりも麻酔薬の危険性を知っているはずなのに、麻酔薬の依存症になった麻酔科の医師もいるそうだ。

「この医師は『これまで、患者に麻酔薬を使用してきたが、依存症になった人を見たことはない。自分が使っても依存症にはならない』と思っていたそうです。ところが、日々の激務に疲弊し、人間関係などのストレスを溜め込んだ状態で麻酔薬を使い、一晩で依存症になりました。

依存症になるのは、歯を食いしばって生きていたり、馬鹿にされないようにつま先立ちをしたりしているなど、相当しんどい状況に置かれた人たちであることが少なくありません」(松本医師)

松本医師によると、合法・違法、薬物の種類を問わず、その人自身が抱えている「薬物以外の問題」が治療の難しさとつながっているという。

「たとえば、精神医学的な合併症、経済的な問題、住む家、家族関係、トラウマ体験です。これらの問題が深刻であればあるほど、再発のリスクが高い傾向にあります。いずれも刑で罰したからといって、解決する問題ではありません」

松本医師は「トラウマは、人を変えてしまうもの」と語る(写真はイメージ:bee / PIXTA)

また、違法薬物を使用したことに対して、反省や謝罪を求める声について、松本医師は「反省の深さと再発率はまったく関係ない」と説明する。

「反省したことを機に、治療につながる人もいるので、反省がまったく無意味とは思いません。しかし、すでに刑罰を受けた人に対して、第三者が反省や謝罪を求めることには疑問を感じます。もちろん、家族や職場の人たちなど、実際に迷惑をかけた人への謝罪は必要になると思います。ただ、それは第三者が強要することではないでしょう」(松本医師)

●約35年の「ダメ。ゼッタイ」教育のぶあつさ

松本医師は、すでに法的制裁を受けた人に対し、バッシングを含め、さらなる社会的制裁が加えられることを問題視している。薬物依存症の人やその家族などが誰にも相談できなくなるほか、治療や支援の場から遠のき、孤立してしまうおそれがあるためだ。

そして、薬物依存症の人に「ダーティー」(dirty)なイメージがついているのは、「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」「ダメ。ゼッタイ。」などをスローガンとしてきた啓発活動の「罪」だと指摘する。

「薬物依存症に対する偏見は、一般社会だけではなく、医療現場でも根強くあります。医学部で依存症について学ぶのは、1コマ90分のみです。内容も薬物の種類や治療法についてのみで、依存症の回復について学んだり、実際に回復している人の話を聞いたりするわけではありません。ちなみに、私はこの講義を受けずに医師免許を取りました。

大学病院では基本的に依存症の人は診ませんし、医療者は『ダメ。ゼッタイ。』教育を受けた時間のほうが長いといえます。『ダメ。ゼッタイ。』教育が始まって35年経ちましたが、この月日の分厚さは相当なものです」(松本医師)

『令和3年版犯罪白書』によれば、覚醒剤取締法違反の初犯者は減少傾向がみられる一方で、同一罪名再犯者率は上昇傾向にある。また、検挙された人のうち、40代以上が占める割合は増え続けており、2020年に検挙された人のうち、もっとも多いのは40代(33.6%)、次いで50歳以上(29.1%)、30歳台(24.4%)と続いている。

『令和3年版犯罪白書』のデータを参照。

このような傾向をみて、松本医師は次のような懸念を抱いている。

「あと20年ぐらいすれば、覚醒剤を使う人はいなくなるのではないかという気がしています。薬物依存症に対するイメージを塗り替えることに成功しないまま、覚醒剤を使う人がいなくなったことだけを見て『ダメ。ゼッタイ。』教育はよかった、という結論に帰着してしまうのではないかと危惧しています。

厳罰政策や、差別意識・偏見の強化を利用した予防啓発は、初犯者を減らす一方で、再犯率を高めます。覚醒剤取締法違反の検挙者がこのまま高齢化し、減り続けた末にいなくなったとすれば、それは、一部の、薬物以外の『困りごと』を抱えている人を切り捨て、見捨てる対策の成果となります。これは、先進国として恥ずかしいことだと思います」

●「厳しい」コメント 裁判員、裁判官からも

薬物依存症とされる人をはじめとする刑事弁護を数多く手がけてきた菅原直美弁護士は、「違法薬物の自己使用」という行為自体には被害者はおらず、むしろ自分自身を傷つける点で「自傷行為」の一種だと説明する。

そして、違法薬物を自己使用した場合、ほかの自傷行為ではみられない非難が集中する要因について、次のように分析する。

「違法薬物の自己使用は『犯罪』として法律で禁止された行為です。たとえば、芸能人の不倫も民法で『不法行為』とされています。いずれもバッシングされる傾向にありますが、法律で禁止されていたり、してはいけないと規定されていたりするからこその言いやすさもあるのだと思います。その意味で、法的制裁と社会的制裁は連動しているようにもみえます」

菅原弁護士によると、依存症が犯罪の背景にあるような裁判においても、近年はSNSやYahoo!ニュースのコメント欄などでみられるような「厳しい」発言をする裁判員や裁判官に出会うことも少なくないという。

菅原弁護士のほかにも、裁判で厳しいコメントが飛び交うようになったと感じている弁護士は複数いるという(写真はイメージ:Caito / PIXTA)

「裁判員は審理期間が長期にわたることもあるため、結果的に、経済的・時間的にある程度の余裕がある人が選任される傾向にあります。現実問題として、被疑者・被告人と同じような境遇を経験した人が裁判員になることはほとんどないのではないか、と思います。

そのため、裁判員の中には、自分自身が恵まれた環境にいることに無頓着であったり、『自分もつらいことはあったけど、がんばってきた』『なぜ、こんなことをするのかわからない』などと被疑者・被告人が犯罪に至った背景を理解できないまま非難している人もいるのではないかと思います。

裁判官の中にも、被疑者・被告人に対して『あなたと同じような境遇でもがんばっている人がいる』『反省しているようにはみえない』『病気の治療よりも被害弁償をおこなうべき』などと厳しい言葉を向ける人もいます」(菅原弁護士)

●「更生」にひとつの「正解」はない

Yahoo!ニュースのコメント欄には「死ぬまで更生し続けろ」「更生は無理」などの声もみられた。しかし、そもそも、何をすれば「更生」したことになるのだろうか。

菅原弁護士は、犯罪や非行をした人の立ち直りを支援する保護司としても活動する中で、次のように感じているという。

「更生はグラデーションであり、ひとつの『正解』があるわけではないと思います。たとえば、刑期をまっとうするなど、法律上与えられた制裁を受け終えた時点で『更生』したと考えることもできます。ただ、そのように考える人は、ほとんどいないのではないでしょうか」

菅原弁護士は、(1)前科・前歴を伏せて社会の中に溶け込む、(2)前科・前歴をオープンにして社会の中で生きていく、という2つの「客観的な更生」があると考えている。

多くの人たちは(1)の方法で社会に受け入れられていくが、ネット上に残り続ける実名報道などをみられたり、親しい人に前科があることを打ち明けたことで広まったりして、(2)の層に移行せざるを得ない人もいるという。

菅原弁護士は、ネット上で厳しいコメントをする人の多くは「本人に会ったこともないか、一度も会わないで済む人たち」だと語る(写真はイメージ:ABC / PIXTA)

ただ、いずれの層にいたとしても、菅原弁護士がもっとも大切だと考えているのは「主観的な更生」だ。

「どんなに社会が認めていても、その人自身が『自分は更生している』と思わないかぎり、その人の人生はより良い方向に続いていかないでしょう。その人がどのタイミングで『自分は更生し、生き直せている』と思えるようになるかは、人それぞれです。ただ、主観的な更生に至るまでには、その人なりの生きる使命や人との関わりなど、なんらかのモチベーションが必要だと思います。

私は、薬物依存症の人を含め、罪を犯した人の多くが自分を責めているのではないかと思います。たとえ、自分を責めていないように見えたとしても、その人の内心は誰にもわかりませんし、見えないものです。制裁を加えている側の『社会』の手が届かないところに、主観的な更生があると感じています」(菅原弁護士)

●著名人への非難「恐怖心を感じる仲間も」

冒頭の細川さんは、薬物を「今日1日」やめ続けられるのは、仕事に対する強迫観念や承認欲求が強かったことに気づいたからだと話す。現在は回復の道を歩み、更生支援に関する啓発活動をおこなうNPO法人Hatchを立ち上げ、家族とも良好な関係を構築し直している。

細川慎一さん(2021年11月21日/神奈川県内/弁護士ドットコム)

逮捕時に政治家だった細川さんは、大々的な実名報道やバッシングなどの社会的制裁に打撃を受けた。現在も、犯罪をした人の報道や、非難のコメントをみるたびに、こころが痛むことがあるという。

「犯罪をした人だけではなく、彼らが勤務していた会社まで非難される風潮にも疑問を感じます。会社に罪はありませんし、企業側も人物本位ではなく『非難を避けるために雇えない』と思ってしまうことにもつながります。実際に、前科・前歴を隠さずにできる仕事の選択肢は少なく、刑務所の出所者などを積極的に受け入れるのは、ごく一部の業界に限られています」(細川さん)

回復の道を歩む現在でも、非難が続いていることについては、次のように語る。

「私自身はだいぶ慣れましたが、それでも落ち込む出来事に遭遇します。薬物依存症で悩む人の中には、私への非難を見て当然こわいと感じる人がいるでしょう。自身は報道されていなくても、著名人をはじめとする薬物報道やネット上の非難を見て、世間の反応に対する不安感や恐怖心を抱く依存症の仲間がいます。少しでも、このような思いをする人が減ってほしいと切に願っています」

※取材は、新型コロナウイルス感染症防止のため、オンラインでおこなった。

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