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献体写真ネット公開に強い拒否反応「もう献体しない」 日本篤志献体協会・理事長「希望者に説明を尽くさなければならない」
坂井理事長(本人提供)

献体写真ネット公開に強い拒否反応「もう献体しない」 日本篤志献体協会・理事長「希望者に説明を尽くさなければならない」

死後に自分の遺体を提供する「献体」は、医療の発展に欠かすことができない。

献体は、原則として家族の同意が必要となるから、遺体が適切に敬意をもって扱われることを自分も家族も信じて疑わない。その大きな前提が覆されそうな事態が起きた。

美容外科の医師が海外での医療研修において、献体された遺体を撮影したうえブログに投稿した。遺体の前でピースをした集合写真もあり、医師は謝罪したが、強烈な反発が起きている。SNS上では「献体しないことを決めた」という考えを表明する人も少なくない。

献体に関する啓発に取り組む公益財団法人「日本篤志献体協会」の理事長で、順天堂大学特任教授(解剖学)の坂井建雄さんは、今回の事態を「残念なことだ」と受け止める。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)

●「もう献体しない」考え示す人も

問題視されているのは、美容外科「東京美容外科」の女性医師、黒田あいみ氏が12月、米グアムの大学における医療研修で撮影した献体の写真をブログなどに投稿した行為だ。

本人と勤務先の院長が12月23日までに謝罪・釈明した。ブログ記事には、モザイクが一部外れた献体の写真があった(すでに削除)。

この投稿に大きな批判が寄せられており、献体を考えていたという人が「もう献体しない」とSNSに投稿するような事態も生じている。

●献体を止めていたのは「家族」だった

国内では、全国の医学部と大学の教育のため、献体の解剖実習がおこなわれている。坂井さんによると、献体者本人と大学が約束し、その大学で解剖が実施されるのが原則だ。

上記の解剖実習における解剖体数は、1960年代から右肩上がりで増加し、2000年代以降は3000〜3500体強で安定している。現在は99%以上が献体された遺体だという。

画像タイトル 1969年から2023年までの全国の大学における実習の解剖体数と献体数の推移(日本篤志献体協会提供)

献体は本人の同意のほか、家族の許可が大原則となる(家族がいない場合は市町村長の許可が必要)。

献体とその希望者の数が増えているのは、家族の規模が小さくなったことで、家族の承諾を得やすくなったからだという。もう一つの理由は医療技術の進歩だ。

「献体希望者の方と面談すると、病気が回復して健康を取り戻したことから、恩返ししたいと話されます」

学生の教育のほか、近年では外科医のトレーニングのために一部の大学で献体の解剖がおこなわれている。

●誰彼構わず見せてはいけないものがある

医学部と歯学部の学生は、献体によって実習解剖が実現できる。実際に解剖しない看護学部の学生なども見学にやってくる。

そこでは、医療従事者として、献体された遺体への向き合い方も口酸っぱく教わるという。

「献体をしてほしくないと考えるのは、家族です。死んでしまったら痛くも痒くもないとご本人はおっしゃることが少なくありませんが、ご家族は違います。

解剖させていただくご遺体を粗末に扱ってはいけません。献体は尊いとしても、ご家族は肉親の身体が解剖されるのは見たくありませんし、見せてはいけません」

坂井さんによると、国によっても、献体の事情はかなり異なる。

「まず、ご遺体に対する感覚はかなり違います。特に日本人はご遺体を大切にする感覚を強く持っているだろうと思います。

そして、解剖体をどのようにして入手しているかという問題です。アメリカでも献体の制度はありますが、大学のほかにNPO法人も献体を受け入れています。

また、アメリカで献体されたご遺体は、希望がある場合を除き、大学の共通墓地に埋葬するのが基本とされています」

献体を取り巻く事情は海外のほうが「かなりドライ」だと指摘する。今回の美容外科医の振る舞いに対する大きな反発も、また、日本人であれば共感できるものだろう。

●説明をつくし続ける必要がある

「国内の大学では、献体のご遺体に対して誠心誠意の対応がされています。解剖している学生や医療者が真摯に取り組んでいると信じていますが、今回のような情報発信が起こってしまったのは残念です」(坂井さん)

「献体することをやめた」 「献体したくない」

そのような表明がSNS上でなされていることも、坂井さんは深刻に受け止めている。

「献体したくないというお気持ちを持たれて、献体の登録者が大学にやめたいと申し出ることがあるかもしれません。我々も大学も、献体者に納得できる説明を尽くす必要があります」

近年安定していた献体数が、一部地域や大学で足りなくて苦労しているという声が聞こえているそうだ。

●日常ではないことを忘れてはいけない

坂井さんは、遺体の解剖について定めた「死体解剖保存法」において、最も重要なことが書かれているのは、20条だと指摘する。

〈死体の解剖を行い、又はその全部若しくは一部を保存する者は、死体の取扱に当つては、特に礼意を失わないように注意しなければならない〉(同20条)

「『礼意を失わない』と漠然とした表現であっても、ここが重要です。この条文の実現のために、遺体の解剖は教育・研究目的にあり、解剖できる資格者と、解剖は医学に関する大学の特別な部屋でしなければならないとするなど、ほかの条文の規定が設けられていると考えます」

24歳から65歳まで、解剖学の研究にあたってきた坂井さんは、これまで1000〜1200の遺体と向き合ってきたという。

「ご遺体の解剖に習熟する中で、最も恐ろしいことは、それが非日常的なものであるという感覚を失うことです。日常的な感覚とは違うことだと絶えず思い出さなければいけません」

解剖学の授業では、学生たちが手付かずの遺体に出会う。

「何十年かの人生を歩んできた人の身体をメスで切り開きながら、人体の構造を探していく。どこかで人間を感じさせないものになっていく。それでも、学生たちはそのご遺体を単なる物体とは思っていません。授業の初日に、ご遺体と向き合い、解剖学の対象になる解剖体へと変えていったのは自分自身ですから。このことを医療者は忘れてはいけません」

【献体前でピース写真、ブログ公開の美容外科医に「免許剥奪」求める声、SNSで大反発…厚労省の見解は】 https://www.bengo4.com/c_18/n_18269/

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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