ブルーシートで囲ってプライバシーが守られる駐車場「ラブパーキング(ラブP)」は2022年8月、熊本県の山中に誕生した。
「山だから思い切り声が出せます」「少子化対策の一助になれば光栄です」
思わせぶりなコンセプトをアピールした張り紙がSNSで取り上げられるや、話題の珍スポットとして脚光を浴びた。
あれからもうすぐ2年。話題先行ですでに終了しているかとも思われたが、今では規模も拡大して"営業"が続けられていた。
管理人である70代男女2人の元には、土地活用のヒントや運営ノウハウを求める人までやって来るという。
管理人がインタビューに応じている間にも、男女を乗せた車が2台、ゆっくりとラブPに吸い込まれて行った。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●地元で有名なスポット「ああ、あそこか」とタクシーの運転手
2024年の3月某日。「ブルーシートの駐車場」と運転手に伝えるだけで、タクシーは山道を登って「ラブP」に連れて来てくれた。
対応した管理人は70代の男女。「顔出しと名前はダメだけど、時間はあるから何でも聞いて」とフランクに記者を招いた。
山の上から見たラブP
ラブPが始まったのは2022年8月。男性が親の代から所有していた山奥の土地を使った。
駐車スペースを1台分ずつブルーシートで囲っただけだったが、「張り紙」がSNSにアップされると、大きな話題になり、編集部でも当時、公然わいせつ罪に問われる可能性はないのか、弁護士の視点から検討する記事を出した。
・カーセックスやり放題か…熊本の山奥に爆誕した「ラブパーキング」、ブルーシートで仕切れば「公然わいせつ」は成立しない?(2022年8月26日公開)
https://www.bengo4.com/c_1009/n_14897/
正直、一過性のものと思われた「新サービス」だったが、意外や丸2年をそろそろ迎えようとしていたのだった。駐車できる台数も4台から10台に増えていた。
現金1000円を管理人室のポストに前払いすれば、12時間使い放題。時間内なら出入りは自由だ。
●ラブPに入って行く男女のカップルたち
男性はラブPについて「趣味や暇つぶし。仕事じゃないし、事業じゃない」「駐車場に囲いがあるだけ。あとは自由に使ってください。そういう趣旨のものです」と説明する。
「空き地にしていた土地を駐車場にするとしても、わざわざこんなところ(JR上熊本駅から車で15分程度の山の中)に借りに来ないから、どうせなら囲っちゃおう。そしたら若い子が来てくれるかなと。熊本空港の近くにもカップルの車がたくさんあるのよ」(女性)
管理人の男性(右)と女性
命名したのは女性だ。
「ハートとPでしょ。駐車場(P)で仲良くしよっかという感じ。愛し合えばいいね」
SNSで話題になってから、たくさんの「冷やかし」「見学」がやって来たが、最近は落ち着いたもので、どうやら常連さんもいるらしい。
約1時間の取材中、2台の車がラブPに入ってきた。「どっちかしら。見学かも。あら、入ったわ」(女性)。
1台は20代のカップルと見られる男女。後から来た1台は50〜60代のスマートな見た目の男性と助手席の女性。女性は40〜50代に見える。
2組とも男性がポストにお金を入れて、駐車場に戻り、ブルーシートを閉めた。太陽はまだ明るい。
利用台数は1日に1〜2台くらいで、1カ月にしても売り上げは3万円に過ぎないそうだ。
「山の土地は固定資産税がほぼかからない。地目としては農地扱いです。必要なのはブルーシートとフレームだけど、フレームは自分の山から切ってきた竹。無料です」(男性)
とはいえ、駐車場や管理人室には電気も引いており、そもそも男性が寝泊まりしている管理人室(コンテナ)は50万円したという。人件費を無視すれば、2年間でようやく初期投資を回収できる計算だ。
ブルーシートを閉める男性
●「弟子入り」志願の若者が山形から熊本へ
山から絶え間なく落ちてくる葉っぱの掃除や、お金の回収などの手間を考えれば、「商売として儲からないから、金稼ぎとしては全然おすすめできません。飯は食えないね」と苦笑する。
「これをやりたいと思う人はたくさんいる。でも、少し考えて儲からないと判断してやめる。こういう形態の駐車場は日本では初めてのようですよね」(男性)
あえて「やる」判断に舵を切った酔狂なラブPのノウハウを求めて、無駄に遊ばせている土地の活用のヒントになるのではないかと現地を訪れる人がいるそうだ。
「最近も山形から20代の若者が来て、自分でやってみたいから是非教えてほしいと頭を下げられた。でも、私たちは年金をもらっているし、生活手段は別にあります。おじいちゃんとおばあちゃんの小遣い稼ぎで、ラブPだけで食べるのは難しいと伝えました」(男性)
この道沿いにラブPがある
利用したタクシーの女性運転手から「こういう場所がないから助かります」と感謝されたこともあったそうだ。何が求められるのかはわからない。
●急にやってきた熊本県警も「問題あり」とは言わなかった。
ラブPに法的な問題はないのだろうか。編集部でも公然わいせつの成立について検討してみたが、男性は「法的には問題ない」と説明する。
「法律の条文を見てみると、公然わいせつはつまり、人が見てる前でしたらいかんのですよね。ここはブルーシートで囲ってるのだから関係ない。それに、道端の空き地とかでもなく、個人の所有地だから関係ない」
ラブPに入庫した車側の視点
開業から数カ月して、警察がやって来たことがあった。
「警察3人が来ました。法律には全然触れてないから、彼らは何も言えないんですよ。話題になっているから、どんな人が運営しているのか確認に来たのかな。
張り紙だけは注意されました。最初の張り紙は当時すでに剥がしていたけど、あまり刺激するようなことは書かないでくださいね、と。それからはパトカーの見回りも多くなった。
ここを空き地にしておけば、変な車が来て、ドラッグとかやられると困るじゃないですか。駐車場にして明るくしておけば、そんな問題も起きないし、警察が来てくれたほうが助かります」
現在のラブPの張り紙(左)と料金箱(右)
当初はポストの中のお金を抜かれたことが一度だけあったそうだが、そうした窃盗も今はないという。
「お客さんのプライバシーがあるから、防犯カメラを着けてません。あきらめてます」
管理人室で寝泊まりしている男性の目があることも、犯罪の温床になることを防いでいるのかもしれない。
●70代の男女2人組「夫婦じゃない」「男女の関係でもない」けど「旦那さんには内緒」
そもそも、この2人の関係が気になっていた。夫婦ではないという。
男性は管理人室で寝泊まりしているが、近くには自宅があり、家族もいる。
「これまで不動産、建築関係で働いてきて、本業はいろいろ。今はアルバイト」
女性はずっと主婦で、「この人が主宰する社交ダンスサークルで先生と生徒として知り合ったのよ。踊れるようには見えないでしょ。でも、教え方がうまいと評判なのよ」
これも教室のようなものではなく、自然と人が集まってできたサークルだといい、仲良しのメンバーで旅行するのにアルバイトしているという。
駐車イメージ(加工は編集部)
サークルのことは夫に伝えているが、この「ラブP」のことは秘密にしている。
「言ってません。言ったら、変なこと考えさせちゃうでしょ」
「男女の関係ではない」と2人が首を振る。
全国各地で、空き家や空き地が増えて社会問題となっている。もうかっていなくても、趣味で月に3万円を生み、誰かが喜ぶ「ラブP」はすごいのではないか。
素直な感想を記者が伝えたところ、男性は「生活地盤が別にあれば、何だってできますよ。ほとんどの人が生活のために時間を取られているでしょ。私らはもう関係ないから。子育ても終わって、あと何年生きられるかもわからない。最近の若い人は生活に追われて大変だよね。結婚しない人も多いし、親と住んでいれば飯も食えるしね」と返した。
女性は「なんかしているとハリが出て楽しいよ。あなたも年相応に老けちゃダメよ。趣味を持って、年齢よりも若くいなきゃ」。
急ごしらえの取材スペースで
ラブPにはインスタグラムのアカウントもあったが、すぐに更新をやめた。
「もうやめた。やったら人がもっと来てくれるのかもしれないけど、どうなんだろう」
やりたいことをやっているのだ。
●「10年続けば市民権」ラブPの未来は
「お金がかかるから難しいんだけど、山の上から水を引いてきたいんだ。シャワーがあれば夏場は特に喜ばれるでしょう。誰かカンパしてくれないかな(笑)。
トイレとシャワーがあれば、管理人室を駐車場付きの部屋として2〜3万円で貸せる。ワンルーム駐車場付きのアパートなんて5〜6万円するじゃないですか」
実現できるかはともかく、楽しそうに男性は話す。
桜も植えたいそうだ
「家族は何も言わない。せいぜいラブPは半年しか続かないだろうと思っている。最初はブームだったけど、徐々に浸透してきた。これが10年くらい続けば面白いよね。10年続けば市民権を得られるよ」(男性)
カップルの車が入るラブPの駐車場には屋根がない。きっと夜空もキレイに見えるだろう。
取材が終わると、男性はホウキで落ち葉の掃除を始めた。
2人が80代に差し掛かる頃には、ラブPはどんな形になっているのだろうか。