2019年05月09日 08時03分

「月155時間」の残業、過労死の医師が続出しても…国の責任にならない?  

下山 祐治 下山 祐治
「月155時間」の残業、過労死の医師が続出しても…国の責任にならない?  
厚生労働省(2019年2月6日、下山祐治撮影)

医師の働き方改革をめぐる厚生労働省の検討会の議論がまとまり、1カ月あまりが経った。2024年5月から、一部の勤務医や研修医には「年1860時間」(月換算で155時間)までの残業を認めるというものだ。過労死ラインの2倍近い水準で、現役医師から強い懸念が寄せられ続けている。

厚労省としては、現状はもっと長い勤務を強いられている勤務医もおり、「何もやらないよりはマシ」との考え。それに賛同する医師もおり、受けとめ方はわかれた。

とはいえ、制度として位置付けることで、病院経営者や管理監督者に「月155時間まで働かせていいんだな」との趣旨に反するメッセージを与えてしまう心配は根強い。若かりし頃の長時間労働を自慢し「武勇伝」を話したがるベテラン医師も少なくないという。

この新制度で、医師が過労死したり、心身に異常をきたしたりした場合、法的にはどのように考えられるだろうか。国の法的責任はどうか。労働問題に詳しい河村健夫弁護士に聞いた。

●「過労死ライン」の約2倍の時間

ーー今回の問題について、労働事件を多く扱う弁護士としてどう捉えていますか

「特例病院等における残業時間の上限とされた年1860時間は、労働事件を扱う弁護士からすると『ありえない』としか言いようがありません。

過労死ラインとされる月80〜100時間の約2倍の時間ですし、医師の業務が他の仕事に比べて肉体的・精神的に楽な業務でないことは明らかで、他業務では認められない極めて長時間の残業を許容する理由が存在しないからです」

ーー「何もやらないよりはマシ」との受けとめも一部の医師にはあるようです

「厚労省が上限時間の根拠としたのは、医師のうち約1割が年1920時間以上残業しているデータとされます。医師の中には『野放しになっていた医師の長時間労働にメスが入るのは歓迎』旨の議論もあるようで、長時間労働に喘ぎ、自死等を考える医師が3.6%も存在するとのデータもあるようです。

しかし、医師の要員不足という医師養成政策の欠陥のツケを現場で働く医師の長時間労働で払わせるという方法論は誤っています。

地域医療が崩壊するリスクがあるから医師の長時間労働もやむなしという考え方ではなく、医師の長時間労働を防止するための地域医療のあり方を検討すべきでしょう」

ーーこの制度のもと医師が過労死した場合、その法的責任はどうなると考えられますか

「この制度下で、一般労働者の残業上限時間である年960時間を超えてはいるが特例病院の残業上限時間である年1860時間以内で勤務していた医師が心身を害したり生命を失った場合に、一般の労働者に比べて不利益を被る可能性は否定できません」

●過労の末、医師が敗訴する可能性も

ーーどういうことでしょうか

「労災との関係では、長時間労働による心身への過重負荷は医師の業務だろうが他職種の業務だろうが変わりはなく、特例病院の認定を得ていようが、過労死ラインを超えて働かせている以上は労災認定されるものと考えられます。

ですが、労災給付で支給される金額は、心身を害したことによる損害の100%をカバーする訳ではありませんから、不足する分は勤務先に民事訴訟で請求することになります。

この請求が認められるには、勤務先が『安全配慮義務』を怠っていたことが必要ですが、勤務先は当然『特例病院の認定を受けており、国の定める基準に従い医師の健康に配慮していた。安全配慮義務の違反はない』と主張するでしょう。

この場合に裁判所が安全配慮義務違反を認定するかは判然とせず、場合によっては医師が敗訴することも出てくるでしょう」

ーーこうした制度を作った政府への国賠訴訟も考えられますか

「長時間労働で心身を害した医師や過労死した場合の遺族としては、このような制度を作った国に賠償請求することも考えられますが、勝訴は難しいでしょう。

日本の裁判所は立法裁量や行政裁量を極めて広く、時に安易に認めており、医師不足の現状を踏まえ制度設計を行った以上、年1860時間という設定は裁量の範囲内とされる可能性が極めて高いからです。

過重労働による犠牲者を出さないためには、医師の増員を図りつつ、原則に立ち返って可能な限り年960時間に近づけた残業規制を設けることが必要でしょう」

(弁護士ドットコムニュース)

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河村 健夫(かわむら・たけお)弁護士
東京大学卒。弁護士経験17年。鉄建公団訴訟(JR採用差別事件)といった大型勝訴案件から個人の解雇案件まで労働事件を広く手がける。社会福祉士と共同で事務所を運営し「カウンセリングできる法律事務所」を目指す。大正大学講師(福祉法学)。
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