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暴言辞任の明石市長、「擁護論」から見る「パワハラ」問題の難しさ
画像はイメージです(zon / PIXTA)

暴言辞任の明石市長、「擁護論」から見る「パワハラ」問題の難しさ

道路用地買収をめぐり、職員に向かって「(家に)火付けてこい」など発言し、2月2日に辞職した、泉房穂・前明石市長。当初はパワハラとの非難もあったが、途中から擁護論も増えた。

流れを変えたのは、神戸新聞による発言内容の詳報。用地買収は死亡事故もあった道路の拡幅を目的としたもので「市民の安全のため」の発言だったことなどから、擁護の声があがった。

●労政審で語られた中小企業の不安

パワハラをめぐっては、労働政策審議会(労政審)の部会で議論された結果、企業に防止措置が義務づけられることが決まっている。通常国会で法案が提出される見込みだ。

一方で、この労政審では企業側の代表から、指導との区別が難しいなど、措置義務化への反発・不安の声も多く聞かれた。

使用者側で労働法の相談を多く受ける、今井俊裕弁護士は「パワハラについての社会的な認識が、時代とともに変化している」ことに不安の一因があると分析する。

「ハラスメントと呼ばれるからには、それが執拗に繰り返されることも性質上は前提とされていると思います。しかし昨今は、たった一回の叱責などでも、パワハラと非難されることもあるようです」(今井弁護士)

●「要は人と人との問題」という難しさ

労政審の中で、厚労省はパワハラについて(1)優越的な関係、(2)業務の適正な範囲外、(3)身体的もしくは精神的な苦痛、または就業環境の侵害、のすべてを満たすものと整理している。

図表

しかし、「苦痛」などは個人差が大きい部分だ。

「要は人と人との問題です。上司から怒られたとき、ある部下はパワハラと認識するかもしれませんが、信頼関係、尊敬関係などがあれば、別の部下にとっては愛情ある叱責であり、パワハラとは認識しないこともあろうかと思います」

こうした曖昧さのある中、委縮して部下を指導しづらくなるのではないかという声が、特に中小企業の関係者から上がっている。

「勤務態度などに問題がある社員に対し、改善のために指導し、反省と自覚を促し、ときには理屈で説明するなどの行為までもが、パワハラとして違法視される可能性があるならば、社内における業務上の指導などができなくなってしまうという懸念があるようです」

●目的が望ましければ許容されるのか?

今回の元明石市長の発言では「火付けてこい」のほか、「お前が金積め」「辞めるだけですまんで、金出せ金も」など、強い言葉もあった。

また、神戸新聞next(1月29日)には、「自分の思い通りにならないと、声を荒らげ、叱責された職員も多い」との市幹部の言葉が掲載されており、以前から部下に厳しく当たることがあったと推認される。

「『火を付けろ』なんて言動はおよそ許されることではないでしょう。ましてや市長が…」と今井弁護士は言う。

一方で、目的が望ましいものであれば、許容されるかのような擁護論が展開されていることは、パワハラ問題の難しさを改めて浮き彫りにしているようにも思える。

「法律上の問題とは、人間社会で生まれる人と人との認識の行き違いです。ある見方からすればパワハラでも、別の見方からはそうではない、と擁護することは大いにあり得るところです」

パワハラをなくしていく過程では、パワハラの当事者だけでなく、周囲の認識も問題になってくると言うことだろう。

パワハラの防止措置が義務化される見通しだが、今井弁護士は次のように指摘する。

「仮に条項を制定しても、その条文化された規律にどこまで実効性があるのか、遵守しているとはどういう状況を指すのか、難しい問題をはらむと思います」

すでに措置義務があるセクハラについては被害がなくなっていない。むしろ、措置義務化をスタートラインとして、より議論を深めていく必要がありそうだ。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

今井 俊裕
今井 俊裕(いまい としひろ)弁護士 今井法律事務所
1999年弁護士登録。労働(使用者側)、会社法、不動産関連事件の取扱い多数。具体的かつ戦略的な方針提示がモットー。行政における、開発審査会の委員、感染症診査協議会の委員を歴任。

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