客からの迷惑行為などの「カスタマーハラスメント」(カスハラ)が深刻な社会問題となる中、東京都などでは4月1日からカスハラ条例が施行された。
カスハラと言う言葉が生まれる前から15年以上にわたり、その対応に取り組む能勢章弁護士は、条例について「企業の動機づけになる」としつつも、「加害者への抑止効果はあまりない」と否定的な見方を示している。
そのうえで、カスハラ対策においては、行き過ぎた顧客至上主義から脱却し、組織全体で従業員を守る具体的な対策を設ける必要があると説明する。
●カスハラと判断する3つのポイント
東京都の条例は、カスハラについて「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義している。
能勢弁護士は正当なクレームとカスハラとを区別する3つのポイントとして「落ち度」「バランス」「手段」をあげて、次のように説明した。
ポイント(1)店や企業の落ち度
「もし店舗側に明確な過失がない場合、顧客がおこなうクレームは正当ではなく、カスハラと判断される可能性が高いです。
たとえば、店舗で売っていない商品に対してクレームを言うとか、顧客自身が誤って商品を壊したのにクレームを言う場合です。 そういった場合にしつこくクレームを言うことで就業環境を害するときはカスハラにあたります。」
ポイント(2)発生した問題と要求のバランス
「発生した問題の程度と顧客の要求との間でバランスがとれているかどうかで、カスハラと正当なクレームを区別できる」と能勢弁護士は説明する。
「顧客の要求が発生した問題の程度に比べて過剰な場合には、カスハラにあたる可能性があります。
具体的には、ある商品が壊れていて、仮に企業に落ち度があったとしても、壊れた商品ではなく、もっと入手困難な商品やそもそも入手が不可能な商品への交換を要求する。
これはバランスが取れていないですよね。過剰な要求と言えますから、それをしつこく要求して就業環境が害されたと言える場合にはカスハラにあたる可能性が高いです。
また、飛行機に乗っていて、親ではなく、従業員に対して『(小さい)子どもが泣いているから泣き止ませろ』というような要求についても、小さい子どもを泣き止ますのは簡単でないので過剰と言え、それをしつこく要求することで就業環境が害される場合には、カスハラにあたる可能性が高いです」
ポイント(3)手段の不当性
「暴言を吐く、受付のカウンターを蹴る、差別的な発言をする、怒鳴りつけるなど社会通念上不相当な手段が用いられた場合については、いくら店側に責任があってもカスハラにあたる可能性があるといえます」
●カスハラ条例「抑止効果は薄い」
各自治体で施行されたカスハラ条例が加害者への効果が薄いと考える理由について、能勢弁護士は次のように語った。
「カスハラ加害者の特徴として、独自の正義観を持っていて、それが軸として揺るがないというものがあります。いくら合理的に説得しても考えを改めることはありません。
そのため、自分の行為を正当なクレームだと固く信じています。そういう人はまさか自分の行為がカスハラにあたるとは思っておらず、いくら条例でカスハラが許されないとされていても、抑止効果はあまりないと言えるでしょう」
このことは弁護士ドットコムが今年1月に会員800人を対象におこなったアンケートでも裏付けられる。
カスハラをしたことがあると答えた81人に動機を複数回答可で尋ねたのだが、6割にあたる49人が「正当な批評・論評であると思ったから」と回答している。
●組織的に従業員を守る姿勢が重要なカスハラ対策
能勢弁護士はカスハラがセクハラやパワハラと同様に「ハラスメント」と扱われている以上、「組織として対応することによってハラスメントの原因を除去することが重要だ」と指摘する。
「セクハラやパワハラが起きたとき、企業としては、人事異動などを通じて、加害者と被害者の物理的に引き離すことをおこなうと思います。カスハラ対策でも同様に店から出て行ってもらうなどの物理的な隔離が必要になります。
ハラスメントの原因を除去するためには、加害者を顧客扱いすることはできず、従業員の安全を確保することを最優先にしなければならないのです」
また、カスハラ加害者は「アルバイトなどの言いやすい相手を選ぶという特徴がある」と説明したうえで「組織として、どのように従業員を守るか」に力点を置いた対策が必要だと強調する。
「さまざまな企業がカスハラに対する基本方針をホームページに載せていますが、そこには大体『毅然とした対応をとる』と書かれています。
口で言うのは簡単ですが、時には怒鳴ってくるような客に対して、アルバイトの人が『退店してください』と言うなどの毅然とした対応をおこなわなければなりません。これはなかなか難しいと思います。
企業が対策を講じる際には、実際にカスハラ被害が発生したときに、どういう手順で動いて、どう言うふうに従業員を守るのかというのを具体的に示さなければいけません。
さらにそれらの対応策が実質的に機能しているかを確認する仕組みづくりも必要だと思います」