性犯罪の被害を受けた子どもの親が、加害行為に及んだ男性の足取りを「服役後」も追いかけようとしている。
未成年のころから性犯罪事件を起こし、保護観察処分を受けていた加害者の男性は、犬の散歩中に声をかける「グルーミング(性的てなずけ)」の手口で性犯罪を繰り返し、実刑判決を受けて懲役刑に服している。
被害者の親は「裁判のなかで加害者の子どもへの執着に恐怖を感じました。刑務所を出てからも再犯のおそれがあります」と懸念する。収容中に面会したところ、加害者の男性が出所後に名前を変えて生活しようとしていることがわかったため、GPSデバイスの装着などを望んでいる。
この親は、犯罪者にも守られるべき人権があることを踏まえつつも「子どもを狙った性犯罪については、未成年のころの事件であっても、加害者の名前などの情報を適切に公開するべき」とうったえる。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●子どもと口腔性交、尿を飲み、お尻に…家族の知らぬ間に
取材に応じたのは、東海地方に住む谷崎聖子さん(仮名)。
2021年、当時小学校低学年だった息子のAくんが、近くに住む男性(当時17歳)から口腔性交などの被害にあった。
谷崎さん家族は、Aくんの被害にまったく気付かなかったが、男性が2024年春、別の10代女性・B子さんに対する不同意わいせつの疑いで逮捕された事件を通じて明らかになった。
谷崎さんによれば、B子さんもまた年端もいかない小学生だったという。
判決文や取調べの調書によると、同様の事件で前歴があり、2020年に保護観察処分を受けていた男性は、警察から余罪を追及された。最初は否定していたが、Aくんへの行為を打ち明けたのだった。
「保育」の勉強をしているという当時高校生の男性に好感をもって受け入れた谷崎さん家族。男性の親ともやりとりをする中で、互いの自宅に寝泊まりするようになった。
家族にとって、男性は、一緒に遊んでくれるだけではなく、時には癇癪を起こすAくんを適切な態度で叱ってくれる「優しくて頼れるお兄さん」だった。
谷崎さんの息子Aくん(左)/性加害をくわえた男性
それだけに、被害を知らされた当初は、「彼がわいせつな行為をしてしまったのは、息子と近づけてしまったせいではないか」とかばうような言動さえしたことがある。
あとで明らかになることだが、知り合った数カ月後には、それぞれの自宅で、Aくんに口腔性交をさせあったり、ときにはAくんの尿を飲んだりしていた。お尻に指を入れたことも警察に供述している。
成人向け動画を見せてから、わいせつ行為を終えたあとで、口に指を当てて「シー」と口止めをすることもあった。
裁判所は2024年12月、AくんとB子さんに対する強制性交等罪と不同意わいせつの罪で懲役4年6カ月(求刑:懲役6年)の有罪判決を言い渡した。この判決は確定している。
判決で裁判長は「犬の散歩を通じて知り合ったAくんに、性的に未熟であることにつけ込んで犯行に及んでおり、卑劣かつ悪質」としたうえで常習性は顕著だと指摘した。
●「口腔性交など受け入れなければ、ゲームをやらせない」
この刑事裁判の中で、少なくとも4人の子どもたちが性被害を受けたことが明らかになった。
そのほとんどで「犬の散歩」が年少者との接点となっており、男性の犯行手法が洗練され、確立されていったと谷崎さんは考えている。
男性は、Aくんに対する犯行を供述したが、それ以外の客観的証拠は乏しかった。
「B子さんへの犯行も、内容はひどいものでした。しかし、B子さんへの不同意わいせつ罪だけ認められても、執行猶予がついてすぐに解放された可能性がありました」
自分の考えをうまく伝えることが苦手なAくんだったが、面接を担当した検察官に、被害の詳細だけでなく「性的な行為を受け入れなければ、好きなゲームをやらせない」と言われていたことや口止めされていたことまで打ち明けることができた。
「面接では息子が頑張ってくれたと思います。性被害事件では、恥ずかしいことだとわかると、どうしても打ち明けられない子どもも半数くらいいるそうです」(谷崎さん)
今回の事件は、男性が未成年のころから犯罪に及んでいることも特徴だ。
保護観察処分を通じて、男性には、母親による管理監督と「異性や子どもの身辺につきまとわない」という特別遵守項目が約束されていたはずだった。
しかし、実際には、母親は男性とAくんが互いの家を行き来することを承認していた。
母親は「男の子だから大丈夫っていう私の判断であいまいにさせた」「親として監視してなかった部分があった」と法廷で語っている。
男同士の性的行為の存在を知ったきっかけは、母親が持っていたBL(ボーイズラブ)書籍だったと男性は供述した。
●「次の事件を防ぐ」裁判を起こして男性の足跡を追跡することを決めた
谷崎さんは、男性とその母親に損害賠償(慰謝料)を請求している。
男性に対しては、刑事事件の判決後に同じ裁判所が審理する「損害賠償命令制度」の手続きを利用した。刑事事件の判決から数カ月後には、請求通りに300万円の賠償を命じる判決が言い渡された。
男性の監督をまっとうしなかった責任があるとして、母親も裁判で訴えている。
谷崎さん
谷崎さんは、性犯罪事件の被害者家族になるという悲しい体験をしたことで「被害者が守られて、次の罪を防ぐためにはどうしたら良いか考え続けています」と話す。
谷崎さんと男性の自宅近辺には、幼い女の子がいる家庭もあった。「もし出所後に近所でも何かあったらいたたまれない」との思いを抱える。
裁判を起こしたのは、犯した罪の責任を金銭をもって償わせようとするだけでなく、相手の情報をある程度追跡する狙いもある。
谷崎さんは、刑事裁判の判決後、収容中の拘置所で、男性と2度にわたって面会した。
裁判の中で「出所後に名前を変える」という話が出てきたことで、その真意を確認すること。そして、責任を持って慰謝料を支払う覚悟があるのか確認することが目的だった。
男性は、母親のもとを離れ、地元を出て、名前を変えて暮らそうとしていると素直に語ったという。
男性の親族の存在や、出所後の行方にあらかた見当がつくようになり、面会にはメリットがあったと谷崎さんは話す。
「面識のない相手に襲われるような事件だったら、こわくて面会にいけなかったと思います。家族関係まで知っていたので、会うことにこわさはありませんでした」
●性犯罪者を追いかける「出所したあと、子どもとつながる手段はいくらでもある」
自分のことを知らない土地で、名前を変えて生活する男性に、再犯の可能性を強く感じた谷崎さんは、賠償を求めて、支払いがされるまで追いかけ続けるというやり方を選択した。
損害賠償命令制度の強制執行に必要な場合は、相手の住民票も請求可能だ。
また「被害者通知制度」を使って、出所後の男性のだいたいの居場所を知ることもできる。
現行の懲役刑(および禁錮刑)が廃止され、今年6月からは「拘禁刑」に一元化される。「懲らしめ」から「立ち直りの更生」に向かって刑罰は大きく変わろうとしているところだ。
一方で、教育現場など子どもと接する仕事に就く人に、性犯罪歴がないかを確認(照会)する制度「日本版DBS」が来年にも始まる。こども家庭庁は導入に向けて、年内のガイドライン策定を目指す。
罪を犯した人に対する支援と規制のバランスをどう考えればよいのか。
谷崎さんは、照会の範囲が事業者で限定される日本版DBSの不完全さを指摘する。
「男性は『歌い手』として音楽配信アプリでフォロワーを相手に活動していました。学校や保育園に限らず、子どもとつながる機会はいくらでもあります」と眉をひそめる。
●「性犯罪者の名前や住所は公開してほしい」表に出にくい少年間の性犯罪事件
再犯率の高さが指摘される性犯罪者の更生は課題であり、刑務所での矯正プログラムも実施されている。
とはいえ、すでに被害にあってしまった谷崎さんは、元受刑者の自制に頼るようなやり方では不十分だと強調し、新たな被害を防ぐため、次のような取り組みを進めてほしいと語る。
「服役中と出所後の矯正プログラムの実施だけでなく、出所後にはGPS(全地球測位システム)デバイスを装着させるほか、必要に応じて氏名と住所を公開することも必要だと考えます。被害者支援も広がってきていますが、あまりに加害者の保護が厚いと感じます」
そして、性的な知識のない未熟な年少者に対する性犯罪は、加害者が未成年だとしても、実名で報道してほしいとメディアにも要望する。
「青少年の未来もあるし、加害者の更生も重要。しかし、子ども同士だったとしても、年齢差のある相手の性犯罪は危険です。息子と男性の年齢差も10歳以上ありました。子をもつ親としては犯罪者の名前を公開してほしい。
公開してくれたら、息子もほかの子も被害にあわなかったかもしれません。子ども相手の性犯罪は実名で報じてください。未来の犯罪者を減らすことになるとも思います」
被害者支援の活動に取り組む弁護士は「未成年から性加害を受けた人や家族のやりきれなさは、医療や福祉の支援が必要で責任能力を問われなかった人の事件に巻き込まれた被害者と同じものがある」と指摘する。
●子どもの性被害が最多、少年による性犯罪も増加
警察庁は今年3月の発表で、2024年の1年間、18歳未満の子どもが被害にあった不同意性交等罪や児童買春など性犯罪の検挙事件が4850件にのぼり、過去10年間で最多となったことを明らかにした。
20歳未満の少年の刑法犯検挙人員の数は、不同意性交等罪(2024年は286人)も含めて総体的に増加している。
子どもが性被害者になった谷崎さんは、子どもを守る制度が不十分であるがゆえに、本当であれば関わり合いたくない性犯罪者を追いかけ続け、社会の次なる被害を防ごうとしている。
このような苦労は本来、被害者が背負うべきものなのだろうか。
谷崎さんが警察と検察から提供をうけた犯罪被害者家族が読む手引き
収容されていた男性は、アクリル板の向こうにいる谷崎さんに頭を下げたという。
「私たち親に対する申し訳なさを感じました。ただ、Aには『愛情があった』と言っていたので、息子には申し訳ないと思っているか、わかりません」
「拘置所で同じ部屋になった人からマグロ漁船の仕事を紹介してもらえる」と現実味のない話をした男性は、谷崎さんをあきれさせた。
2度の面会では、情報を聞き出すため、努めてフレンドリーに振る舞ったが、「心の底では、クソ野郎という言葉を浴びせて、殴りたかった」と振り返った。
おりしも、今年4月には、地図上に性犯罪が起きた地点をマッピングしてウェブ上で公開した「性犯罪マップ」の運営者に対して、個人情報保護委員会が行政指導を行った。
マップの公開は停止された。
個人情報保護委員会は「性犯罪の加害者として報道された者に対する不当な差別が、不特定多数の者によって誘発されるおそれがある」と指摘する。