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「馬鹿野郎」電話に切電OK、悪質クレーマーから従業員守る 首都高が挑んだ“カスハラ”対策の最前線
首都高が走るレインボーブリッジ(写真提供:首都高速道路株式会社)

「馬鹿野郎」電話に切電OK、悪質クレーマーから従業員守る 首都高が挑んだ“カスハラ”対策の最前線

「馬鹿野郎」「わかってるかおまえ」「なんの役にも立たねえ」──。電話の向こうから放たれる過激な言葉は、従業員をすりへらす「カスタマーハラスメント」だ。

年間約63万件もの電話に対応する首都高速道路は2023年5月から、カスハラ客の電話を切る「切電マニュアル」をお客さまセンターに導入し、カスハラに毅然と向き合ってきた。

そうした対策を公表したことが功を奏したのか、現在まで約2年の間に切電の実施はわずか33件にとどまる。

東京都では従業員をカスハラから守る義務を事業者に課す条例を4月に始めたばかりだ。首都高はクレーマーへの法的措置を通じて、従業員を守る姿勢を明確にしてきた。担当者は「社会にカスハラはいけないこと」との意識が広がりつつあると指摘する。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)

●切電がもたらした心理的安心

「年間63万件の問い合わせのうち、約2年間で切電したのはわずか33件です。それでも現場の安心感は大きい」

首都高のサステナビリティ推進企画課長の恩田和典さんは、2023年5月から導入した「切電マニュアル」の成果があったと感じている。

画像タイトル 首都高の恩田和典さん

これは、30分以上同じ主張を繰り返す、不当な要求、威圧的な発言・口調などの場合に、相手に伝えたうえで電話を切るというものだ。

首都高では2024年10月に「22件」の切電実施(23年5月〜8月)を公表。カスハラへの厳しい姿勢も明確に打ち出した。

公表後、切電の実施累計数は33件(今年3月まで)にとどまる。恩田さんは「カスハラの数は減っている」との印象を持つ。

音声認識システムもオペレーターを支える。通話内容をテキスト化して、暴言や10分以上の長時間通話が続くと、アラートが発せられ、上長も内容を把握できるようになった。これで組織として迅速な支援や対応が可能になった。

「このような具体的な対策だけではなく、電話を切る基準が明確化され、最終的に電話を切ってもよい、切ってトラブルが起きたら会社が責任を持つという判断が共有されて、これまで電話を切れなかったオペレーターのストレスを軽減させているようです」

●東京都条例に先行──「クレーマーに対する有罪判決を得た」という自信

首都高は公的なライフラインとしての役割も果たすべき組織だ。どれだけ悪質なクレーマーでも、カスハラ電話は切電すれど「着信拒否」はしない。

以前は問い合わせには絶対に対応すべきという重圧があったが、数年前に悪質なヘビークレーマーに法的措置をとったことで風向きがわかった。

首都高によると、主に「工事渋滞予測が外れた」というクレームが2012年ころから入るようになった。この人物の連絡は2019年に高頻度となり、社員が精神的に追い込まれた。首都高は同年11月、威力業務妨害罪の被害届を警視庁に提出。

東京地裁は2021年3月5日、クレーマー(運送業者)に対して脅迫罪と威力業務妨害罪で懲役1年6カ月(執行猶予3年)の有罪判決を言い渡したという。

「社会が社会だったら殺されるよ。まだ良かったよ、カタギの人間の世界にずっといたら、あんたはさ」 「腹切るなら、首はねてやるって」 「首つるなら、足引っ張りに行ってやる」 「ビルから飛ぶって言うんだったら、背中を押して靴揃えるくらいしてやる」

クレーマーは2019年8月30日に5回114分間にわたった通話で、このような脅迫を繰り返した。裁判では起訴事実を認めて「カッとなってしまった」などと述べたという。

画像タイトル お客さまセンターの写真(2022年9月12日撮影/首都高提供)

「本当にクレームに苦しんだ社員がいました。クレーマーは刑事裁判で有罪判決が確定しています。だからこそ、会社としても『切っていい』と自信を持って言えるようになったのです」

従業員をカスハラから守るための対策を事業者に義務付ける「カスハラ防止条例」が2025年4月から東京都で施行されたが、首都高では「付け焼き刃ではない対応をしている」と自負する。

●社会全体で広がる「NOカスハラ」の意識

これから人の移動が活発化するゴールデンウィーク(大型連休)が始まる。実は首都高では休日より平日の利用が多く、大型連休中の渋滞は少ない傾向にある。

大型連休で通常渋滞しやすいNEXCO東日本(東日本高速道路)などの道路事業者、JRなどの鉄道事業者には影響が及ぶ可能性も考えられる。

恩田さんは、他の道路事業者や企業の取り組みにも注目し、カスハラ対策の良い事例があれば積極的に導入していきたいとしている。逆に首都高の取り組みも取り入れるべきところは取り入れてもらって、「業界全体で安心して働ける環境づくり」を目指す。

「メディアがカスハラの問題を取り上げたこともあり、『カスハラはいけない』という意識が社会に広がりつつあるのではないでしょうか」

一方、恩田さんは「感覚的な印象」としながらも、電話を受け取ったオペレーターが女性職員であるほどカスハラを受けやすく、顧客の性別は明言できないものの男性によるものが多いと指摘した。カスハラの背景にはジェンダーの問題もありえそうだ。

画像タイトル 首都高の夕景(首都高提供)

●「クレーム=すべてカスハラ」ではないことに注意

社会に先んじてカスハラの問題に取り組んできた首都高だが、これからの社会の流れとしては、すべてのクレーム=悪、クレーム=カスハラと拡大解釈される危険性も感じている。

「なんでもかんでも苦情やクレームがカスハラと捉えられると、良いことだけではありません。苦情やクレームには正当なうったえも含まれ、お客さまの声にはしっかり応えなければいけません。ただ、クレームを入れるにしても、節度ある言い方で伝えることは必要だと思います」

首都高の「切っていい」という文化は、サービス業界全体の労働環境見直しにつながるかもしれない。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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