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保護者の過剰クレームに疲弊する保育士たち、労働環境の改善には「専門家と連携を」公務員弁護士が提唱
春日井市立の保育園園長を対象とした研修。講師をつとめる吉永弁護士(9月6日・提供写真)

保護者の過剰クレームに疲弊する保育士たち、労働環境の改善には「専門家と連携を」公務員弁護士が提唱

「何日も洗濯されていない服を園児が着ています」 「宗教上の理由で園児のクリスマス会への出席を拒否されたらどうしたらいいのでしょう」

保育園では、子どもが転んでスリ傷を作るようなトラブルだけでなく、保護者や近隣住民などを相手にさまざまな問題が起こる。

学校現場では、学校や教育委員会が法的なアドバイスや問題解決を弁護士に相談できる「スクールロイヤー」制度があるが、保育園では同様のサポート制度は確立されていない。

愛知県春日井市が市立保育園にアンケート調査をしたところ、保育園をめぐるトラブルについて、多くの質問が寄せられた。

調査を実施した市の弁護士職員は、労働環境に多くの課題を抱える保育園において「法的側面からのサポート」や「保育士が抱えがちな問題を専門家に振り分ける」といった「チーム保育園」というべき体制がもとめられていると指摘する。

●法的な見地からのアドバイスが保育園の後ろ盾に

アンケートを担当したのは、弁護士資格を持ち、春日井市の常勤職員としてはたらく吉永公平弁護士だ。

2020年から2021年にかけて、すべての春日井市立保育園の園長・主任保育士を対象として「弁護士に聞きたいこと」のアンケートをとり、さらに保育園を訪問して園長から直接ヒアリングした。

画像タイトル 吉永公平弁護士(本人提供)

保育士から寄せられた問いの一つ一つに対して、法的な問題の検討をしたうえで、対応にあたっての考え方をハンドブックにまとめ、園に配布した。ハンドブックをベースとした書籍も出版した。

保育士は園の内外で頻繁に発生するトラブルに対応し、保護者や近隣住民からのクレームへの対応に追われる。

どれだけ注意を払おうとも、小さな子どもが転倒やケンカによってケガをすることも少なくない。「付き添いで病院に行った保育士が重要な治療方針への同意をしてもよいものか」などの質問があった。

ケガの程度にもよるが、軽傷ならば、園でケガをした園児を必ずしも病院に連れていく必要や義務はなく、園の人手が手薄になるというデメリットもあると吉永弁護士は言う。

「未成年者の医療同意(民法)は原則として保護者がするもので、保育士がするべきでなく、同意しても法的に無効になる。病院に連れて行く場合でも、緊急時以外は、まずは電話で保護者に判断をあおぐべきです。緊急時で保護者に連絡がつかない場合には、治療方針を決定する権限は保育士ではなく医師にあります。

園内でのケガはすべて園の責任と考えている保育士も中にはいますし、病院に連れて行く必要はないと理解していても、『なぜ病院に連れて行かなかったのか』と保護者から責められ、苦しい思いをしている方もいます。

保護者や近隣住民からのクレームや謝罪をもとめられたときの対応に苦慮している園も少なくなく、法的責任と道義的責任をあまり区別しておらず、過剰に責任を感じてしまう方が少なくないのが実情です」

園へのアドバイスを通じて、問題が起きたときに、園が受け止めるべき問題なのか、それとも市の保育課(私立園なら本部)が対応すべきか、線引きに困っている保育士が多いことを強く感じたという。

「送迎のために路上駐車がひどいと近隣からクレームがあれば、保育園としては車での送迎を禁止する権限はなく、保護者に「路上駐車を送迎をしないでほしい」とお願いするしかありません。抜本的な解決ができないとなれば、問題の検討は市がすべきです。

これらの点の整理を示し、保育士の心理的な負担を軽減させることも、弁護士の役割の一つであるといえます」

●なんでもかんでも「保育士だけが頑張る」のでは立ち行かなくなる

さらに、保育園の本来の役目である「保育」に保育士が打ち込める環境をつくるには、ほかの専門家と連携し、「チーム保育園」を形成する方向が望ましいと吉永弁護士は考える。

「メンタルの不調な保護者が、生活上の悩みを長時間話し、保育士の業務に支障が生じることがあります。学校であれば、スクールソーシャルワーカーなど福祉の専門家につなげることも可能ですが、保育園ではそのような人材の配置がかなり少ないため、保育士がかわりに一定のソーシャルワークをせざるをえません。

特に、保育園は福祉施設であり、園児のみならず保護者にも寄り添うことが大切であるという意識が保育士には強いです。しかし、適切な保育こそが園の一番重要な福祉サービスであり、それ以上の複雑な問題は関係機関や専門家に繋ぐことで、保育士の負担を軽減し、保護者にとっても助けになります」

画像タイトル 写真はイメージ(IYO / PIXTA)

吉永弁護士は市の職員として働きながら学校法務にかかわり、スクールソーシャルワーカーとの協働などを経験し、関係機関・専門家との連携の重要性を感じていたため、保育士ではない立場から保育園に意見を伝えてきた。

保育園での労働環境をめぐり、保育士の人手不足が社会問題となっている。収入の低さだけでなく、長時間労働や責任の重さといった原因が指摘されるところだ。

「相談事例のQ&Aだけでは複雑な問題に保育士が対応できるとは思っていません。イジメなど重大な問題が発生しやすい学校現場でスクールロイヤー制度が先んじて作られましたが、保育園においても『ナーサリースクールロイヤー』を設置したり、他の専門職との連携による『チーム保育園』を構築することは、保育士の労働環境改善の一助になると思います」

プロフィール

吉永 公平
吉永 公平(よしなが こうへい)弁護士
名古屋大学法学部卒業、名古屋大学法科大学院修了後、2012年弁護士登録。法律事務所にて勤務した後、2014年春日井市入庁。現在、総務部参事。職員からの法律相談や職員研修、庁内報の発行、学校の生徒への法教育等を主な業務としている。著作に『ズバッと解決! 保育者のリアルなお悩み200』(ぎょうせい)。中京大学総合政策学部(地方自治法)・名古屋学院大学法学部(情報法)非常勤講師や、他の自治体や劇場・病院での研修講師も務める。保育園に通う子どもを持つ父親でもある。

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