プシューと勢いよく音をたてて開いたコーラのキャップ。ペットボトルからは泡が吹き出し、あっという間に、下にこぼれ落ちてしまい、パソコンがコーラまみれになってしまった。
東京都内のIT企業に勤務するコウタさんは、職場でコーラを買った際に、10回に1回のペースで吹き出してしまい、いつも対応に困っている。以前、床のカーペットがコーラまみれになって、一生懸命拭いたこともあるが、今度はデスク、よりによって会社貸与のパソコンにかかってしまった。
幸いなことに、ティッシュで頑張って拭き取った結果、故障する事なく、無事に使えたが、パソコンはベトベト。もう少し量が多かったら、パソコンは故障していた可能性もある。
コウタさんは「飲料メーカーのホームページをみると、『炭酸飲料は、強い振動や衝撃を受けたり中味の温度が高くなったりした場合に、噴き出すことがあります』と書いていますが、パソコンが壊れたら僕のせいなのでしょうか」と語る
パソコンが壊れた場合、コウタさんのミスだとして、修理費の個人負担や処分を受けたりする可能性はあるのだろうか。寺岡幸吉弁護士に聞いた。
●善管注意義務違反かどうか
まず、仮に損害賠償義務があるとした場合に、その賠償義務は、従業員としての義務に違反した債務不履行責任(民法415条)なのか、交通事故のような不法行為責任(民法709条他)なのかが問題となります。
今回の場合、コウタさんと会社との関係は、雇用契約(労働契約)に基づくものです。そして、雇用契約の中には、会社からの貸与品は、壊さないように注意して取り扱わなければならないという義務(法律用語では、「善良な管理者としての注意義務」、略して「善管注意義務」)も含まれていると考えられます。ですから、コウタさんが負う可能性があるのは債務不履行責任ということになります。
ところで、「善管注意義務」とは、社会で一般的に要求される、管理者としての注意義務であると言われ、自分の物を扱うよりは厳格な義務であると考えられています。
そこで、コウタさんがペットボトルのコーラをこぼしたことが善管注意義務に反するかどうかですが、一般的に、コーラのような炭酸ガスが含まれている飲料は、衝撃や熱を加えたりふたを急に開けるなどすると、炭酸ガスが急激に膨脹して吹きこぼれる可能性が高いと言えるものの、例えば、開ける前に衝撃や熱などを加えることなどをしないでゆっくりとふたを開ければ、膨脹のスピードが弱められて吹き出すことはありません。
コウタさんがコーラを飲む場合には10回に1回ほど吹き出すということですが、これは、ふたを開ける際の注意が一般の人に比べて足りないということでしょう。従って、今回の事故もコウタさんの善管注意義務違反が原因ということになりそうです。
●「損害の4分の1の賠償責任」という裁判例も
それでは、コウタさんがコーラをPCの上にこぼしてPCが壊れた場合には、コウタさんはその損害を賠償する義務があるでしょうか。これについては、次のような最高裁判例があります。
使用者(会社)が従業員の行為によって損害を負った場合でも、「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において(中略)損害の賠償」の請求ができるとしたものです(最判昭和51年7月8日)。
この事案についての説明は省きますが、結論としては、会社が被った損害の4分の1のみの請求が認められました。この判例の考え方は、実務の世界では完全に定着していると言ってよく、負担する割合についても、4分の1より少ない割合とした裁判例は沢山あり、賠償義務自体を否定した裁判例もあります。
●賠償額は低いかもしれないが、処分を受ける可能性あり
さて、そこでコウタさんの損害賠償義務について考えてみると、確かに、コーラが吹きこぼれた点については、コウタさんの不注意が原因となっている面があるでしょう。しかし、コーラに限らず会社で飲み物を飲む場合は、机のそば、すなわちPCの近くで飲むことが多いでしょうし、仕事でPCを使うこともどの業種でもよくある事柄です。
また、ノートPCのキーボード上に飲み物をこぼしたとしても、内部の基板等がショートして起動しなくなることは十分考えられますが、HDDなどの記憶媒体が壊れてデータが消失してしまうということは考えにくいことであり、仮に大切なデータを扱っていたとしても、損害額は大した金額ではありません。そもそも、大切なデータを扱うのであれば、会社がバックアップの態勢を整えておくべきとも言えます。
このように考えますと、コウタさんに損害賠償義務があるとしても、せいぜい数万円でしょうし、ゼロという可能性も少なくありません。
ただし、就業規則に貸与品は適正に扱うことが規定され、それに反した場合に懲戒(例えば戒告など)ができる旨の定めがある場合には、懲戒を受けることはありうることです。