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「内定取り消し」新型コロナで増加中 会社との「現実的な戦い方」を考える
画像はイメージです(背景:anzphoto_Inc, / PIXTA)

「内定取り消し」新型コロナで増加中 会社との「現実的な戦い方」を考える

新型コロナウイルスが経済にも影響を及ぼしている。中には4月入社予定だった新入社員の内定を取り消す企業も出ているようだ。

厚労省が把握しているだけで、内定取り消しは13社計21人(3月18日時点)。業種別では「宿泊業・飲食サービス業」が多いようだ。

新生活への期待に胸を膨らませていた新卒の人たちにとっては、いきなり生活の危機を迎えることになる。

法的にはどういう対応ができるだろうか。古金 千明弁護士に聞いた。

●裁判では「内定取り消し」が認められない可能性も

――まだ働いてはいない「内定」段階でも争う余地はあるんでしょうか?

卒業予定者について内定通知が出た時点で、法的には、使用者の解約権が留保された「労働契約」が成立したと考えるのが最高裁の判例の考え方です(大日本印刷事件)。

労働契約自体は、内定通知が出た時点で成立していますので、内定取り消しは労働契約の解約(解雇)を意味します。

――内定取り消しはどんな場合に認められますか?

内定取り消し、すなわち留保された解約権の行使による解雇の場合は、通常の解雇よりも解雇の要件が若干緩和されると考えられてはいます。

しかし、内定取り消しが認められる(=裁判になった場合に解雇有効と判断される)ためには、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる必要があります。

新型コロナウイルスによる経営悪化を理由とする内定取り消しが認められるためには、正社員の整理解雇に準じた要件を満たす必要があると考えられます。

具体的には、(1)経営上の必要性、(2)解雇回避の努力、(3)対象者選定の合理性、(4)労働者・使用者との十分な事前説明と協議、という四要件を、原則として満たす必要があると考えてよいかと思います。

しかし、新型コロナウイルスによる大幅な売上減が問題になってから、まだ1カ月強しかたっていません。

例えば、1月までは黒字だったのに、2月が赤字だっただけでは、経営上の必要性を立証するハードルは高いと思われます。

となると、現時点でなされた内定取り消しが有効であることを裁判所で認めてもらえる事案は多くはないかと思います。

●選択肢は複数ありえる

――具体的にどんな争いができますか?

内定取り消しが無効であることを主張して、裁判をするのがオーソドックスな対応です。具体的には、労働審判の申立て、賃金仮払仮処分の申立て、(本案)訴訟の提起という裁判をする方法です。

ただ、裁判をする場合は、本人の独力では難しいことが多いため、弁護士に依頼する必要がある場合がほとんどでしょう。

法テラス等で弁護士費用を立替えてもらえる制度があるとはいえ、費用の負担については、新卒の方にとってはハードルが高いことも多いかと思います。

その場合は、都道府県の労働局の紛争調整委員会で行っている「あっせん」の利用を検討されることをおすすめします。

「あっせん」であれば、弁護士に依頼せず、本人による申立てでも、手続を進めることは何とかできるかと思います。

もちろん、「あっせん」の場合でも、弁護士等の専門家のサポートがあった方が有利に進められるとは思いますが、本人でも頑張れば何とか進めることができると思います。

本人による「あっせん」の申立てであれば、弁護士費用はかかりません。

ただ、「あっせん」は、裁判とは違って、会社との話し合いになりますので、そもそも使用者があっせんに応じるかどうか、あっせんに応じたとしても話し合いがまとまるかどうかは、やってみないと分からないという面はあります。

統計的には、「あっせん」の応諾率は、6割弱です。「あっせん」に応じた場合の和解の成立率は7割弱(全体の申立件数の約4割)となっています。ですので、本人申立てができて、費用もかからない手続としては、使い勝手は悪くない手続といえます。

あっせん手続きの流れ及び処理状況。厚労省の「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況」より(https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000521619.pdf

●内定を取り消した会社で働き続ける?

――会社に対して具体的に何を求めればよいのですか?

裁判または「あっせん」において、採用内定取り消しが無効であると主張するとしても、使用者も経営的に苦しいという事実はあると思います。

また、採用内定取り消しも、解雇である以上、解雇予告手当の支払義務があると考えるのが一般的です。

そうなると、内定取り消しの無効を主張して、経営的に苦しい会社で働くことを最後まで主張するというのもありかとは思いますが、実際のところは、(解雇予告手当も含めた)解決金の支払いを求めて、会社と協議をして和解をまとめるのが現実的な場合が多いでしょう。

解決金については、必ずしも「相場」があるわけではないのですが、採用内定取り消しが無効である可能性が高い事案では、(解雇予告手当も含めて)給料1~3カ月分(ただし、その間に、再就職できた場合は、給料の全額ではなく差額)くらいを目安としてもよいかと思います。

もちろん、再就職がなかなかできなかった場合は、入社予定日から再就職できるまでの全期間の給料相当額の解決金を支払いを求めるというのもありかもしれませんが、その代わり、和解をまとめるハードルはあがることには留意する必要があります。

●違いを理解して、適切な手続を

――それぞれの手続の違いは何ですか?

「あっせん」は話し合いですが、裁判でも解決金の支払いを求めて、和解の話をするという意味では、同じです。

「あっせん」と裁判の主な違いは3点です。

1つめは、「あっせん」であれば、弁護士に依頼せずとも本人の申立てができるところです。本人申立てであれば費用もかかりません。

他方、裁判の場合は、弁護士に依頼しなければ手続を進めること自体が難しいため、弁護士に依頼する必要があるでしょう。弁護士に依頼すれば、弁護士費用がかかります。

2つめは、「あっせん」では、会社があっせんに応じない場合があります(統計的に約4割強が応じない)。

他方、裁判に応じない場合は、会社が敗訴しますので、会社が倒産していない限りは、会社は裁判に応じるのが通常です。そのため、裁判では、裁判官を交えた和解の話し合いをする機会が確実に持てるのが違いとなります。

3つめは、「あっせん」では会社が和解に応じない場合には、「あっせん」で内定取り消しが有効か無効かについて判断がされるわけではないので、「あっせん」は不調で終わってしまいます。

他方、裁判では、会社が和解に応じない場合は、採用内定取り消しが有効か無効かについて、必ず裁判所の判断(審判、決定、判決)が出るのが違いとなります。

また、和解がまとまらない場合には、裁判所の判断が出る以上、裁判が長引くよりも、和解をまとめるインセンティブが会社側に働く場合も多いかと思います。

もちろん、以上は一般論となります。

当該事案の具体的な経緯や、会社の業種や規模等によって、どの手続を取るのが最適なのかは変わってきます。より踏み込んだアドバイスが必要となる場合は、弁護士等に相談されることをおすすめします。費用がご心配な方は、法テラスの無料相談もありますので、ご利用をご検討頂ければと思います。

【個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)】
https://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/index.html

プロフィール

古金 千明
古金 千明(ふるがね ちあき)弁護士 天水綜合法律事務所
「天水綜合法律事務所」代表弁護士。IPOを目指すベンチャー企業・上場企業に対するリーガルサービスを提供している。取扱分野は企業法務、労働問題(使用者側)、M&A、倒産・事業再生、会社の支配権争い。

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