なぜ無期や死刑ではないのかーー。北海道・旭川の女子高生殺害と、江別で起きた大学生集団暴行死事件の判決に対して、こうした意見が相次いでいます。
旭川の事件では、当時17歳の女子高校生をつり橋から転落させ死亡させたとして、殺人罪などの罪に問われた内田梨瑚被告人に検察の求刑通り懲役27年の判決が下されました。
江別市の事件では、当時20歳の大学生を集団で暴行して死亡させ、金品も奪ったとして、強盗致死罪の罪に問われた川村葉音被告人に、無期懲役の求刑に対して懲役30年の判決が下されました。
どちらの事件でも、裁判では、被害者が凄惨な暴行や脅迫などを受け、死亡したことが明らかになりました。こうした経緯から、「なぜ無期や死刑ではないのか」という声がSNSなどでは多く見られます。今回の判決についてどう考えればよいのか、解説してみます。
●被害者、遺族の声は裁判に届かないのか?
被害者のご遺族からすれば、今回の判決に大変な不満を持つのは当然のことでしょう。何の罪もなく大切な家族が命を奪われたのだから、被告人を死刑、最低でも無期刑にして一生牢屋から出られないようにしてほしい、と願うのは無理もないことです。
しかし、制度上は、刑事裁判では被害者は裁判の当事者ではなく、刑罰の目的は、被害者や遺族の処罰感情を満たすことでもない、とされています。
刑事裁判では、検察官が被告人を訴え、裁判官が判決を下します。被害者はこの裁判の当事者ではありません。
武内謙治・本庄武「刑事政策学」(日本評論社、2019年)によれば、国家刑罰権が確立する以前、紛争解決は私人間に委ねられており、被害者は復讐を含めた解決を求めることができたが、これが復讐の連鎖を生んで社会の秩序を乱したため、私的復讐は制限され、国家刑罰権が成立したとされています。
もっとも、その後、被害者保護の視点が足りないのではないかという議論が起こり、被害者参加制度(刑事訴訟法316条の33以下)などが創設されました。
しかし、この制度も刑の重さを被害者の意見で決める制度ではありません。
●刑罰は何のためにあるのか?
次に刑罰の目的ですが、大きく二つの考え方があります。罪への「報い」とする応報刑と、犯罪を防ぐ手段とする目的刑です。
また、目的刑には、社会全体への警告(一般予防)と、罪を犯した本人の立ち直り(特別予防)という面があります。
日本では、刑罰の目的について、応報刑と目的刑が両方あわさったものと考えるのが一般的です。
上で書いたように、刑罰には「罪への報い」(応報刑)という面があります。ただ、ここでいう「報い」は、被害者の感情を晴らすことではありません。
あくまで、その人がした行為の重さに見合った刑を科す、という意味です。
●なぜ「人を殺したら死刑」とはならないのか?
「行為の重さに見合った」というのであれば、なぜ「人を殺したら死刑」とはならないのでしょうか。
被害者は刑事裁判の当事者ではなく、私的な復讐が禁じられている代わりに国家が刑罰権を行使するというのであれば、国家が私人に代わって、被告人を被害者と同じ目に遭わせることが許されてもよいのでは、とも思えます。
罪に同じだけの報いを返すのが「報い」だとする考え方もありえますが、日本はこの立場を採っていません。
刑罰には、報いを与えるだけでなく、今後の犯罪を防ぐ役割も求められています。
そして、犯した罪と同じ目に遭わせる、ということを徹底しても、犯罪の予防にはつながらないと考えられています。
また、たとえば同じ被害者の「死亡」でも、事情によって行為者の責任非難の重さが違うと考えられています。
また、たとえば、計画的な殺人の場合と、暴行の結果として死なせてしまった場合とでは、非難の度合いが異なります。
今の刑罰は、この「責任の重さ」に応じて決められます。
●無期や死刑が選ばれるのは、どんなとき?
量刑の中心は、あくまで「行為に対する責任の重さ」です。この重さは、過去の似た事件と比べて決められます。
暴行のうえで被害者を死亡させた、という強盗致死事件では、無期刑が言い渡されることもあります。
強盗致死罪(刑法240条)の法定刑は無期か死刑ですから、これは当然のことのように思われるかもしれません。
しかし、実際には、被害者が1名の場合の強盗致死の量刑傾向をみると、裁判員制度施行後のものを含めても、死刑を選択した事案は私が調べた限りでは見当たらず、無期懲役に処せられる者も全体の4分の1程度です。
無期刑を選択されるケースは、危険な暴行を行った結果死亡させた場合、強盗致傷等の悪質な併合罪のある場合や、重大な前科のある場合などが多く、残る多くの事案では、酌量減軽がなされて有期刑となっているようです。(東京高裁平成26年(2014年)9月17日判決参照)
これは、生命を奪う故意のない強盗致死罪と、元々生命を奪うつもりで犯行に及んだ強盗殺人罪との違いからくるものと考えられているようです。
具体的なケースでいえば、さいたま地裁平成31年(2019年)2月5日判決では、強盗致死、強盗傷人などで死亡した被害者が1人、負傷者が他に複数人いるケースで、犯行を発案・主導した中心人物には、無期懲役が言い渡されましたが、分け前目当てで加わった共犯者は、懲役16年でした。
同じ事件でも、主導した人と、従属的に関わった人とでは、量刑が異なると考えられています。
報道によると、川村被告人は、犯行を主導したとまではいえず、死亡への直接的な関わりも限定的だと判断されたようです。
裁判所はこうした点を踏まえ、無期までは選べないと考えたようです。
●では今の「相場」は正しいのか
ただし、過去の量刑の傾向はそれまでの事例の積み重ねではあっても、絶対の正解ではありません。
似た事件には似た刑をという公平さと、時代に合わせて変わるべきだという要請は、緊張関係にありますが、この感覚を量刑に反映させるために導入されたのが、裁判員制度です。
「これまでの量刑相場どおりでないからおかしい」とは限りません。相場そのものが、市民の声で少しずつ動く余地があるからです。
ただし、裁判員裁判は、感覚だけで被告人を重く罰する場ではなく、過去の蓄積を参考にしつつ、本当にこの量刑が適切なのか、と考えていく場です。
重すぎる、軽すぎるという声が積み重なれば、量刑も変わっていくのかもしれません。
小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)