「性犯罪マップ」と称するサイトが公開されて物議を醸している。地図上に、性犯罪が起きた地点をマッピングし、加害者の年齢や住んでいる地域などをひもづけているものだ。
現在、無料版と有料版に分かれており、無料版では「逮捕容疑」「報道日時」「加害者年齢」「加害者性別」などが見られるようになっている。「加害者住所」も「丁目」まで閲覧可能だ。
サイトを公開したグループは、性犯罪から子どもたちを守るためにこのプロジェクトを立ち上げたといい、アメリカで実際に公開されている性犯罪歴のある人の所在を確認できるアプリなどを参考にしたという。
SNSでは「自衛するのに必要」「政府につくってほしい」などと、その目的に賛同する人たちがいる一方で、「個人情報保護法に違反するのではないか」「人権侵害や差別につながる」という指摘もある。
2019年には官報に掲載されている破産者情報をマッピングした「破産者マップ」が公開され、政府の個人情報保護委員会から行政指導を受けて閉鎖するなどしている(破産者マップ事件)。
その後も、類似サイトが出現するなど、こうしたサイトが後を絶たない。報道をもとに作成されている「性犯罪マップ」だが、「破産者マップ」のような法的な問題はないのだろうか。個人情報保護法にくわしい板倉陽一郎弁護士に聞いた。
●犯罪に関する情報は「要配慮個人情報」
——犯罪に関する個人情報は要配慮個人情報だと思われますが、本人の同意は得ていないと思われます。違法性はないのでしょうか。
「性犯罪マップの情報は、性犯罪の被疑者段階の情報が含まれており、個人情報保護法施行令2条4号の『本人を被疑者又は被告人として、逮捕、捜索、差押え、勾留、公訴の提起その他の刑事事件に関する手続が行われたこと」にあたり、個人情報保護法上の要配慮個人情報(2条3項)に該当します。
そのため、本人の同意がなければ取得できない(同法20条2項柱書)のが原則です。
しかし、運営者によると、「子どもを対象とする性犯罪事件が、毎日のように起きて、報道されています。その報道された情報を集約して、わかる範囲でMAPにしました。10年前に遡り、現在までにスタッフが集めた公開情報をもとに作成しています」とのことです。
法20条2項には、「当該要配慮個人情報が、本人、国の機関、地方公共団体、学術研究機関等、第57条第1項各号に掲げる者その他個人情報保護委員会規則で定める者により公開されている場合」(同項7号)という例外事由が存在し、「法57条1項各号に掲げる者」には、「放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関(報道を業として行う個人を含む)」(同項1号)が含まれていますので、これらにより公開されている場合(新聞やテレビ、これらのウェブ版に掲載されている場合)には、そこから情報を取得することは、要配慮個人情報を含んでいても適法です。
●「要配慮個人情報を含んだ第三者提供にあたる」
——個人データの提供はどうでしょうか。本人の同意を得ずに個人データが第三者に提供されているようにみえます。
性犯罪マップは、性犯罪報道から作成した性犯罪情報を、Googleマップにプロットして公開しているもので、個人データの第三者提供に該当します。
公開後の反響を受けて、加害者の氏名自体の公開は控えているようですが、個人データの第三者提供に該当するかどうかは提供元で判断しますので、プロットするために作成している性犯罪情報のデータベースに、被疑者の氏名が含まれていれば確実に個人データの第三者提供に該当しますし、仮に被疑者の氏名それ自体は削除したとしても、その他の情報によって、提供元において特定の個人が識別できるのであれば、同様に個人データの第三者提供に該当します。
そして、本人の同意を得ているとは考えられませんので、原則として、法27条1項に反します。
破産者マップの場合には、要配慮個人情報を含んでいませんので、法27条2項のオプトアウトを届け出れば適法になる余地がありました。そのため、破産者マップ事件が問題となった以後の令和2年改正で、法19条(不適正利用禁止)が立法されたという経緯があります。
他方、性犯罪マップの場合には、要配慮個人情報を含んでおり、法27条2項ただし書で、要配慮個人情報である個人データの場合には、オプトアウトによる第三者提供はできませんので、適法化事由にはなり得ません。
●「児童の健全な育成のために必要」なのか?
——「性犯罪マップ」では、第三者提供の同意も得ておらず、要配慮個人情報も含んでいるため適法とはいえないわけですね。それでは、その他の例外事由はどうでしょうか。
例外事由として、「公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」(法27条1項3号)などもあり、「児童の健全な育成の推進」のためには、性犯罪被疑者の情報の拡散が必要なのだという主張もあり得るでしょう。
ここで、破産者マップ類似サイトへの措置命令が争われた行政訴訟では、類似サイト側は、例外事由に該当する(法27条1項2号、生命身体財産の保護)と主張しましたが、東京地裁は、破産者に対する被害と社会に与える利益を具体的に比較して、「第三者の権利利益保護の要請が、個人データの提供により本人が被るおそれのある権利利益の侵害を上回ると認めることはでき」ないとしました(東京地判令和4年11月24日(令和4年(行ウ)第134号))。
同様の比較衡量の手法を取るとすれば、性犯罪の被疑者に係る情報を提供しないことにより児童の健全な育成に与える悪影響と、性犯罪の被疑者に係る情報が第三者提供されることにより性犯罪の被疑者等が被り得る権利利益の侵害を比較衡量することになるのでしょう。
ここで、後者に関しては、被疑者自身の被る権利利益の侵害は、仮に、実際に性犯罪者であったとしても明らかですし、家庭内の性犯罪だとすると、住所地情報は、性犯罪被害者の情報でもあり、被害者にも権利利益の侵害が生じ得ることになります。
さらに、学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律(こども性暴力防止法、いわゆる日本版DBS法、令和6年法律第69号)が、犯罪事実確認書(同法4条1項)や、犯罪事実確認記録等(同法38条1項)について極めて厳格な取扱いを義務付けていることからしても、比較衡量は慎重に行われるものと考えられ、容易に適法化事由が認められるものではないでしょう。
●「早急に適正な取り扱いを」
——破産者マップでは19条(不適正利用の禁止)違反を指摘されていましたが、「性犯罪マップ」も同様の問題はあるのでしょうか。
個人情報保護法19条の問題になる前に、法27条1項違反ですから、あえて問題にするまでもありませんが、19条は、破産者マップ事件を受けて立法された条文であり、個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)でも、「裁判所による公告等により散在的に公開されている個人情報(例:官報に掲載される破産者情報)を、当該個人情報に係る本人に対する違法な差別が、不特定多数の者によって誘発されるおそれがあることが予見できるにもかかわらず、それを集約してデータベース化し、インターネット上で公開する場合」として典型例に挙げられています。性犯罪マップでも同様に問題になるでしょう。
さらに、性犯罪マップにはサブスクリプション版があり、「自己若しくは第三者の不正な利益を図る目的」(法179条)もあると考えられますので、刑事罰である、個人情報データベース等提供罪も問題になり得ます。
運営者は「『このプロジェクトは告訴されて終わり』というような意見も拝見しました。その通りかもしれません」としているので、刑事罰該当性も認識しているように思われますが、上記のように、そもそも、性犯罪が家庭内で行われているような場合には、被害者の情報をも提供していることになりますし、被疑者段階の報道がなされても、その後、無罪はともかく、不起訴になったものはほとんど報道されていないことからすると、えん罪の被疑者の情報を排除できているとは思えません。
個人情報保護委員会は、早急に運営者に連絡し、適切な取扱いを求めるべきでしょう。