2024年6月の改正入管法施行後、帰化申請や在留資格の審査は厳格化され、在留更新の手数料は大幅に引き上げられることになった。永住資格を失う可能性も広がるなど、外国籍者を取り巻く制度は大きく変わりつつある。
こうした急激な政策転換を現場で見続けてきたのが、弁護士の鈴木雅子さんだ。難民訴訟をはじめ、外国籍者の権利保障に四半世紀近く取り組んできたが、「日本人が対象ならあり得ないような施策が続いている」と危機感を募らせる。
入管政策をめぐる相次ぐ制度変更を、鈴木さんはどう見ているのだろうか。(取材・文/塚田恭子)
●「社会問題に関わりたい」恩師との出会い
社会には、脆弱な立場に置かれた人たちがいる──。
鈴木さんがそう実感した原点は、テレビで見た、飢餓に苦しむエチオピアの人たちの姿だった。
通っていたカトリック校の教師の紹介で小学生のときに障害者支援施設を訪れ、中学・高校時代は本や映像作品を通じて社会問題への関心を深めた。大学では社会活動にも携わった。
なかでも大きな影響を受けたのが、大学の恩師だった神父の存在だった。
「恩師の神父様は、指紋押捺制度に反対したことで、一時、在留資格がない状態になり、今では考えられませんが、非正規滞在の状態で大学で講義を続け、最終的には在留特別許可を得ました。その先生の影響は、とても大きかったと思います」
在学中、マイノリティを支援する弁護士たちの姿にも触れ、「社会問題に関わる仕事がしたい」という思いが強くなった。
「企業に就職するイメージが湧かなかったこともあり、弁護士になれば学生時代から関心を持ってきた社会問題に携われるのではないかと、司法試験を目指しました」
●マクリーン判決は今も「大きな壁」に
司法試験合格後は、一貫して外国籍者のリーガルアクセス向上に取り組んできた。
「今でも多くはありませんが、私が弁護士になった頃は、外国籍者の案件を扱う弁護士は本当に少なかったんです。
研究者や実務家の間でも、外国籍者の権利保障を日本人と同じように考える意識は十分ではありませんでした。だからこそ、少しでもリーガルアクセスを良くしたいと思って活動してきました」
試験の結果発表を待つ間には、渡邉彰悟弁護士が立ち上げを進めていた全国難民弁護団連絡会議の事務局も手伝った。
外国籍者をめぐる問題に取り組む中で、鈴木さんが大きな壁だと感じてきたのが、1978年の「マクリーン判決」だ。
「大学では『権利の性質によっては外国人にも憲法上の保障が及ぶと示した判決』と習います。
しかし実務では、『憲法より入管法を、さらに言えば入管法より入管の裁量を優先する』ことを是認した判決として機能してきました」
“マクリーン判決の呪い”と言われるように、行政の広い裁量を認めたこの判決は、その後の入管行政のあり方を大きく左右してきたという。
「研究者も実務家も、外国籍者の権利保障を憲法に照らして考えるのではなく、『在留資格の範囲内で権利保障を考える』という前提を、半ば当然のように受け入れてしまった。その結果、外国籍者は事実上、憲法による人権保障の外側に置かれてしまったのです。
入管収容をめぐる訴訟で、他の国では憲法をよりどころにしていることが多い中、私たちが国際人権法をよりどころにしているのは、そういう背景もあります」
●「日本人が対象ならあり得ない」理不尽な施策
鈴木さんも弁護団に加わる「日本の入管収容は国際人権法違反」とする訴訟では、必要性や合理性、比例性を欠いた長期収容は国際自由権規約に反すると主張している。一審では一部勝訴し、9月30日に控訴審判決を迎える。
「入管法も入管訴訟も行政法の大きな分野ですが、行政訴訟を扱う弁護士で入管分野に取り組む人は決して多くありません。
そんな中で支援者が裁判を傍聴し、関心を持ってくださることは、本当に大きな力になっています」
一方で、この2年間、外国籍者を取り巻く政策は一段と厳しさを増した。
帰化申請や在留資格の審査が厳格化され、永住資格の取消事由も拡大。在留更新手数料も大幅に引き上げられた。
4月に衆議院法務委員会で参考人として、入管法改正案について意見を述べた鈴木さんは、こう訴えた。
「この2年間の嵐のような方針変更は、日本人が対象ならあり得ないことです。
コロナ禍でも国籍による線引きがありましたが、今回の手数料引き上げにも、『投票権がなければ何をしてもいい』というような国の姿勢を感じます」
●「この国は外国籍者を社会の構成員として認めていない」
外国籍者にとって在留資格は、日本で生活を続けるためのライフラインだ。
「たとえるなら、『来年から水道料金を10倍、20倍にします』と言われるようなものです。安定した国家であれば通常は考えられません。
しかも対象になるのは、日本で暮らし、税金や社会保険料を負担している人たちです。日本生まれの移民2世、3世や在日の方など、日本語を母語とする人も少なくありません。
それにもかかわらず、『外国人に関することは外国人が負担すべきだ』という発想を聞いて、この国は外国籍者を社会の構成員として認めていないのだと感じました」
在留更新などの手数料は1年前にも引き上げられたばかりだ。一方、日本国籍者のパスポート発行手数料は従来から4割以上、引き下げられており、その対比も議論を呼んでいる。
●「排他的な社会は、誰のためにもならない」
難民訴訟や帰化訴訟、日米同性婚訴訟など、鈴木さんは数多くの公共訴訟にも携わってきた。
「公共訴訟は時間も労力もかかります。それでも、本来あってはならない制度やその運用によって権利を侵害され、苦しんでいる当事者がいる以上、やるしかないと思っています。
もちろん、すべての依頼を受けられるわけではありません。私自身、日々、苦しいせめぎ合いの中で仕事をしています」
弁護士になって四半世紀。外国籍者への風当たりがこれほど強い時代はなかったという。
それでも活動を続ける理由を尋ねると、こう答えた。
「やはり、社会が分断され、マイノリティが排除される社会より、そうではない社会のほうがいいと思うからです。
円安などで日本で働く魅力が下がる中でも、日本に来てくれる人はいます。その一方で、国は排他的な施策を進めています。
国民の安心や安全が本当に外国籍者によって脅かされているのか。十分な検証もないまま、人々の不安をあおり、外国籍者への対応を厳しくする。人気取りのための政治は、結局、誰のためにもならないと思います」
人と向き合い続ける日々だからこそ、気持ちを切り替える時間も欠かせない。
「いろいろ考え込んでしまいそうなときは、『今日の夕飯は何を作ろうかな』と考えるんです。家で料理をすること、子どもと過ごす時間を持つことで、バランスを取るようにしています」
【プロフィール】すずき・まさこ/東京都生まれ。上智大学卒業後、1999年弁護士登録。現在、いずみ橋法律事務所に在籍。外国籍者のリーガルアクセス向上を目指して活動している。全国難民弁護団連絡会議世話人、外国人ローヤリングネットワーク共同代表、特定非営利活動法人JFCネットワーク理事長、特定非営利活動法人 移住者と連帯するネットワーク(移住連)理事などをつとめる。