防衛省が運営する5月17日に始まった新型コロナウイルスワクチンの高齢者向けの大規模集団接種のウェブ予約で、実際の接種券に記載されていない架空の数字を入力しても予約ができると報じられ、波紋を呼んでいる。
報道によると、予約対象は65歳以上の高齢者だが、防衛省のウェブサイトでおこなう予約システムでは、65歳未満となる生年月日の入力も可能で、架空の市区町村コードと接種券番号の10桁の数字を入力すると、手順が進んで接種会場と時間帯の指定ができ、予約ができてしまうという。
この方法で予約をしても、実際の接種券の番号と一致しないためにワクチン接種はできないようだ。しかし、このやり方で大量予約されてしまうと、接種券を持つ予約対象者が希望の日時に受けられない可能性もでてくる。
加藤勝信官房長官は5月18日の記者会見で、「法的手段も排除していない」と言及した。実際にはワクチン接種を受けられないのに、架空の番号等で予約をする行為は法的にどう問題なのだろうか。澤井康生弁護士に聞いた。
●偽計業務妨害罪が成立する可能性あり
——架空の予約をすることは、何か犯罪にあたるのでしょうか。
偽計業務妨害罪(刑法233条)が成立する可能性があります。架空の情報を入力して予約を取ることは「偽計」に該当します。そして、大規模集団接種業務は業務妨害罪で保護すべき業務に該当することは明らかです。
偽計業務妨害罪は業務を妨害するおそれのある状態を生じさせれば成立します。つまり、現実に業務を妨害したという結果が生じなくても成立するのです。
実務的には、たとえば、単独もしくは数人で共謀して多数人分の架空の情報を入力してこれをキャンセルすることで、ワクチンを無駄させるような行為をした場合には、偽計業務妨害罪で立件してしかるべきだと思います。
また、架空の情報を大量に入力することによりITシステムに動作障害を起こさせた場合には、偽計業務妨害罪より罰則が重い、電子計算機損壊等業務妨害罪(刑法234条の2)が成立する可能性もあります。
——被害者が国(防衛省)などの場合、公務執行妨害罪(刑法95条)は成立しないのでしょうか。
今回のケースでは、成立するとしても業務妨害罪のみで、公務執行妨害罪にはあたりません。
確かに今回のような大規模集団接種業務も国がおこなう以上、公務執行妨害罪で保護すべき「公務」に該当します。
しかし、公務執行妨害罪が成立するためには、実行行為として「暴行・脅迫」が必要となります。架空の予約をする限りでは暴行・脅迫しているわけではないので、公務執行妨害罪は成立しません。
●予約対象者個人に対する責任追及は「因果関係の立証が困難」
——架空の予約をすることで、仮に接種券を持つ予約対象者が希望の日時に受けられない事態が発生した場合、どのような法的問題が発生しうるのでしょうか。
そういう事態が発生したとしても、刑事責任としては、国に対する業務妨害罪や電子計算機損壊等業務妨害罪の成立にとどまるものと思われます。
接種の遅れで予約対象者個人に罹患や重症化等の被害が生じた場合であっても、妨害行為との因果関係の立証が困難でしょうから、予約対象者個人に対する傷害罪などに問うことは困難です。
——民事上の責任についてはどうでしょうか。
実際に予約できなかった対象者が接種の遅れで新型コロナウィルスに罹患し重症化する等の事態に至った場合、加害者に対し民事で損害賠償請求することが考えられますが、こちらについても因果関係の立証が困難だと思われます。