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あの「有斐閣」から出版された「BLの教科書」の編者、堀あきこさんに聞く ボーイズラブを研究する意味
「BLの教科書」(有斐閣より)

あの「有斐閣」から出版された「BLの教科書」の編者、堀あきこさんに聞く ボーイズラブを研究する意味

この夏、『六法全書』など、法律・人文系の書籍で知られる老舗の出版社「有斐閣」から、ボーイズラブ(BL)の歴史や研究の方法論などについてまとめた『BLの教科書』が出版されて、話題になっている。

江戸男子の恋愛を描いた『百と卍』(紗久楽さわ/祥伝社)が、文化庁メディア芸術祭の「マンガ部門優秀賞」を受賞するなど、今やBLはマンガの一ジャンルとして確実に浸透している。

人々はBLの中に、何を見出すのか。『BLの教科書』の編者で、関西大学などで講師をつとめる堀あきこさんに聞いた。(ライター/玖保樹鈴

●BLはマンガに限らず、研究領域が広範にわたっている

――『BLの教科書』の出版経緯は?

2017年に神奈川大学で2日間にわたって開かれた国際シンポジウム「クィアな変容・変貌・変化(トランスフィギュレーション):アジアにおけるボーイズラブ(BL)メディア」が、本をまとめるきっかけとなりました。とても刺激をうけた素晴らしいシンポジウムだったのですが、日本で積み重ねられてきたたくさんのBL研究が、先行研究として限定的にしか参照されていないことに危機感を持ちました。

また、BL研究は、マンガだけでなく、小説や短歌、2.5次元ミュージカルや、ジャニーズ、K-POPのアイドルまで含むため、それらを分析するための学問領域の幅が広くなっています。研究領域が広範にわたるため、整理してまとめる作業が必要なのではないかと共編者の守如子さんと話し合いました。先行研究をまとめ、広い研究領域をおさえた、BL研究のためのガイドブックをイメージして、2人で『BLの教科書』の企画を立てました。

――「BLを研究している」と言うと、驚かれることはありませんか?

なぜ、その質問が出るのかを考えることが重要だと思います。少年マンガやアメコミ、新聞の風刺マンガなどをテーマに、「マンガを研究している」と言っても「え?」と驚かれることはありませんよね。でも、なぜかBLは「BLなんて研究できるの?」と言われます。

「驚かれる」理由はいくつか考えられますが、性的な表現が作品に含まれることと、オリジナル作品だけでなく、既存の作品の設定を流用した二次創作もあるので、マンガとしては格下のものとして見られる傾向があるせいかな、と思います。

とくに性的表現は、青少年健全育成条例との関わりがありますし、わざわざ「エロ」を学問として扱わなくてもいいという見方をする人も少なくありません。あと、BLは作者も読者も編集者も圧倒的に女性が多いので、「BLは女子供の文化」と見下す、ジェンダーの問題もあるのではないでしょうか。

――『BLの教科書』の第1部は、BLの歴史と概論となっていて、歴史や作品の変遷にかなりページを割いています。BLを語るには、歴史を知る必要があるからでしょうか?

BLの歴史の中で、「少年愛」というテーマを意識して作られた最初の作品は、竹宮惠子さんが1970年に別冊少女コミック(小学館)で発表した『雪と星と天使と…』という作品です。その後、竹宮さんは1976年、『風と木の詩』を発表され、そのほかにも萩尾望都や木原敏江、山岸凉子など「花の24年組」と呼ばれる作家たちが男同士の恋愛を少女マンガ雑誌で次々と描くようになります。

そのあとは、専門雑誌『JUNE』が創刊されたり、「やおい」や「耽美」などの言葉が生まれていき、男性同士の恋愛を描いたジャンルの総称は時代によって変わっていきます。今はBLと言いますが、少し前までBLとは、商業作品を指していて総称ではありませんでした。

50年前に一般の少女マンガ誌に掲載され、同人誌でブームが起きたのちに商業BL雑誌の創刊ラッシュがあり、現在につながっていくのですが、少年愛作品を論じているのに、何のことわりもなくBLという言葉で説明されていると「あれ?これはいつの時代の話?」と混乱します。歴史の文脈に作品をおいて、いつの時代のものを論じているのか正確にする必要があるんですよね。だから最初に歴史を論じるのは、とても重要なことでした。

●女性文化であるBLには、女性のしんどさが描かれない

――BLが一大ジャンルを確立してきた理由は、何だと思いますか?

男性同士が恋愛をしている物語に、なんでこんなに惹きつけられるんでしょうね。人によってその理由はさまざまだと思うんですが、個人的には、恰好いい男の子が恰好悪くなっている姿を見たいという気持ちが大きいかもしれません。そこに女性キャラが絡んでいないことがポイントなのかな、と。

BLは主に、女性が描いていて、編集者も女性が多いんです。読み手も女性が多く、女性文化と言えます。ですが、女性文化であるBLでは、女性キャラクターは主人公ではなく、女性にとってしんどいことや、居心地の悪いことは描かれません。一般的な少女マンガや女性向けコミックのほとんどが異性愛を描いていて、ジェンダー規範が色濃く反映されているものが多いですよね。

恰好いい男の子が恋愛でジタバタするとき、女性キャラが相手だと、現実のジェンダーの問題が頭をかすめてしまいますが、BLは女性への性別役割規範から逃れることができる。そこが大きいのではないかと思います。私は、マンガというポピュラー・カルチャーの中でジェンダー規範を見なくて済むことは、BLが果たすとても大きな作用だと思っています。

――描く側にとっても、ジェンダー規範から解放されるから描くのでしょうか?

それは作家さんによると思いますが、自分の性ではないキャラクターを中心にするのだから、いろいろ想像しないと描けませんよね。自分と違うジェンダーだからリアルの経験に直接、紐づいていないので、想像力が自由になるところがあると思います。

――この本の中で堀さんは『風と木の詩』について、「少女たちに性が幸福をもたらすだけのものではないことを、少年たちの性を迂回する方法で見せてくれた。本作は、性暴力の対象になりやすい少女のための「教養」として、あるいは、すでに性暴力被害にあってしまった少女を孤立から救うものとなっただろう」と評しています。その理由は何ですか?

重要なのは、1976年当時、少女マンガ雑誌で性の問題を描くことのハードルは高く、ましてや少女を主人公に性暴力をテーマにすることは難しかったということです。竹宮さんは「この話を少女を主人公にして少女マンガ誌で連載するのはきつすぎる。少年にすればファンタジー性が増し、読者が自分の痛みとして引き受けなくて済む」という意味のことをおっしゃっています。

あの作品の中で描かれている性暴力や痛みは、とてもつらいものですが、それがダイレクトに少女読者に届くことの重みは、現在と比べ物にならないほど大きかったのではないでしょうか。そこで、ヘビーなストーリーにファンタジー性を加えてワンクッションを置く役割を、少年という設定が担ったのだと思います。

――「性暴力にあうのが男性だったらいいのか?」という声も聞こえてきそうです。

BLはセックスシーンが多いことから、「フェミニストは、見るのが男性で見られるのが女性という関係性を女性差別と批判するが、BLは男性が見られる側で女性が見る側にまわった逆差別ではないか」という批判が、90年代から行われてきました。誰かをモチーフにして、何かを表象すること自体が政治的な行為であるので、BLも差別とは無縁ではありません。特に、ゲイ男性に痛みを与えるような表現がBLで描かれることは、作品の送り手には注意深くあってほしいと思っています。

でも、単に、女性が男性を見る側に回ったことだけをとって差別とは言えないですよね。何がどのように描かれているかという文脈なしにはいえないはずです。また、なぜ今も大多数をしめているのは、女性が性的に見られる表象なのに、BLが男性差別と言われときに、その非対称性が論じられないかということも考えなければならないことだと思います。マンガ研究は研究として認められるのに、BLは「なぜそれが研究として成立するんですか?」と言われてしまうような非対称性、この現実を踏まえないとならないのではないでしょうか。

●男性同士の恋愛はすでに存在している

――(本の中で)BL好きな「腐女子」は、自分たちのコミュニティだけでBLを楽しむ「自重」の傾向があると、堀さんはおっしゃっています。

既存作品の二次創作だったり、リアルに存在する人を描いていたりするので公にしたくない気持ちからの自重と、BL好きであることがスティグマとして機能しているための自重があると思います。この本の取材をいくつか受けてきましたが、「ずっと隠していましたが、実はBL好きで」という記者さんが何人もいました。昔よりはオープンにする人は増えたと思いますが、友人にしか打ち明けない人も多いです。「男同士のセックスを見て喜んでいる変な人」という目を向けられることがあるので、自重するのではないでしょうか。

でも、今後はその傾向は、変わっていくのではないかと思っています。たとえば、『おっさんずラブ』(テレビ朝日)が深夜ドラマだったのに大ヒットしましたよね。映画版を見に行ったときに驚いたのが、高校生や50代ぐらいの男女カップルが何組もいたことでした。それから現在、タイのBLドラマのブームが全世界的なものになっていて、日本でも、YouTubeや有料動画配信サービスで見ることができます。いまだに否定的なことを言う人もいますが、男性同士の恋愛はずっと存在してきたし、すでに存在しているものです。どのように描かれているのかということを論じることも大切ですが、これまで存在が無視されてきたこと自体の指摘も必要だと思います。

――BL研究が今後、どうなっていくことを願っていますか?

BLは50年分の歴史があるし、海外でもたくさん作品が作られるようになったり、とにかく幅が広いので、「私はこの部分を極めていこう」という人が増えてくれればと思っています。大学での研究に限らず、一般の方のデータ収集や記録が、ポピュラー・カルチャー研究には欠かせません。その参考になるために、本を作ったという面もあります。

――私は一度あきらめたBLですが、読んでみたくなりました。オススメ作品はありますか?

本の中に作品リストを掲載したので、参考にしてみてください。とくに最近の作家さんは絵のクオリティがとても高くて、ストーリーもよく練られているものが多く、マンガ作品としてもとてもレベルが高いんです。たとえば『百と卍』はこれまで総髪武士が主流だった時代ものに、月代を持ち込んだ最初の作品といわれています。着物の柄も時代を考えて描かれているなど、細部まで細かなこだわりがあって読み応えがあります。

BLは作品数が膨大なので、どれを選べばよいかわからないとよく言われるのですが、電子書籍になっているものがたくさんあるので、まずはウェブサイトで立ち読みをしてみることをオススメします。作品のレビューサイトなどもありますし、気になったBLを読んでみてください。

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