「父に見せたいです。あなたのせいで、私はこうなったんだと」
子どものころ、実の父親から凄惨な性的虐待や身体的虐待を受けた塚原たえさん(54)が、40年以上の時を経て、父親(76)を相手取り100万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。
きっかけは2021年、父親から届いた一通の手紙だった。封印していた過去の記憶がよみがえり、複雑性PTSDを発症したという。
7月29日に東京地裁で始まる裁判で問われるのは、過去の虐待行為そのものだけではない。「何十年も前の虐待について、いま法的責任に問えるのか」という“時効”の壁も大きな争点となる。(ライター・渋井哲也)
●ケーキを食べた夜だった
訴状によると、塚原さんは9歳から17歳まで実父から性的虐待を受けた。塚原さんは当時をこう振り返る。
「小学3年ころには、体を触られるのは当たり前でした。お風呂にも無理やり一緒に入らされ、『足を広げろ』と言われて父の指を入れられました」
下腹部に指や異物を挿入される被害が続く中、初めて強姦されたのは、小学5年生の終わり、生理が始まった日の夜だったという。
「生理のお祝いでケーキを食べた日でした。父は異常に上機嫌でした。夜になると布団に入ってきて、下着を脱がされ、下半身を触られました。
そして、いきなり上に乗って挿入されたんです。激痛でした。『痛い』と泣いても、『黙れ』『騒ぐな』と一蹴されました」
●性的虐待だけではなかった
暴力は日常化していた。洗濯機のホースやベルトで鞭を打つように叩かれ、傷口には酢や醤油をかけられた。
風呂で顔を水につけられたり、裸で屋外へ出されたり、火のついたタバコを両手の甲に押し付けられたりしたこともあったという。
「虐待という虐待は全部やられました。うつ伏せにされ、服の上からでは他人に見えない背中やお尻を布団たたきで殴られ続けました。下着を剥ぎ取られ叩かれ、泣くとさらに激しく殴られる」
父親は疲れると、弟や妹に暴行を命じることすらあったという。
●「あのとき逮捕されていれば」
16歳のとき、限界を迎えた塚原さんと妹は警視庁少年課へ被害を訴えた。
塚原さんによると、父親は警察の聴取に対して虐待を認めたものの、警察からは「逮捕しても3年で出てくる」「仕返しに遭うかもしれない」と説明され、事件化は見送られたという。
「あのとき父が逮捕されていたら、その後の私たちの人生は違っていたのかもしれません」
当時、家を出て自立援助ホームへ入所する際、塚原さんが父親へ宛てて残した手紙には、当時の痛切な思いがつづられている。
<なぐられるのも逆体(ママ)を受けるのもこわいので家には戻りたくありません>
<私はお父さんと肉体関係をもつのははっきり言って嫌いでした>
●父から届いた一通の手紙で崩れた日常
それから何十年もの月日が流れた。子育てをする中で虐待を思い出すことはあっても、精神科へ通院するほどではなかったという。
しかし2021年10月、父親から届いた一通の手紙が状況を一変させた。
「電話を」と書かれた手紙に従い連絡をとると、父親は謝罪するどころか、「お互いいい年齢だし、昔のことだから忘れろ」と言い放った。
さらに、同じく性被害を受けて、のちに自殺した弟についても「弟は死んでも構わない」と言い捨てたという。
「その言葉で、私の心は完全に壊れました」
激しいフラッシュバックや睡眠障害が始まり、日常生活での注意力が著しく減退。自責の念から自傷行為を繰り返すようになり、同年12月、クリニックで「被害による複雑性PTSD」と診断された。
●「顔を見るのも怖い」それでも実名の理由
その後、塚原さんはさまざまなメディアで実名・顔出しの取材を受けるようになった。理由は一つだ。
「父に見せたいからです。父はまだ反省していない。『あなたのせいで、私はこうなった』と知ってほしいんです」
これに対し、父親はSNS上で塚原さんを「大悪魔」「知能に問題がある」などと投稿して誹謗中傷を重ねた。塚原さんが刑事告訴した結果、父親は侮辱罪で略式命令を受け、罰金刑が言い渡された。
今回の民事訴訟では、これらのSNS投稿に対する名誉毀損の責任も追及している。
「もちろん裁判は怖いです。父の顔を見るのも怖い。もし直接会ったら何をされるかわからない。でも、勝つ負け以上に、裁判を起こして問いただすこと自体に意味があると思っています」
●「加害者だけが救われるような制度はおかしい」
今回の裁判における最大の法的な壁は、虐待から40年近く経過していることによる「消滅時効」の適用だ。
原告側は、複雑性PTSDを発症した2021年10月が損害の起算日であり、時効はそこから進行すると主張している。
現在、塚原さんは一般社団法人「PCASA JAPAN」を設立し、代表理事として性犯罪の公訴時効撤廃に向けた活動もおこなっている。
「被害を受けても、すぐに声を上げられる人ばかりではありません。相手が親であり、被害者が子どもならなおさらです。時間が経てば経つほど、加害者だけが救われるような制度を変えていきたい」