障害者が犯罪に巻き込まれた場合、同じ被害を受けた健常者よりも給付金額が低くなるーー。そんな疑いが生じる事件が長野県で起きた。
当事者は「障害者の権利が軽視されている」と訴えているが、何があったのか。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●少年5人に暴行受けるも、給付金不支給
長野県弁護士会の牛田宰(つかさ)弁護士によると、事件は2023年8月に発生した。
小学生の児童2人が公園で遊んでいたところ、その場に居合わせた中学生くらいの少年5人に絡まれ、殴る蹴るの暴行を受けたという。
児童2人のうち1人は医師からPTSDの診断を受けたことから、保護者は2024年3月、長野県公安委員会に犯罪被害者等給付金の申請をした。
ところが、思わぬ壁に直面する。
長野県公安委員会は2024年9月5日、犯罪被害者等給付金支給法などに基づき、犯罪被害を受けた児童の事件前の身体上の障害等級を「第9級」に該当すると認定したうえで、事件後の障害等級は変わらないと判断し、給付金の不支給を決めた。
牛田弁護士によると、この児童は暴行を受ける2カ月前に自閉スペクトラム症(ASD)とADHDの診断を受けていたが、暴行被害に遭っても障害の等級が変わっていないと公安委員会に判断されたことになるという。
牛田弁護士は「健常者と同じ被害を受けているのに、なぜ1円も支給されないのでしょうか。障害を持っている人は同じ被害を受けても差別されてしまうんじゃないかと思ってしまいます」と戸惑いを隠さない。
長野県公安委員会が被害者に送ってきた通知書には、犯罪被害を受ける前と後の障害等級がいずれも「第9級に該当すると認定した」と書かれていた
●「被害前後の状態がどう認定されたのか不明」
犯罪被害者等給付金支給法施行規則の第1条と第11条は以下のように定めている。
<第1条> 犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律施行令第2条第1項の各障害等級に該当する障害は、別表に定めるところによる。 2 別表に定められていない障害であつて、同表に定める各障害等級の障害に相当すると認められるものは、同表に定められている当該障害等級に該当する障害とする。 <第11条> 既に身体上の障害のある者が、当該犯罪行為により、同一の部位について障害の程度を加重した場合における障害給付金の額は、障害給付基礎額に、その加重された身体上の障害の程度に該当する障害等級に応ずる令第15条各号に定める倍数から、既にあつた身体上の障害の程度に該当する障害等級に応ずる同条各号に定める倍数を差し引いて得た倍数を乗じて得た額とする。
これらの条文によると、身体に障害のある人が犯罪に遭った際、もともと障害があった部分と同じ場所に犯罪によるダメージを受けた場合、犯罪によって加えられた障害の程度に見合う等級と以前からの障害の等級を比較して差し引くことで、給付金の額が決まるとみられる。
犯罪被害者等給付金支給法施行規則の別表の一部。障害等級が「第九級」に該当する「身体上の障害」が記載されている
つまり今回の場合、
・1)精神上の障害である「ASD」と「PTSD」が、施行規則1条1項によって「身体上の障害の9級」と扱われた
・2)犯罪に遭う前から抱えていた「ASD」という発達障害と、犯罪に遭った後の「PTSD」という精神障害が、「同一の部位」に生じた障害であると判断された
ーーということになる。
これに対し、児童の保護者から依頼を受けた牛田弁護士は次のように話す。
「今回、被害前後の状態についてどのような認定がされたのかが明らかではありません。この施行規則がどのように制定されたのか、長野県公安委員会に尋ねましたが、その経緯はよく分かりません。
これまで特に問題にされてこなかったからかもしれません。時代に合っていない気がします。
犯罪被害者等給付金が何のために存在するのかというと、犯罪被害を受けた人が回復して人生をよりよく生きていくためのはずです」
長野県公安委員会から送られてきた通知書には、給付金を支給しない理由として法律や施行規則の条文の番号が記載されていた
●「出生時のハンディキャップで給付金0の可能性」
牛田弁護士らは給付金を不支給とした長野県公安委員会の裁定を不服として、2024年11月、国家公安委員会に審査請求した。
審査請求書では、施行規則11条が憲法に反していることなどを次のように訴えている。
「少なくとも先天性の障害を有する被害者は、何ら障害のない被害者と同じような生活をしてきたにもかかわらず、生まれた時からハンディキャップを負っていることを理由に、同じ被害を受けたとしても給付金額を減らされたり、ゼロにされる可能性が生じる」
長野県公安委員会は、弁護士ドットコムニュースの取材に「決定したことについて、個別具体的なことはお答えできません」としている。