農地を守るために支払われた交付金が、実は宅地や駐車場になっている土地にも支払われていた──。
会計検査院が今年2月、衝撃的な発表をした。
農林水産省が所管する交付金について、2019年度から2024年度にかけて、17道県の273市町村で計2億2120万円もの過大交付があったと指摘したのだ。
問題となったのは、農地の保全を目的とする「多面的機能支払交付金」と「中山間地域等直接支払交付金」という2つの制度だ。
水路の泥上げや草刈りなど、農村の環境を守る活動を支援するもので、地域住民にとっては身近な制度でもある。
ところが、交付対象の農地がすでに宅地や駐車場に転用されていたり、草刈りが不十分で木が生い茂っているなど、交付の条件を満たしていない土地が全国各地で見つかったという。
なぜ、こうした過大交付が長年見過ごされてきたのか。
一方、交付金の返還を求められた農村からは、行政の確認方法に疑問を投げかける声も上がっている。(ライター・タカイワマサ)
●草刈りで年間1万円、農村を支える交付金の実態
都市部で暮らす人には、農地の草刈りや水路の泥上げと聞いても、ぴんとこないかもしれない。
しかし、農村では、こうした共同作業が農業を続けるうえで欠かせない。
高齢化や人口減少が進み、地域の住民だけで農地や水路を維持することが難しくなっている。共同作業の担い手が減れば、農地の荒廃にもつながりかねない。
そこで、地域の共同活動を支援するために設けられているのが、今回問題となった交付金制度だ。
交付金を受け取るのは、農家や集落の住民らで構成する地域の民間組織。自治会とは別だが、構成員が重なることも多い。
栃木県の里山に暮らす30代男性は、集落の活動についてこう話す。
「うちの集落では、草刈りや水路の掃除に参加すると、1世帯につき数千円の日当が支払われます。草刈りは年に数回あるので、年間で1万円ほど受け取っています」
この日当の財源となっているのが、多面的機能支払交付金だ。市町村から地域の組織にわたり、作業に参加した住民たちに支払われる仕組みになっている。
「草刈りや水路の掃除は、農業にとって大切な活動です。ただでさえ過疎化などで大変な地方にとっては、農地の維持に役立っていると感じています」
農村の暮らしを支える交付金。それだけに、2億円を超える過大交付が見つかったことは、制度の運用に大きな課題があることを浮き彫りにした。
●73市町村で現地確認せず…なぜ見過ごされた?
そもそも、なぜこれほど多額の過大交付が起きたのだろうか。
会計検査院の調査では、交付対象となる農地について、73市町村が現地確認をおこなっていなかったことが判明した。
なかには、現地確認が必要だという認識そのものがなかった自治体や、事務コストを理由に確認をおこなわなかった自治体もあったという。
さらに、現地確認を実施していた自治体でも、土地の地目などの情報を十分に確かめていないケースがあった。
その結果、すでに農地ではなくなった土地などにも、交付金が支払われ続けていたというわけだ。
こうした不適切な交付を受け、各地で返還に向けた動きが進んでいる。
しかし、返還を求められた農村からは、納得できないという反発の声も聞かれる。
●「草刈りはしていたのに」衛星写真を根拠に数十万円の返還請求
「実は、うちの集落にも数十万円の返還請求が来てしまいました」
そう話すのは、ある集落の組織で役員をつとめる60代男性だ。
男性によると、自治体から指摘されたのは、集落が草刈りを実施したと数年間にわたって申告していた遊休農地だった。
自治体は衛星写真を根拠に、草が多く生えていることを問題視したという。
この集落では、毎年数百万円の交付金を受け取っていた。今回の請求を受け、数年間かけて返還していく予定だという。
ただ、男性には疑問が残っている。
「たしかに、その衛星写真には雑草が生えています。でも、申告した通り、年に数回は草刈りをしていました。たまたま草が一番生い茂っている時期に撮った写真だと思うのです」
草刈りをした直後と、次の草刈りをする直前とでは、農地の様子は大きく異なる。
男性が訴えるのは、写真に草が生えているからといって、草刈りをしていなかったことにはならない、ということだ。
「もちろん、請求がある以上、組織としては返還に応じていくつもりです。ただ、『現在の状態をたしかめてほしい』と抗議する予定です」
交付金が適切に使われているかを確認することは重要だ。一方で、農地の状態は季節や草刈りの時期によって変わる。返還を求める際には、実際の活動状況をどう確認するかも問われることになる。
●農水省「全国的な返還状況は把握していない」
では、過大に交付されたお金は、どこまで返還されているのだろうか。
農林水産省・農村振興局整備部農地資源課の多面的機能支払推進室に尋ねたところ、次の回答があった。
「現時点で全国的な返還状況の把握はしておりませんが、返還作業は、今後市町村を通しておこなっていく予定です」
農村の共同活動は、農業だけでなく、自然環境や国土の保全にもつながっている。
その活動を支える交付金は、高齢化や人口減少が進む地域にとって、重要な財源の一つだ。
だからこそ、不適切な交付は是正しなければならない。一方で、実際に草刈りなどに取り組んできた住民が、十分な確認もないまま返還を求められることがあってはならない。
交付金を適正に管理することと、農村の活動を支え続けること。その両立に向けて、確認方法や制度運用の丁寧な見直しが求められている。