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話題の裁判官漫画「イチケイのカラス」作者、初インタビュー…拘置所からのファンレター
「イチケイのカラス」第1巻(左)

話題の裁判官漫画「イチケイのカラス」作者、初インタビュー…拘置所からのファンレター

漫画やドラマなどエンタメ作品では定番の「法廷モノ」だが、主役を飾るのは弁護士や検察官ばかり。そんな中、裁判官が主人公という珍しい漫画が登場した。それが「週刊モーニング」(講談社)で好評連載中の浅見理都さん作「イチケイのカラス」だ。

主人公は「超」がつくほど真面目な裁判官・坂間真平(30代)。ある地方裁判所の第一刑事部(イチケイ)に異動になった坂間が、曲者・変人揃いの職場仲間に日々振り回されながら、被告人に向き合う中で成長していく物語だ。

連載は2018年5月にスタート。8月23日には第1巻が発売された。作者は「第三日曜日」で第33回MANGA OPEN東村アキコ賞を受賞した浅見理都(あさみ・りと)さん。法廷の「リアル」と「ユーモア」を繊細なタッチで描くが、それもそのはず、刑事事件に詳しい櫻井光政弁護士と元裁判官の片田真志弁護士が法律監修を担当する。

裁判官が主人公という珍しさもあり、弁護士など法曹関係者の注目を集めている。作者の浅見理都さんに話を聞いた。

●「すべてを決める」裁判官を主人公に

裁判官が主人公の作品としては「家裁の人」(1988年初版)の大ヒットもあるが、多くの漫画やドラマ、映画で主人公は検察官、弁護士ばかりだ。浅見さんは裁判の傍聴を通じて、「法廷でもっとも重要な役割を担っているのは裁判官ではないか」と感じたという。

「今まで裁判官に対しては『黒い服を着て座っている人』という認識しかありませんでした。でも実際に裁判を傍聴して、すべてを決めるのは裁判官なんだ、裁判は裁判官次第で進んでいくのだとわかって、おもしろさを感じました」

作品の中では、裁判官の法廷の姿も丹念に描かれる。たとえば関心の高い裁判の日には、「マスコミ対策」として変装して出勤したり、裁判官室の中ではゲームやお菓子を食べたりする。

「変装は私が考えました。片田先生には『裁判官はこんなことしないから!』と突っ込まれてしまいましたけど」と浅見さんは苦笑いする。エンタメ作品ならではの設定も織り交ぜつつも、リアリティの追及は欠かさない。作中の裁判官室の様子は片田弁護士にデスクの位置など室内の間取りを聞いて丁寧に描いたものだ。

エンタメ作品としての面白さと事実としての「正しさ」をどう両立させているのか。鍵を握っているのは、監修にあたる櫻井弁護士と片田弁護士の2人だ。浅見さんは「先生方にはとても助けられています。法律的なことを教えていただくことはもちろん、最近では『このキャラクターは性格的にこういうことは言わないんじゃない』と、内容に踏み込んでのアドバイスをいただくこともあります」と笑う。

●個性豊かな「イチケイ」の登場人物、設定に苦労も

書記官からは「THE裁判官」とも評される、絵に描いたような真面目な主人公の坂間だが、人物設定がなかなか定まらなかったという。当初はナヨっとした好青年を考えていたが、採用には至らなかった。「本を読んだり、櫻井先生や片田先生のお話を聞いて、なんとか坂間は誕生しました」と当時の苦労を振り返る。

坂間を振り回す同僚たちは、個性的だ。たとえば、弁護士から刑事裁判官に転身した「入間みちお」のインパクトは強烈だ。ふくよかでもっさりとした風貌とは裏腹に、知的であり、クールでもある。浅見さんは入間を「愛に溢れたイケメン」だと評する。そんな入間みちおが坂間に「カラスになれ」というシーンがある。

『イチケイのカラス』は単に「第一刑事部(イチケイ)にいる黒い服(法服)を着た裁判官」という意味ではない。では、タイトルにも使われている「カラス」はなにを意味するのか。その謎は9話と10話で明かされるが、「鳥が好き」という浅見さんだからこその深い想いが込められている。

●刑事裁判を傍聴して「見えてきたこと」

連載準備を始めてから、本を読み、刑事裁判についての基礎的な知識を得た。

文字と向き合うだけではない。裁判所にも何度も足を運び、刑事裁判をいくつも傍聴した。傍聴した事件は、殺人未遂、窃盗、覚せい剤取締法違反、暴行など多岐に渡る。裁判員裁判を傍聴することもできた。

浅見さんが印象に残ったのは、「落ち込むこともあると思うけど、がんばって」などと被告人に励ましの言葉をかける裁判官もいたことだ。

「いい裁判官だなと思いました。傍聴席からは被告人の後ろ姿しか見えませんでしたが、被告人に裁判官の言葉が響いているといいなと思いました」

物語の題材は、すべて櫻井弁護士や片田弁護士に取材して決めた「リアル」なものだ。もちろん、浅見さんが実際に傍聴した刑事裁判がモデルになっていることもある。たとえば、覚醒剤取締法違反(自己使用)事件の刑事裁判シーンだ。

「被告人には『どうでもいい感』がありました。熱意をもって被告人と向き合う検察官や弁護人と当事者意識に乏しい被告人との間に大きな温度差を感じたのを覚えています」

法廷では専門的な法律用語が飛び交い、刑事裁判は淡々と進んでいく。そのため、被告人が置いていかれたまま裁判が進んでいると感じたこともあった。この言葉にできない温度差、そして空気感を浅見さんは見事に描いている。

「私は専門家ではありませんし、刑事裁判に詳しいわけではありません。だからこそ、一人の市民として傍聴をして見えたものがあります」と浅見さんは語る。

判決文を読み上げるシーンにも注目だ。作中では、「漫画至上最長なのではないか」(担当編集者)という判決文も登場。片田弁護士が書いたものだ。

「参考にしたいとお願いしたものですが、片田先生から送られてきたのは、本当の判決文のようでした。浅見さんとも相談し、中途半端に抜き書きはできないと考え、そのまま全文掲載に踏み切りました」(担当編集者)

判決文や刑事裁判を含め、『イチケイのカラス』には「リアル」がある。だからこそ、多くの法律家が注目しているのだろう。

●拘置所から届いたハガキ「自分の気持ちを裁判官に伝えたい」

刑事事件はある日突然巻き込まれるものだ。平穏な日常が一瞬にして破壊されることもある。そして、だれもがそうなる可能性がある以上、けっして他人事ではない。巻き込まれれば、刑事手続きは待ったなしで進んでいく。だからこそ、「こんな裁判官がいたらいいのに」と思えるような裁判官を描きたいと浅見さんは話す。

その強い想いが届いたのか、拘置所で『イチケイのカラス』を読んだ人からハガキが届いたことがある。ハガキには「漫画を読んで勇気づけられました。おそれずに、自分の気持ちを裁判官に伝えようと思います」と書かれていたという。

最新話には熱血弁護士やクレプトマニア(窃盗症)の主婦など、さらに多くの個性的な人物が登場する。

浅見さんは「法曹の方々だけではなく、刑事裁判に興味がない方や知らない方に読んでほしいと思います。刑事裁判のおもしろさを多くの人に伝えたいです」と話した。

<浅見理都(あさみ・りと)さんプロフィール>

1990年生まれ、埼玉県出身。「第三日曜日」で第33回MANGA OPEN東村アキコ賞を受賞。「イチケイのカラス」は初の連載。

(弁護士ドットコムニュース)

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