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「田中の対応最悪」社員名指しの「お客様の声」、そのまま社内に貼りだし公開処刑
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「田中の対応最悪」社員名指しの「お客様の声」、そのまま社内に貼りだし公開処刑

店内で気づいた点や要望を書き込む「お客様の声BOX」。スーパーや百貨店などでよく設置されているのを見かけます。そんな「お客様の声」をめぐって、弁護士ドットコムの法律相談コーナーにある相談が寄せられました。

相談者の男性が働く会社では、社員全員が閲覧できる掲示板に「お客様の声」が貼られるそうです。しかし中には社員の実名を挙げて「○○という社員を懲戒解雇しろ」「○○という社員の対応最悪」といった苦情もあり、公開処刑状態になっているといいます。

実名は隠すように頼んでも、「逃げずに自分の課題と向き合え」「悔しかったら名前を書かれないよう努力しろ」などと精神論を言われるだけで、上司は対応してくれないそうです。これってプライバシー侵害ではないのでしょうか。櫻町直樹弁護士に聞きました。

●弁護士解説のポイント

・会社の行為が名誉毀損にあたるかどうかが問題

・社会的評価を低下させる事実であっても、公共性と公益を図る目的があり、内容が真実であれば名誉毀損は成立しない

・今回の事例は、掲示板に貼り出した意図がどのようなものかがポイントになりそう

●3つの要件を満たせば名誉毀損は成立しない

「今回の事案においては、会社の行為が『名誉毀損』にあたるかどうかが、ひとつの問題になると思います」

櫻町弁護士はそう切り出します。名誉毀損と言うのは、どういうときに成立するのでしょうか。

「『名誉毀損』は、人(法人、団体なども含む)の社会的評価を低下させるような事実あるいは意見・論評を、不特定または多数に向けて公表した場合に成立します。『多数』といっても数百人単位である必要はありません。

過去の裁判例では、株主総会に出席した株主50~60人と会社役員等の面前で、特定の人物に対して「前科者」などと述べた行為につき、名誉毀損が成立するとしたものがあります(大審院昭和6年6月19日判決・大刑集10巻287頁)

ただし、社会的評価を低下させるような事実を公表した場合であっても、(1)公共の利害に関すること、(2)もっぱら公益を図る目的があること、(3)内容が真実であることの証明があること、または真実と信じるに相当な理由があること、という3つの要件を満たせば名誉毀損は成立しないとされます(最高裁昭和41年6月23日判決・民集20巻5号1118頁)」

●貼り出しの意図によって、名誉毀損の成否が決まる

では今回の事案も、名誉毀損に当たるのでしょうか。

「今回の事案についていえば、特定の社員(仮にAさんとしましょう)に対する顧客からの苦情が記載された『お客様の声』を、社員全員が見ることのできる掲示板に貼り出すという行為は、『Aさんに顧客から苦情が寄せられた』という事実を多数に向けて公表したもの、ということができると思います。

社員にとって『顧客から苦情が寄せられる』というのは、顧客対応に不備やミスがあったとの印象を周囲に与える不名誉なことでしょうから、Aさんの社会的評価を低下させるに足る事実を会社が公表したといえるでしょう。

そうすると次に、このような会社の公表行為が、上述した3つの要件を満たすものかどうかが問題になります。

(1)事実の公共性については、過去の裁判例(大阪地裁平成4年3月25日判決・判タ 829号260頁)を前提とすれば、『社員に対し顧客から苦情が寄せられたこと』を社員に限定して公表するという場合には、『会社』という小範囲の社会に関するもので、その構成員である社員が正当な関心を持つ事実として、公共の利害に関する事実と判断される可能性はあるといえるでしょう。

(2)公益目的について、例えば、社員に対して苦情が寄せられたことを他の社員にも周知することによって『カスタマーサービスの向上を図る』という意図が会社側にあったとすれば、公益目的があったと考えることができるかもしれません。

ただ、この点については、『悔しかったら名前を書かれないよう努力しろ』といった上司の言動からすると、苦情が寄せられたその社員のみを対象としたもので、必ずしも『全社的立場・視点』からの行為ではなかった可能性もあり、判断が難しいところです。

(3)真実性については、苦情そのものが掲示板に貼り出されていますから、『苦情が寄せられたこと』は真実といえます。

したがって、今回の事案における会社の行為については、掲示板に貼り出した意図がどのようなものであったかによって、名誉毀損の成否が決まってくることになるでしょう」

●事実確認もしなければ、単なる見せしめと受け止められかねない

櫻町弁護士は最後にこう話します。

「もっとも、仮に、会社が『カスタマーサービスの向上』を意図していたとしても、社員の実名を挙げて掲示板に貼り出すという方法は、社員への配慮に欠けたものという印象を否めません。社員の顧客対応に非があったのかどうか等の事実確認もせず、貼り出しているのであれば、単なる『見せしめ』と受け止められてもやむをえないといえるでしょう。

カスタマーサービス向上に役立てるのであれば、会社としては、社員の氏名は示さずに顧客から苦情が寄せられたこと、その内容、そのような苦情が寄せられた原因・理由、今後に向けての改善策・対応を周知する、といった丁寧な対応が必要ではなかったか、と思います」

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(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

櫻町 直樹
櫻町 直樹(さくらまち なおき)弁護士 内幸町国際総合法律事務所
石川県金沢市出身。企業法務から一般民事事件まで幅広い分野・領域の事件を手がける。力を入れている分野は、ネット上の紛争解決(誹謗中傷、プライバシーを侵害する記事の削除、投稿者の特定)。

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