大阪地検トップの検事正だった北川健太郎氏が部下の女性検事への準強制性交罪に問われている事件に関連して、検察庁幹部が女性側に公での発言を控えるよう求めていたことがわかった。
女性はこれまで記者会見を開いて、被害申告後の検察庁の対応を問題視する発言をしていた。
女性の代理人は「こんなことを言われたら萎縮してしまう」と批判している。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●大阪高検、女性の代理人に「これは口止めや脅しではない」とメール
この事件をめぐっては、北川氏からの性被害を訴えている女性検事のAさんが2024年10月、名前などの自身に関する情報や捜査情報を北川氏側や他人に漏らしたとして、副検事を国家公務員法違反や名誉毀損の疑いで刑事告訴した。
大阪高検は今年3月19日、この副検事を不起訴としたうえで、最も軽い「戒告」の懲戒処分にしたと発表した。
Aさんの代理人をつとめる奥村克彦弁護士によると、副検事の処分が報道機関に発表された直後、大阪高検の部長からメールが届き、「(Aさんに)確実にお伝え下さい」としたうえで、次のような内容が記載されていたという。
「不起訴処分としたことは、捜査を尽くした上での判断であり、そのことを信用してほしい」
「恣意的に不起訴にしたり、(副検事の)処分を甘くしたわけではないということは理解してもらいたい」
「今回の処分結果は、飽くまで法と証拠に基づく判断であって、何か都合の悪いことを隠すために甘い対応をしているなどということは全くない」
「それにもかかわらず、今後(Aさんが)そのような観点から外部発信をするようなことがあれば、検察職員でありながら、警告を受けたにも関わらず、その信用を貶める行為を繰り返しているとの評価をせざるを得なくなる」
「これは口止めや脅しではなく、当たり前のことを要請しているだけなので、口止めや脅しを受けたなどという発信も控えてもらいたい」
大阪地検の元トップの性暴力事件をめぐる経緯(取材や新聞報道などをもとに弁護士ドットコムニュースが作成)
●不起訴処分の連絡のあとメールが送られてきた
奥村弁護士によると、3月上旬に大阪高検によるAさんへの聞き取りがあり、3月19日に再び聴取を受ける予定だった。
ところが、大阪高検は3月18日に突然、「明日は副検事の処分について説明する」と連絡してきたという。
奥村弁護士は日程変更を求めたが、3月19日午後4時前に大阪高検の担当者から電話で、副検事を不起訴にしたことを伝えられた。
その数十分後に大阪高検の部長名で送られてきたのが前記のメールだった(記事の最後に全文を掲載)。
Aさんの代理人を務める奥村克彦弁護士(2025年1月、弁護士ドットコムニュース撮影)
●代理人「このメールを見て脅しだと思わないのか」
奥村弁護士は、大阪高検にメールの趣旨を尋ねたが、明確な説明はなかったという。
「メールに書かれていることは境目が非常に曖昧で、何を制限されるのかがわかりにくい。萎縮してしまいます。このメールを見て、脅しだと思わないのでしょうか」
また、メールに「信用を貶める行為を繰り返しているとの評価をせざるを得なくなる」と書かれていたことについて、奥村弁護士は次のように話す。
「被害者がこれまでマスコミを通じて発信してきたことが検察庁の信用を貶めてきたと言っていることになります。
しかも、このメールが送られてきた段階で、どんな捜査をしてどういう理由で副検事を処分したのかを私たちは一切聞いていません。
要するに、検察庁の職員なら検察庁がしたことを盲目的に信用しろと言っているのと同じです。そもそもこんなメールを送ってくること自体、一般企業であれば大問題になります」
大阪高検の部長がAさんの代理人弁護士に送ったメール(奥村弁護士提供)
●女性「世論に訴え救いを求めるしかなかった」
北川氏は大阪地検検事正に在任中の2018年9月、当時住んでいた官舎で、部下のAさんに性的暴行を加えたとされる。
Aさんは5年5カ月後の2024年2月に北川氏からの性被害を検察庁に申告したが、副検事と同じ職場に復帰させられるなどして再び休職に追い込まれた。
Aさんは当初、「誰にも知られたくない」と考えていたが、検察庁の対応に不信感を抱くようになり、記者会見などで社会にうったえることを決断したという。
「私は検察組織内でさまざまな犯罪被害を受けているのに、検察庁が適正な対応をしないことで追い詰められ、世論に訴え救いを求めるしかありませんでした」
今年1月に東京・霞が関の司法記者クラブで開いた記者会見でAさんはそう話した。
ただ、その会見の場でも、副検事の行為に関して公に話すことを検察幹部からやめるよう求められているとして、詳細を語ることはなかった。
記者会見で話す女性検事(2025年1月27日、東京・霞が関の司法記者クラブで、弁護士ドットコムニュース撮影)
●代理人「被害者に寄り添ってほしい」
捜査機関による被害者支援について、法務省のホームページには次のような記載がある。
「検察官は、事件を起訴するかの判断に当たって、被害者の方の意思を丁寧に確認するなど被害者の方の心情に適切に配慮するよう努めています」
Aさん代理人の奥村弁護士は、今回の大阪高検幹部によるメールは、こうした被害者支援の方針に反すると指摘する。
「被害者は寄り添ってほしいと言っているだけですが、それをせずに検察庁に対する対立心を煽らせたのは検察庁の対応です。被害者に寄り添う形でやってほしい」
検察側はどういった目的でメールを送ったのか。
弁護士ドットコムニュースは4月10日、大阪高検に質問を送った。回答が届き次第、追記する。
大阪地検や大阪高検が入る庁舎(弁護士ドットコムニュース撮影)
●メール全文「口止めや脅しを受けたという発信も控えて」
大阪高検の部長がAさんの代理人を務める奥村弁護士に送ってきたメールの全文は以下の通り。
奥村先生へ ●さんの心身に不調があることは十分理解しており、厳しいことばかりを言いたくはないが、今後、北川元検事正の公判を進めていく必要がある以上、やっていいこと、やってはいけないことを区別してもらえないと、通常であれば可能な説明を行うことすらできなくなりかねません。 そのため、●さんに対しては、以下のことを確実にお伝え下さい。 今回、●について不起訴処分としたことは、捜査を尽くした上での判断であり、●さんは検察職員であるのだから、そのことを信用してほしいこと 全て納得するということでなくとも、少なくとも、恣意的に不起訴にしたり、●の処分を甘くしたわけではないということは理解してもらいたいこと 今回の処分結果は、飽くまで法と証拠に基づく判断であって、何か都合の悪いことを隠すために●に甘い対応をしているなどということは全くないこと それにもかかわらず、今後、●さんがそのような観点から外部発信をするようなことがあれば、検察職員でありながら、警告を受けたにも関わらず、その信用を貶める行為を繰り返しているとの評価をせざるを得なくなること これは口止めや脅しではなく、当たり前のことを要請しているだけなので、口止めや脅しを受けたなどという発信も控えてもらいたいこと