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大阪地検元トップ性暴力事件 「第三者で検証すべき」被害訴える女性検事が直面した“組織の闇”
元大阪地検トップが性犯罪に問われている事件に関して、「再発防止のために第三者による検証をすべきです」と語る女性検事のAさん(弁護士ドットコムニュース撮影)

大阪地検元トップ性暴力事件 「第三者で検証すべき」被害訴える女性検事が直面した“組織の闇”

中居正広さんの女性とのトラブルに関して、フジテレビは1月、一連の問題の責任を取る形で会長と社長の辞任を発表した。その一方、幹部が自ら性犯罪を犯した疑いが浮上しながら、社会への説明を果たそうとしない組織がある。

大阪地検の検事正から性被害を受けたと訴えている検事の女性Aさんは「なぜ検察でこのような犯罪が起きたのか、第三者委員会による検証を行い、再発防止に努めるべきですが、検察は事件を個人の被害という問題に矮小化しようとしています」と強い危機感を示す。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●フジ会見の陰で女性検事が絞り出した声

今年1月27日、約10時間30分に及んだフジテレビの記者会見に社会の注目が集まった。その陰で、一人の女性が意を決して会見に臨んでいた。

「検察は誤った組織防衛や保身に走らず、国民の安全を守るのが検察の本質なので、それに立ち戻って真摯な対応をしてほしい」

東京・霞が関の司法記者クラブにある会見場で、現役の検察官である女性Aさんが声を絞り出した。

画像タイトル 会見で謝罪するフジテレビ経営陣(2025年1月27日、弁護士ドットコムニュース撮影)

●絶大な権力を持つ検察内部で起きた事件

検察官は事件の被疑者を起訴するかどうかの権限を独占している。日本では一度起訴された事件の有罪率が99%を超えるとされており、検察官の起訴・不起訴の判断によって犯罪者と扱われるかどうかが決まると言っても過言ではない。

事件は、それほど強大な権力を持つ検察の内部で起きた。

罪に問われたのは、東京地検に次ぐ規模を有する大阪地検のトップだった北川健太郎氏。大阪地検の検事正は大阪高検の検事長になる前のポストだと言われることもあり、検察組織の中では幹部中の幹部といえる。

北川氏は大阪地検検事正に在任中の2018年9月、当時住んでいた官舎で、部下の女性検事に性的暴行を加えたとされる。この検事が冒頭のAさんだ。

北川氏は2019年11月、定年まで数年を残して辞職。弁護士として活動していた。

事件が表面化したのは2024年。大阪高検が北川氏を逮捕し、準強制性交等罪で起訴した段階で被害者が部下の女性であることを明かした。

北川氏は2024年10月に大阪地裁であった初公判で起訴内容を認めたが、その後、無罪主張に転じ、次の裁判の日程は決まっていない。

画像タイトル 大阪地検が入る庁舎(弁護士ドットコムニュース撮影)

●検事の女性「世論に訴え救いを求めるしかなかった」

Aさんはこれまでに開いた記者会見で、北川氏からの性被害を申告した昨年以降、事件関係者でもある副検事の女性が内偵捜査の対象となっていた北川氏に捜査情報を漏えいしていた疑いがあることや、検察がその副検事の行為を隠していたこと、同じ副検事や他の検察職員から被害者がAさんであることを広められ誹謗中傷を受けてきたことを訴えてきた。

だがその後、検察幹部から副検事の行為など事件に関する証拠の内容について公の場で話をしないよう求められ、従わなければ懲戒処分を匂わされたという。

「私は検察組織内で様々な犯罪被害を受けているのに、検察庁が適正な対応をしないことで追い詰められ、世論に訴え救いを求めるしかありませんでした。

公の場での発言は『被害者』として被害を回復するためのやむにやまれぬ行為であり、検察組織内での犯罪被害の告発であり、不適正な組織対応の告発です」

1月27日の記者会見でAさんは言葉を選びながらも語気を強めた。

画像タイトル 東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見を開く女性検事(2025年1月27日、弁護士ドットコムニュース撮影)

●「検察組織がこれほど不正義で闇深いことを被害者になって初めて気づいた」

現職の検事が記者会見を開くこと自体が異例だが、性暴力の被害者としてカメラの前に立つ決断をさせた背景には何があったのか。

今年2月、大阪市内で弁護士ドットコムニュースの取材に応じたAさんは語った。

「私は性犯罪被害を受けたことを必要以上に誰にも知られたくありませんでした。被害を訴えた昨年2月時点も、北川氏が起訴された昨年7月時点も、記者会見を開くつもりはありませんでした。

ですが、検察組織は副検事の捜査妨害の問題行為を恣意的に隠蔽し、被害者である私にも隠して副検事と同じ職場に私を復職させました。

副検事らによって被害者が私であることや虚偽告訴などという誹謗中傷が広められていたのに、検察はそれを止めようとせず、私の名誉を回復することもしてくれなかった。

私は検事なので犯罪の成否は裁判で判断されるべきだと思っていますが、検察組織内で様々な犯罪被害を受けているのに、検察組織が助けてくれず、その不適正な対応によっても人権を侵害し続けられ、検察の外に助けを求めるしかなかったのです。

検察組織がこれほど不正義で闇深く、犯罪被害を受けた検察職員にすら寄り添わないことを、自分が被害者になって初めて気づきました」

画像タイトル 大阪地裁(弁護士ドットコムニュース撮影)

●15年前のフロッピー改ざん事件、「今回も同じ」

検察をめぐっては、近年、違法な取り調べや冤罪被害者を犯人視する談話発表など問題が相次いでいる。その中で引き合いに出されることが多いのが15年前の事件だ。

2010年、大阪地検特捜部の検事が証拠のフロッピーディスクのデータを改ざんしたとして証拠隠滅罪で起訴され、その後実刑判決が確定した。特捜部長らにも有罪判決が下された。

この事件後、検察庁は「検察の理念」という倫理規程を設けた。それは次のような一文から始まる。

<この規程は、検察の職員が、いかなる状況においても、目指すべき方向を見失うことなく、使命感を持って職務に当たるとともに、検察の活動全般が適正に行われ、国民の信頼という基盤に支えられ続けることができるよう、検察の精神及び基本姿勢を示すものである>

しかし、相次ぐ不祥事を受け、「検察の理念」が形骸化しているとの声が強まっている。

「検察幹部から『これはあなた個人の被害なので』と言われました。最高検も法務省もそう考えているようです。『現職の検事正』から性犯罪被害を受けたのに、です。個人の問題に矮小化することで『組織的な問題』を問われないようにしていると感じます」

Aさんはそう述べたうえで、「検察の理念」に<犯罪被害者等の声に耳を傾け、その正当な権利利益を尊重する>という記載があることを念頭に言葉を続けた。

「検察組織が副検事の捜査妨害の問題行為を恣意的に隠蔽し、当時何の処分もしなかったことで、副検事は私が性犯罪被害者であることや虚偽告訴などという誹謗中傷を吹聴して、私をさらに傷付けました。

過去の現職検事による証拠改ざん事件やその犯人隠避事件を教訓として『検察の理念』が作られたのに、検察はまた同じ過ちを繰り返し、被害者である職員の私の権利をないがしろにしようとするのでしょうか。

検察組織は『検察の理念』に立ち戻って使命感を持って犯罪に立ち向かい、被害者の声に耳を傾け、正当な権利利益を尊重してほしいです」

画像タイトル 事件の真相解明などを求める署名には1月27日の記者会見の時点で約5万9000人分が集まった

●ハラスメント窓口機能せず 「第三者入れるべき」

Aさんによると、検察庁にはハラスメントに関する職員向けの相談窓口が設置されているが、「相談窓口が内部にしかないため相談しにくく、適正な対応をしてくれるかはその時の上司次第で、告発による不利益を受けるリスクもあるため、泣き寝入りを強いられることもある」という。

記者が他の検察関係者に尋ねると、「相談したらどこにどう伝わるのか分からない」「自分なら絶対に相談しない」といった声があった一方、「検察官は捜査情報を扱うので、相談や内部通報を受ける窓口に外部の人を入れるのは難しい」との意見も聞かれた。

ただ、Aさんは性被害の申告後に、捜査妨害の疑いが持たれている副検事を検察庁が処分せず、その副検事らによる被害者への二次加害を放置していた現実を体験したことで思いを強めている。

「今の検察組織には自浄作用が働かないようなので、第三者委員会を入れて、なぜ現職の検事正や副検事による犯罪が起きたのかを検証し、他に性犯罪被害などを受けた者はいないのかなどを調査して膿を出し切るべきです。

また、再発防止のために外部に相談窓口を設けたり、検察組織内の問題については外部の人が調査・処分に関与できる仕組みを作ったりするべきだと思います。それらを検察庁に求めていますが、何も反応がありません」

画像タイトル 記者会見を開いた理由を話す女性検事(2025年1月27日、東京・霞が関の司法記者クラブで、弁護士ドットコムニュース撮影)

●PTSDの治療中断、復職見通せず

これまで多くの性犯罪事件の捜査に関わってきたというAさん。今後も現場で業務にあたりたいと願っているが、今も復帰できずに休職せざるを得ない状況だ。

「組織が人権侵害を続けているため、その職場に戻るのは怖いです」

事件後にPTSDと診断され、一旦は治療を始めたが、現在は中断している。

「PTSDの専門的な治療について『現在の安全性が確保できなければ、辛いトラウマの記憶にアクセスすることは危険で、トラウマの記憶を過去のものにする治療はできない』『トラウマの記憶を過去のものにすると、記憶の変容が起きる可能性がある』と言われています。

北川氏が起訴内容を認めたのでPTSDの専門的な治療を始めましたが、否認に転じ私が裁判で証人として出廷する可能性が出てきたため、トラウマの記憶を過去のものにすることができなくなりました。

また、北川氏の否認により裁判は長期化し、副検事の処分も未定で、検察組織による人権侵害も続いているため、私は現在、全く安全ではありません。

そのため、トラウマの記憶にアクセスすることは危険であるということで、専門的な治療を中断せざるを得なくなりました。今は投薬やカウンセリングなどの対処療法を受けることしかできず、とても辛いです」

希望している現場への復職が叶うかどうか見通しがつかないうえ、裁判に向き合うことにも心身ともに力を削られる日々という。

Aさんは、検察職員の多くが日々それぞれの持ち場で奮闘していることを知っている。だからこそ、その訴えの声は検察という組織、そしてその幹部たちに向けられている。

画像タイトル 大阪地検や大阪高検が入る庁舎(弁護士ドットコムニュース撮影)

●「フジテレビ問題と根っこが同じ」

支援者らに向けてネット上で発信している2月14日公開の記事で、Aさんは次のように書いた。

<検察組織内で起きた性犯罪やセカンドレイプ、組織にとって不都合なことを隠蔽し、被害者である職員を蔑ろにする検察組織の問題は、フジテレビ問題と根っこが同じだと思います。

フジテレビの対応の是非はおくとして、検察は、なぜ何の取組みもしないのでしょうか。

それは、民間企業と違い、検察には、株主もスポンサーもおらず、絶対に潰れないからです。

そして、監督機関の法務省も検察とイコールであるため、監督機能を果たせていません。

だから、検察は、自浄作用を働かせるしかないのですが、最高検は、口は出すが、責任を取らず、様々な不祥事が起きても、末端の職員を切り捨てるだけで、組織自体の闇を抱え続けるのです>

*今回のAさんへの取材は、「性暴力被害取材のためのガイドブック」を参考に実施しました。          *記者はこれまで北川氏に手紙を送ったり面会を求めたりしていますが、3月10日現在、応じてもらえていません。北川氏に取材できた場合は今後記事にする予定です。          

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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